AI人材を毎年1万人育成へ、台湾が目指すアジアのAIハブ構想

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需給ギャップは開くばかり、世界中で深刻化する「AI人材不足」

「AI人材不足」は日本だけでなく、いま世界中で深刻化する問題だ。

中国テクノロジー大手テンセントが2017年末に発表したレポート「グローバル人工知能人材白書」では、世界中でAI人材需要は数百万人に達しているが、供給される人材は30万人ほどしかいないと指摘。

この30万人のうち、20万人が企業に所属、10万人が大学に所属しているという。また、特に高度なAI開発プロジェクトを率いることのできるトップクラスのAI人材は世界に1000人ほどしかいないと推計している。

2019年4月にベンチャービートが報じたElement AIのAI人材レポートでも、AI人材は増加傾向にあるものの、需要が供給を上回る状況はしばらく解消されない可能性が示唆されている。同レポートでは、世界のAI関連学術会議で発表された論文とその著者の数を分析し、そこからAIの基礎研究に従事できる人材数を割り出している。

それによると、2018年は2万2,400人で、2015年比では36%増加、2017年比では19%増加したことが判明。また、Linkedinに登録しているAI人材数の分析によると、現時点でAI人材(自己申告)は3万6,000人と前年の2万2,000人から66%増加したことが明らかになった。

一方、企業における人工知能の導入は依然アーリーステージといわれており、AI導入はこれから本格化することが予想されている。そうなると、AI人材需要の高まりが加速し、需給バランスの逼迫状態がさらに悪化することも考えられる。

マッキンゼーが2018年11月に発表した調査では、産業・部署ごとのAI導入割合を算出。これによると、情報通信産業のサービス・オペレーション部門でAI導入割合が75%と高い割合になったが、このほかの産業・部門では低い値となっている。たとえば、同じ情報通信産業でも、リスク部門では23%、人事部門では17%にとどまっている。

フランスのコンサルティング会社キャップジェミニが欧米のリテール産業における人工知能導入の状況をまとめているが、この調査でも同じような現状が浮き彫りになっている。リテール産業における人工知能普及率の世界平均は29%。最大は英国で39%、次いでフランス37%、ドイツ29%、米国25%などとなった。

また、リテール産業では、チャットボットなど消費者寄りの施策がほとんどで、在庫管理などオペレーション向けのAI施策は進んでいない状況が明らかになっている。キャップジェミニが推計するところでは、オペレーションにおけるAI導入で3400億ドル(約37兆円)ものコストが節減できる可能性があるという。この数字を鑑みると、今後オペレーションでのAI導入需要が高まる可能性は大いにあるといえるだろう。

このようにAI人材は増加しているものの、需要も同時に高まりを見せており、需給バランスの均衡が達成されるのはかなり先になることが見込まれる。各国においてAI人材育成が喫緊の課題として認知され、さまざまな人材育成の取り組みが加速しているのはこうした理由があるからだ。

AI人材の供給・育成では、これまで米国や中国の動きにスポットライトが当てられることが多かったが、他にも注目すべき動きが出てきており、AI人材育成の動きは世界中で活況の様相を帯び始めている状況だ。

グーグル、マイクロソフトが台湾でのAI投資を加速する理由

その中でも台湾の動きには一層高い関心が寄せられている。フォーブス誌が2019年5月末に伝えたところでは、台湾政府がアジア地域における人工知能の研究開発ハブになるべく、毎年1万人に上るAI人材の育成計画を発表したのだ。

2019年1月に発足した台湾新内閣の行政院長(首相)である蘇貞昌氏は、5月16日に発表した声明の中で、グーグルやマイクロソフトなどの米テクノロジー大手による台湾での人工知能投資が加速しており、強固な競争基盤が構築されていると指摘。この流れを一層加速すべく、初等教育レベルから人工知能に関わる学習を導入するという。

台湾のトップ大学の1つ国立成功大学の卒業式

台湾はこれまでパソコンやスマホなどITハードウェアの製造ハブとしてその地位を強固なものにしてきたが、近年ハードウェア製造は中国など製造コストが安価な国にシフトしており、産業の立て直しが目下の課題となっている。

この中で、AI人材の育成・供給によって台湾を人工知能の研究開発ハブにするというアイデアが浮上。幸運なことに、台湾はIT製造向けに、理系人材を育成・輩出する仕組みを整備してきた歴史がある。人工知能に関わる知識やスキルを高める上で、数学やコンピューターサイエンスのバックグラウンドがある場合、ない場合に比べて学習効率は大幅に高まることが予想される。台湾にはAI人材として活躍できる可能性がある人材が数多くいることになるのだ。

2016年、囲碁のプロ棋士を破ったとして当時話題を集めた人工知能AlphaGo。この開発に携わった研究者の1人アジャ・フアン氏が台湾出身の研究者であることはあまり知られていない事実だ。フアン氏は2004年からコンピューターを使った囲碁プログラムの開発を始め、2011年に国立台湾師範大学で情報工学の博士号を取得している。その後2012年にDeepMind社に参画し、AlphaGoの開発に携わることになる。

国立台湾師範大学ウェブサイト

情報通信の国際組織IIoT Worldが発表している人工知能分野で最も影響力のある研究者ランキングで2位に位置しているトゥンクワン・リュウ氏も台湾の人工知能研究者だ。所属は国立高雄技術大学。

AI人材の質は他国に引けを取らない一方で、人材コストを低く抑えられるという利点があり、米テクノロジー大手を中心に台湾での人工知能投資が加速している点も見逃せない。

2018年には、グーグル、マイクロソフト、IBMがそろって台湾の研究開発機能を拡充する計画を発表。同年グーグルは、台湾で300人を新たなに雇用するだけでなく、5000人の学生に人工知能に関するトレーニングを実施すると発表。一方、マイクロソフトは台湾での人工知能事業の拡張計画を明らかにしたほか、3400万ドルを投じ研究開発センターを建設、数百人を新たに雇用すると発表。またIBMは人工知能を中心に台湾の研究開発機能を強化することを明らかにしている。

さらに、地元英字メディアTaiwan Newsが2019年3月に伝えたところでは、グーグルは新北市に新しいオフィスを開設し、台湾における同社のオフィススペースを倍増する計画を発表している。オフィススペースの拡張に伴い、AI人材とデジタルマーケティング人材を補強するという。

冒頭で紹介したElement AIのAI人材レポートによると、台湾はAI人材の流出が少ない国の1つ。育成したAI人材がその国にとどまり、次の人材育成を担うというエコシステムが構築されていることが示唆されている。このほか中国市場にアクセスできる言語的なアドバンテージも持つなど、台湾のAI人材への注目は高まるばかりだ。

これまで築き上げてきたインフラに加え、政府主導の人材育成イニシアチブと米テクノロジー大手の投資によって、台湾のAI人材市場が大きく変わることは間違いないだろう。AI人材育成で後塵を拝しているといわれる日本が学ぶことは多いのかもしれない。

文:細谷元(Livit

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