2019年5月30日、“ご縁つなぎ”プラットフォーム「Spready」が本ローンチした。2018年6月から仮説検証を開始し、3月末にβ版をリリース。そこから2カ月で今回の本ローンチに至っている。

Facebookなどで「○○業界に詳しい人が皆さんの知り合いにいたら、紹介してもらえませんか?」「心当たりがあるのでDMします!」といったようなやりとりを見たことがある人は多いのではないだろうか。Spreadyは、そのような「仕事で必要になった“ちょっとした人探し”」を助けてくれるプラットフォームだ。

この新しいサービスで、日本の労働市場の課題をどのように解決していこうとしているのか、Spready株式会社 代表取締役社長・佐古雅亮氏と、共同創業者の柳川裕美氏に聞いた。

佐古雅亮
Spready株式会社 Founder & CEO。2008年、株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)に新卒入社。キャリアコンサルタント、リクルーティングアドバイザーとしてIT・インターネット関連の領域の採用・転職をサポート。2015年10月にはスタートアップ支援事業を立ち上げ、当該部門を管掌。2017年10月、同事業の解散に伴い、株式会社ネットジンザイバンク(現for Startups株式会社)に移籍。2018年5月、Spready 株式会社を創業し、代表取締役社長に就任。
柳川裕美
Spready株式会社 Co-Founder, Community Designer。2008年、株式会社リクルートエージェント(現:株式会社リクルートキャリア)に新卒入社、法人営業に従事。2012年10月よりゼビオ株式会社でグループ全体の広報・マーケティングを管掌。ゼビオグループ企業のクロススポーツマーケティング株式会社に兼務出向し、3人制バスケットボールのプロリーグ立ち上げ、ファンコミュニティ/マーケティングに従事。2015年8月Retty株式会社へ転職し人事採用を担当、2018年4月よりコミュニティマネージャーを兼務。2019年1月より現職。

雇用を前提としない企業の「人探し」をサポート

企業と個人をつなぐサービスは世の中に数多ある。人材紹介や人材派遣、リファラルリクルーティング、求人サイト、クラウドソーシングなどもそうだろう。そのどれもが雇用や派遣契約、業務委託契約など「お金をもらって働く」ことを前提とした出会いを支援するものだ。

しかしSpreadyはそれらとは異なり、企業と個人を「つなぐ」部分だけを行うものだ。佐古氏によると、これまでにSpreadyでつながった企業と個人がその後どうなったかまでは把握すらしていないそうだ。なぜこのようなサービスをつくることになったのだろうか。

佐古:「企業は、雇用を前提とした求人募集に限らず、いろいろな形の『人を探す』という行為をしています。

例えば私の場合、今回会社をつくるのがはじめてだったので、社員を雇い入れた時に、どういう手続きが必要なのかが皆目見当がつきませんでした。そういう時に、事情を知っている人に“ざっくり”全体像を聞きたい、それが無理でも、話を聞いてどの辺りを調べたらいいのかアタリをつけたい、そういうニーズがあるんじゃないかと思ったのがきっかけですね。

これまでの仮説検証フェーズを経て、スタートアップや大手企業の新規事業部門などを中心に、『いろんな人の知見を集めたい』『ユーザーヒアリングをしたい』『社外の協力者を探したい』といった、さまざまな雇用を前提としない人探しのニーズがあることが分かりました」

Spreadyは、そうした「人探し」のニーズをサイト上で一般向けに公開して該当者を募るわけではない。Spreadyには「スプレッダー」と呼ばれる個人が登録しており、彼らがクローズドなサイト上に掲示されている企業の人探しニーズの案件を見て、「このニーズには、知人のあの人が合致しそう」と思う人を推薦・紹介する仕組みだ。


Spreadyの個人(スプレッダー)向けサービスページ

当初は、佐古氏と柳川氏の知人の中で「ご縁つなぎ」をしてもらえそうな人一人ひとりにSpreadyのコンセプトを説明し、お願いして回ってスプレッダーを増やしてきたという。β版からは、サイト上でもスプレッダーの登録申請を受け付けているが「承認制」となっており、直接会うか、それが難しい場合はオンラインで顔を見ながら話をした上で、サービスの世界観に共感してもらえた人にスプレッダーになってもらうそうだ。

柳川:「審査というよりは、これまでにないコンセプトのサービスなので、Spreadyが考えている世界観を理解してもらった上でスプレッダーになっていただくという意味で、この方法をとっています」

人と組織の出会いを阻害したくないからこその「定額制」

Spreadyのビジネスモデルの特徴的な点として、サブスクリプションモデルをとっていることが挙げられる。一般に、雇用、すなわち転職をあっせんする人材紹介ビジネスは、求人案件に対して入社者が決まった時点で、採用した企業が年収の30〜40%程度の人材紹介会社に支払う成功報酬モデルだ。

一方、Spreadyは、人を探したい企業が月額固定の利用料を支払うのみ。目的とする人に何人出会えたとしても、Spreadyに支払う額は変わらない。ただ、そうすると案件が無限に増えてしまうため、「同時に運用できる案件数」によっていくつかの料金プランを設けてはいる。

佐古:「Spreadyは『人と組織の新しい“つながり”をつくる』を会社のビジョンとして掲げています。2018年6月から始めた仮説検証フェーズでは、スプレッダーさんが企業におつなぎしたその都度報酬をいただき、それを当社とスプレッダーさんで分配する形をとっていました。

でもそれだと、“つながり”が生まれれば生まれるほど企業はお金を払わなければならない。人と組織が出会うことを阻害するビジネスモデルは避けたかったため、今の形に落ち着きました」

βテスト中、スプレッダーの「報酬受け取り拒否」が多発

企業にとってSpreadyに払う利用料は定額だが、企業はもう一つ、人を紹介してくれたスプレッダーにも報酬を払わなくてはならない。


佐古雅亮氏

佐古:「β版までは、金銭報酬を支払う形にしていました。ただ、スプレッダーさんから報酬の受け取りを拒否されてしまうケースが結構あったんですね。あるかもしれないとは思っていましたが、想像以上に多くの方に拒否されてしまいました」

これはどういうことか。スプレッダーに登録する人は社内外に多くの人的つながりを持っている人たちだ。そんな彼らが「人をつなぎたい」と思う動機は、人探しで困っている企業がいて、自分のネットワークから人を紹介することで問題解決につながるのなら、してあげたい、そんな「善意」による部分が大きい。そのため、紹介した報酬としてお金をもらうことに少なからず抵抗があるのだという。

そこでSpreadyは、5月30日の本ローンチと同時に、企業からスプレッダーへの報酬を、金銭だけでなく「体験」で提供できるようにした。例えば、「あなたのポートレートを撮影します」「社長とランチに行けます」「社内の勉強会に参加できます」といったような、企業にとってもコスト負担が大きくなく、それでいてスプレッダーにとっては嬉しい「体験」を、報酬のメニューに加えられるようにしたのだ。

柳川:「そのような体験報酬を受け取ることによって、スプレッダーさんがその企業に対する理解や共感を深めることになります。すると、その企業を『応援したい』『いい人がいたら、また紹介しよう』という思いにつながる。体験報酬によって、企業と人をつなぐ好循環が生まれていくことを期待しています」

やりたいことに出会う機会をつくることが「流動性」を高める

今の日本では、労働市場のあり方についての議論が活発だ。その大元となっている問題は、人口減少に伴う就労人口の減少。2025年時点で不足する就労人口は、推計主体やその方法によっても異なるが、400万とも500万ともいわれている。

この人手不足を少しでも埋めるものとして、労働市場に参加していない女性やシニア層の労働参加や、外国人を労働力として受け入れるといった方策が「働き方改革」の名目でとられようとしている。「働く人が足りないから、増やそう」という考えだ。

それとは別の課題解決の方向性として、いま労働市場に参加している層も含めて「生産性を高める」ことが考えられる。日本の労働生産性は、公益財団法人日本生産性本部が公表している労働生産性の国際比較によると、1人当たり労働生産性はOECD加盟36カ国中21位。

このデータについては各国の経済状況や、雇用に関するルールの違いによる労働者数の差異などが指摘されてはいるが、少なくとも日本の生産性が高くないことの一つの目安として捉えていいだろう。


出典:「労働生産性の国際比較2018」公益財団法人日本生産性本部

労働生産性を高めるにもさまざまな方策が考えられる。シンプルなものでは商品・サービスの値上げから、より成長性の高い新規事業の創出、ITによる業務効率化など。もう一つ生産性を高める上でのカギだとされているのが労働力の「流動性」である。

佐古:「日本の労働力の流動性の低さには、日本特有のカルチャーが大きく影響していると思っています。『御恩と奉公』ではないですが、『雇っていただいているのだから、会社に全身全霊を注ぐべき』というカルチャーです。そして、ある会社に勤めている間は、ほかの会社と取引以外に協働するようなつながりを持つ機会は多くありません。

だから、副業は「御恩」に背くものだし、転職に至っては「裏切り」とも取られかねないというわけだ。ただ、佐古氏によると、企業が一方的に個人を縛り付けているわけでもないようだ。

佐古:「私は2008年に新卒で株式会社インテリジェンス(現:パーソルキャリア株式会社)に入社しました。キャリアアドバイザー、あるいは法人担当として転職をサポートする中でお会いしてきた方は、累計で3万人を下らないと思います。でもその中で『私はこれがやりたい』と明言できる人はごく少数でした。

人の興味って、その対象にまずはちょっと関わってみることで、その対象を捉える解像度が上がり、そこからさらに興味を増していくものだと思います。でも今の日本では、何かの仕事を『やってみたい!』と思った時に『転職』以外の選択肢がなく、興味はいずれ萎んでいってしまう。

そうではなく、もっとカジュアルに、興味が湧いたことをすぐに体験していけるようにしないと流動性は高まらないのではと考えました。だからこそ私たちは、『やりたいに出会い続ける世界をつくる』をミッションとして掲げ、Spreadyというサービスを始めました」

企業と個人のつながり方はもっと多様なはず


柳川裕美氏

柳川:「転職に限らず、副業や業務委託など、個人の企業とのつながり方はさまざまだと思いますが、そのような『契約してお金をもらって働く』以外のつながり方もあると思っています。

Spreadyを始めてから、企業側に“ちょっとした人探し”のニーズがある半面、個人側にも“ちょっとした貢献”のニーズがあることに気づきました。副業までは行かないけれども、ちょっと困っている人の相談に乗りたい、お茶でもしながら壁打ち相手になりたい、そういうものを個人でも求めている人は多いです」

一つの企業に雇用で囲い込まれている間に、どこにも役立てられずに個人の中で死蔵されているスキルや知見は計り知れない。興味を持ったことにライトに関われるような企業と個人のつながりを多く生み出すことで、そうしたスキルや知見が日の目を見る機会を提供すること、それによって、「人を動かす」のではなく「人が自分から動く」ことを促進するのが、Spreadyの「流動性」に対する解なのだろう。

柳川:「今まで企業は、事業を加速しようと思った時にほとんどの場合『採用』しか念頭になかったと思います。そこへ私たちは、『採用せずに解決できることもたくさんありますよ』と謳っていこうとしています。

ただ、社外の個人に相談にのってもらうとか、個人の協力者を外部に求める経験がこれまでなかった企業にとって、そもそもどうやってそういう人を募ればよいか分かりませんし、面接ではなく『お茶でもしながら、対等な関係でカジュアルに話しましょう』という関わり方自体が未体験のものです。Spreadyで新しいつながり方を『体験』していただくことで、日本のビジネスシーンに新しいカルチャーを浸透させていきたいと考えています」

取材・文・写真:畑邊康浩