たった2人の農業法人「山燕庵」が、年間販売数1万本のヒット商品を生み出せた理由

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福島県に従業員2名の農業法人を構える「山燕庵(さんえんあん)」。この小さな農業法人から、女性の心をわしづかみにする商品が続々と誕生しているという。ノンアルコールの玄米甘酒『玄米がユメヲミタ』は、年間1万本を販売。洗練されたデザインとキャッチ―な商品名が印象的だ。今では「shiro 自由が丘店」や「銀座ロフト」など、数々の都心の有名ショップに堂々と並んでいる。

なぜ、ここまでこの玄米甘酒がヒットすることができたのか? 農業を始める前は東京でマーケティング業をしていたという代表の杉原晋一氏に、ヒット商品を生み出せる秘訣を聞いた。

大企業じゃないからこそ、より“戦略的”に開発を

福島県にある、従業員2名の農業法人「山燕庵」。

彼らが手がけた、ノンアルコールの玄米麹甘酒『玄米がユメヲミタ』は、年間1万本の販売を記録するヒット商品だ。

たった2人の小さな農業法人は、なぜ、ヒット商品を生み出せたのだろうか。


山燕庵の商品『玄米がユメヲミタ』

「甘酒には、酒粕をお湯とお砂糖で溶いたものと、米と米麹を合わせて発酵することで作られたものの2種類があります。この商品は後者。通常白米を使うのですが、玄米がユメヲミタは玄米を使っているので健康にも良く、砂糖が入っていないのに自然な甘みがあって美味しい、と人気なんです」

商品の魅力を語るのは、山燕庵代表の杉原晋一(すぎはら しんいち)さん。東京で動画制作のディレクター業に3年、マーケティングリサーチ業に7年半従事していたが、2011年、父が老後の楽しみに始めた福島の畑に転職したという、不思議なキャリアの持ち主だ。

転職の理由は、『玄米がユメヲミタ』ヒットの背景にも大きく関わっている。その理由を説明するためにも、まずは、なぜ、どうやって商品が誕生したのか紐解いていこう。

商品開発において、杉原さんが「玄米甘酒」に照準を定めたのは、もともと山燕庵で『コシヒカリアモーレ』というお米を手がけており、かつ、商品開発への着手を決めた2011〜12年ごろ、「甘酒」ブームの兆しが見えていたからだという。

世間でも「オーガニック」「エシカル」という言葉が広く好意的に使われるようになり、食品業界における売り上げ伸び率のデータを見ても「甘酒」はほかに圧倒的差をつけての一位だった。

ただ、ひとつ問題があった。山燕庵は社員数2名の小さな農業法人。どんなにいい商品を作っても、大手メーカーの宣伝力やブランド力には負けてしまう

「そんな状況で勝算を見出すためにはどうすればいいだろうと考え、私なりに出した答えが、消費者のことを徹底的に考え、そのうえで、デザイン性の高いものを作ることでした」

消費者のことを徹底的に考え、デザイン性の高いものを作る

「まず、商品を作るときには、徹底的に消費者のことを考えました。どういう人が、どんなシーンで商品を使うと幸せを感じて、人にオススメしたくなるのかを考え、答えを導き出します。マーケティング用語で“マーケットイン”と呼ばれるやり方ですね」

その答えを導き出すために、通常のマーケティングでは、アンケートを使用する手法が多く用いられるが、山燕庵ではそうした調査は行っていないという。

「前職でマーケティングリサーチをやっていて良かったと感じるのは、大切なのはデータの量ではなく“質”だと知れたところ。マーケティングで使用するデータの元は、回答者が専業主婦ばかりのアンケートや、夜の21時から朝の6時までしか実施されていないアンケートなど、偏ったものが少なくありません。それでは正確な結果は出せませんよね」

代わりに杉原さんが取り組んでいるのは、「お客様の声を直接聞く」ことだ。小さい企業ならば、下手なアンケートを打つよりも、しっかりしたマーケティングデータとして機能してくれるという。

こうした考察・検証から導き出された『玄米がユメヲミタ』のターゲットは、健康に対する意識が高いと考えられる、35歳以上の女性だった。

「ただ、どんなにいいものを作っても、手に取ってもらわなければその良さを知ってもらえません。なので、パッと見たとき『なんか良さそう』と思ってもらえるように、とにかくデザインにはこだわりました」

父の正利さんがもともと出版社に勤めていたため、そこからのつながりで、デザインは、NHKのテレビ番組『コレナンデ商会』のアートディレクションをしている藤枝リュウジさんに依頼。商品名は、『無印良品』のコピーを考えた日暮真三さんにお願いした。

洗練されたデザインにしたことで、ターゲットとの接点が多いお店にも置いてもらいやすくなったという。

コスメティックブランド『shiro』もそのひとつ。「ウェルネス」や「美容」をキーワードにした食品も取り扱う、美意識が高い女性に人気の店だ。今では最も売り上げが高い卸先となっている。


shiro 自由が丘店

振り返ってみて大切だったと感じるのは「共感を呼ぶ商品づくり」

消費者のニーズに寄り添い、彼らの目に止まり、手に取りやすいデザインにこだわる。
それだけでも十分に素晴らしい商品ができると思うが、杉原さんは、ヒットの要因を振り返り、こう分析した。

「振り返ってみてすごく大切だったと思うのは、“共感” です。『玄米がユメヲミタ』の魅力は “健康的” であること。つまり、誰しもが本質的に大切だと感じる価値観です。また、開発の背景には、 “エピソード” や “想い” がありました。実際に売り始めてみると、そうした部分に対する共感が、販路を大きく広げた要因になったと感じています」

動画制作とマーケティングリサーチの経験はあったものの、当時、ほとんど営業経験がなかった杉原さん。『玄米がユメヲミタ』を開発後は、卸先を見つけるために「ターゲットユーザーが集まりそうなお店を探して、街を歩いた」そうだ。

そのとき出会ったのが、日本各地の名産品を取り扱う『日本百貨店』。

「ここにうちの商品を置いてもらいたい!」と感じた杉原さんは、ショップの店員に「このお店でうちの商品を売るには、どうすればいいですか?」と話しかけた。

そこから「じゃあ社長を紹介しますね」とすぐに取り次いでもらえたのは、杉原さんの運かもしれない。しかし、その社長が「ぜひ取り扱いさせてください」と申し出てくれたのは、「“想い”に共感してもらえたから」だと杉原さんは語る。

「山燕庵」はもともと、杉原さんの父・正利さんが2005年に始めた農業法人だ。父が東京と福島の二拠点生活をしながら始めた畑を、会社員時代の杉原さんは、当時からよく手伝いにいっていた。そして、東日本大震災が起きたときには、農家の立場でその被害を体験した。

そこで杉原さんが目の当たりにしたのは、「福島でどんなに誠実に検査を重ねても、検査を義務付けられていない近隣県の農作物のほうが売れる」現状。そんな状況に疑問を抱き、食の安全について考えるようになったという。

「本当に安心・安全なものを、自分の手で作りたい」。半ば使命感にも似た想いを抱いた杉原さんは、その年に、勤めていた会社を退職。本格的に山燕庵の手伝いを始めた。

これが、杉原さんの不思議なキャリアチェンジの理由だ。そして、これが、共感を生む “想い” となって『玄米がユメヲミタ』をヒット商品に押し上げる要因となったのである。

「実は、食料加工品が売れる要因において、“想い”は重要な要素だと感じています。なぜなら、東日本大震災のとき僕が痛感したように、“安全・安心” は数字や生産地だけでは測れないものだから。だからこそ、作り手の “想い” は、消費者にとって数字や生産地に代わる新たな “安全・安心” の根拠になり得るのです」

日本百貨店での取り扱いは多くの小売業者と出会うきっかけとなり、販売数はそこから劇的に伸びていった。小売業者が商品の取り扱いを決める際には、味やデザインのほか、「コンセプトがいい」と言ってくれることが多かったという。


山燕庵ウェブサイト

「共感の元となる私たちの “想い” は、SNSなどで日ごろからコツコツ発信しています。宣伝は最小限にして、顔の見える自然体の投稿を心がけています」

山燕庵では、父の正利さんが農業開始直後からブログを運営しているという。辿れば2005年の投稿まで読むことができるそうだ。

ヒットを後押しするのは、たゆまぬ挑戦と改善の日々

現在、山燕庵では、今年(2019年)の1月にデザインリニューアルした、ヌカを使った温熱ピロー『ヌカモフ』の販売にも力を入れている。

山燕庵の米ぬかをアパレルブランドALLYOURSのテキスタイルで包み、MUKUが縫製し、ウェブメディア70seedsがコンセプト設計を手がけたコラボレーション企画だ。

ダークな色合いでも優しい印象の、柔らかな素材に包まれているのは、ヌカと米と塩。これをレンジで温めると、冷えや疲れをじんわりほぐすアイテムになる。

「ヌカも米も塩もすべて天然の素材。使い終わったあとには土に還ってくれるので、環境にもいい。この商品もやっぱり、人が本質的に大切だと感じる価値観に寄り添ってくれるものなんです」

商品が完成したあとも、杉原さんは「お客様の声を直接聞く」を、意識して取り組んでいるという。具体的には、店頭に立ち、どのエリアで、どの商品が、どういう人に、どの時間帯、どれくらい売れたかを、毎回正確にまとめているそうだ。

こうしたマーケティングデータに基づいて、山燕庵は、新たな挑戦を続けている。

冬のイメージが強い『ヌカモフ』だが、今は、夏のオフィスの冷え対策としても売り出そうとしている。また、『玄米がユメヲミタ』は、コールドプレスジュース店とコラボレーションをして、ほかの野菜をブレンドしてボトリングした新たな商品を開発中だ。

挑戦することでまた新たな共感者が生まれ、”質”のデータが生まれ、それを元にさらなる改善を重ねる。
こうして、小さな農業法人の想いが生んだ『玄米がユメヲミタ』は、1万超えの販売数を誇るヒット商品に育ってきたのだ。次は、どんな商品で福島から女性の心をワクワクさせてくれるのだろうか…今後の商品展開にも注目したい。

文/坂口ナオ
撮影/西村克也

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