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昔から「犬は人間の最良の友」といわれてきた。しかし近年は犬を含め、どのペット動物も、私たちと「最良の友」以上の関係を築いている。
国に関わらずペットオーナーは100%に近い割合で、「ペットは家族の一員」と意識しているようだ。これは2016年、米国で行われたハリス世論調査をはじめ、多くの調査で裏打ちされている。
両者の親密な関係は、日常生活上では理想的といえるだろうが、非常時にはかえって災いとなる。避難を要するような事態が起こった際、ペットを連れていくことができないケースが多く、心配するオーナーは避難を拒否したり、危険を顧みず、ペットの様子を見に自宅に戻ったりするという。
ニュージーランドでは、ペットと人間の間の強い絆を前提としたアニマルウェルフェア(動物福祉)への取り組みが始まっている。「アニマルウェルフェア」とはいえ、人の命や幸せにも大きく関わっているからだからだ。
2017年、米国フロリダ州を襲ったハリケーン・イルマの影響で、避難した動物たち© CityofStPete (CC BY-ND 2.0)
自然災害時の動物専門救援グループ
ニュージーランドは、知る人ぞ知るペット大国だ。全世帯に占めるペットを飼う家庭の割合は約64%。
さまざまな動物関連団体を総括するニュージーランド・コンパニオン・アニマル・カウンシルが2016年に発表した調査結果によれば、世界一である米国の約65%に僅差で迫っているそうだ。
その一方で、気候変動の影響で異常気象に見舞われ、甚大な被害が出ている国でもある。加えて、2010、2011年のカンタベリー大地震に代表されるような地震も頻発している。
2017年にはエッジコムという人口2,000人に満たない小さな町で大洪水が発生した。住人は無事避難できたものの、ペットや家畜1,000匹以上が家庭や農地に取り残される事態となり、6日間にわたる救出作戦が繰り広げられた。これは国内史上最大規模といわれている。
救出作戦を指揮したスティーブ・グラッシーさんは、20年以上前に、国内最大の動物保護団体、ロイヤル・ニュージーランド・ソサエティ・フォー・ザ・クルーエルティ・トゥ・アニマルズ(SPCA)内に非常時のレスキュー・ユニットを立ち上げた、災害時におけるアニマルウェルフェアの第一人者だ。有事に際し、動物専門の救援・保護グループの必要性を感じ、2018年に「アニマル・エバック・ニュージーランド・トラスト」を創設した。
アニマル・エバック・ニュージーランド・トラストは今年中の活動開始を目指し、現在準備を進めている。災害時に、消防隊や警察、民間防衛と協力の上、動物が取り残されることがないよう助け出し、緊急避難所にひとまず収容する。一般の動物保護施設や市民の避難所とも連携を取り、オーナーとはぐれないよう配慮する。もし迷子になっても、できるだけ早いオーナーとの再会を目指す。任務に携わるのは、都市型捜索救助と洪水時の避難法を習得したボランティア。250人以上が登録している。
同団体は、有事の際に準備・対応・再評価を行うためのソフトウェアを開発しているD4Hテクノロジーズ社の「D4Hインシデント・マネージャー」というアプリケーションを取り入れている。マイクロチップを施された動物がどこに何匹取り残されているかをGISマッピングを利用して見つけ出し、迅速に救助する。ボランティアはスマートフォンなどのデバイスで、最新情報を入手しつつ活動を行う。オーナー情報をどこで確認することもで可能だ。
動物の救助は、動物のためだけのもの?
アニマル・エバック・ニュージーランド・トラストのグラッシーさんは、非常時において国や地方自治体はペットなどの動物をないがしろにしていると指摘する。2005年に米国南東部を襲った巨大ハリケーン・カトリーナの場合、避難を余儀なくされたのは1万世帯以上。ペットが心配で約44%の人が避難するのを拒否して家に留まったそうだ。後に残された動物は5万匹以上。その約90%が命を落とす結果となった。
ニュージーランドでもペットオーナーの行動には同じような傾向が見られる。グラッシーさんが行った、2地方在住のオーナーを対象とした2010年の調査では、ペットを連れて避難できなかった場合、約58%が、周辺が立入禁止区域に指定されていたとしても危険を顧みずに自宅に戻るとしている。
同調査で、ペットが心を癒す役割を担っているかどうかを質問したところ、「担っている」と答えた人は約63%に上った。非常事態下で、いつも癒しを与えてくれるペットを置いて避難するということは、オーナーにとってかなりの心的負担になるのは想像に難くない。
動物を共に救出しないために、人は身体的、精神的ダメージを受ける。アニマルウェルフェアの観点だけでなく、人々の安全確保の点からいっても、危機管理計画に動物の救助を含めることは重要といえる。
DVにおいては、ペットは「人質」
強い絆で結ばれたペットを家に置いて、人が避難できないというケースは、自然災害時のみに見られるわけではない。近年、大きな社会問題となっているドメスティック・バイオレンス(DV)においても、同様のことが起きている。
DVから逃げて一時的に身を寄せる女性被害者のための施設、ウィメンズ・レフュージが5月に発表したDVと動物虐待についての報告書によると、調査対象者である約1,000人の被害者の約53%が、「ペットを残したままで家を出ることはできないから、DVから逃れたくても、逃れられない」としている。また一度逃げても約22%はペットのことが心配で、ペットを残してきた加害者であるパートナーのもとへ戻るそうだ。
ペットへの虐待内容については、加害者が「蹴る」と回答した人が約73%で最も多い。これに「平手打ち」が約63%で、「物を投げつける」が約60%で続く。
またパートナーにペットを殺された経験がある人も約23%いた。被害者は加害者から直接さまざまな形で暴力を受けているのに加え、荒れた家庭内で心のよりどころになっているペットが虐待されるのを目にすれば、心の傷はますます深くなるばかりだ。加害者はそれを利用して、被害者をコントロールしている。
同報告書で明らかになったことはほかにもある。「もしペットと一緒に身を寄せることができる施設があれば、DVから逃げやすい」とする人が約73%もいたのだ。そんな声にこたえるキャンペーンが現在展開中だ。DV被害者と共に逃げてきたペットを専門に収容するシェルター、「ペット・レフュージ」が2020年初めのオープンを目指し、建設が始まっている。
ペット・レフュージの完成予想図。暴力をふるわれた動物たちに静かな環境を提供する© Pet Refuge
ペット・レフュージは、ほかの慈善団体を国内で創設し、成功に導いているジュリー・チャップマンさんの発案だ。国内最大の都市、オークランドに造られるシェルターに、手はじめに犬24匹、猫35匹、鳥15羽、そのほかの小動物15匹を保護する。馬や羊といった大型動物はシェルター近隣にある農場で面倒を見る。
屋内施設を完備するために、クラウドファンディングが行われている。目標額は25万NZドル(約1,800万円)だ。最初の5日間で10万NZドル(約720万円)、ファンディングの締め切り日の10日前までには目標を上回る約30万NZドル(約2,200万円)が集まった。多くの人々が明らかにペット・レフュージの必要性を認め、期待をしていることが、寄付額からも見てとれる。
自然災害やDVは、心に傷を負う衝撃的な出来事だ。こうした非常事態時にこそ、人々はより一層ペットに癒しを求め、またペットもオーナーを頼りにしたいと感じているはずだ。
それにも関わらず、お互いから引き離されてしまえば、どちらも各々非常時を耐え忍ぶのがより困難になる。人間と動物の両方を助けてこそ、どちらの心も和み、危機を切り抜けようという活力が生まれるのではないだろうか。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之( Livit)