「フードロス」という言葉を耳にしたことがあるだろうか。「食品ロス」とも呼ばれて、これは本来であれば食べることのできたはずの商品が食べ残しや売れ残り、消費期限切れなどにより、廃棄されてしまうことである。

2011年にFAO(国際連合食糧農業機関)が発表した「Global food losses and food waste(国際的食品ロスと食料廃棄)」によれば、ヨーロッパと北米では1人あたりの食料損失が年間約280〜300kgと推測されており、サハラ以南のアフリカと南アジア、東南アジアでは、年間約120〜170kgもの食料が廃棄されている。

また、一方で人間が消費する食物の1人あたりの食料生産量は、ヨーロッパと北米では年間約900kg、サハラ以南のアフリカと南アジア、東南アジアでは460kgとの統計が出ており、つまり実に約3分の1近くの食料が廃棄されていることになるのだ。

そのような背景の中、2017年にリリースされたフードシェアサービス「TABETE」が近年注目を浴びている。同サービスはフードロス削減を目的としており、ユーザーは近くのお店で余ってしまった食事をお手頃価格でテイクアウトすることができるというサービスだ。

今回はこのサービスがどうフードロス削減に繋がるのか?ユーザーに問題意識をどう促しているのか?飲食店側にメリットはあるのか?現在の実情を「TABETE」を運営する株式会社コークッキングのCOOを務め、同サービスの立ち上げメンバーでもある篠田沙織(しのだ・さおり)氏にお話を伺った。

篠田沙織
株式会社コークッキング 取締役(COO)
2017年にRetty株式会社に入社。わずか新卒10ヶ月後に株式会社コークッキングに転職し、フードロス削減事業取締役に就任。フードシェアリングサービス「TABETE」を展開する。主にSNSマーケティングや広報を担当。

入社からわずか10ヶ月で転職。信念を貫く侍マインド

ーー本日はよろしくお願いいたします。まずは篠田さんのこれまでの略歴を教えてください。

篠田:元々フードロス関係のサービスに携わりたいと思って、フードロス関係をやっている会社を色々探していたのですが、全然見つからなくて。

色々迷った結果、食品関係の事業会社に一旦入ってみて、その中で飲食店さんの内情を学んでから自分で起業をしようと思うようになりました。

2017年に新卒でRetty株式会社という実名制グルメサービスを運営する会社に入り、飲食店さんの営業やウェブのディレクションなど幅広くやらせていただきました。でも実は、新卒で入って10ヶ月で辞めているんです。

ただ、Rettyをこんなにすぐ辞める予定はなくて、本当はそちらの新規事業としてこのサービスを社内提案していたんです。一番自分がやりたいことだったのですが、タイミングが合わず、Rettyではやることができなかったため、このタイミングで起業を見据え始めました。

その時期に、本サービスのモデルとなった「Too Good To Go」というデンマークのサービスがリリースされたのですが、ちょうど同時期に現在の代表と知り合い、一緒にやることに。

2017年の6月から加わって、最初は副業としての参加だったのですが、2018年の1月にCOOとして正式に転職をしました。店舗経営状況やフードロス状況など前職で学んだ経験を生かして今のサービスに注力しています。

“フードロス”への気づきは幼少期に患った白血病

ーーフードロスに注目したきっかけはなんですか?

篠田:小学校2年生の時に白血病だったんです。

2年ぐらい好きなものが食べられなかったので、退院してから食べ物に執着するようになったんです。そのあたりから食関係のことにしか興味が湧かなくなってしまって。

実際に“フードロス”を実感するような現場を見たのは大学の時でした。当時カフェのバイトで発注を任されていました。

閉店前にお客さんが来てしまった場合に商品が売ってないことを「チャンスロス」と言うんですが、それを防ぐために閉店間際まで商品を揃えておく必要があるんです。そのために2個か3個多めに発注しなきゃいけなくて。

でも、それは捨てる前提での発注だったので、「捨てるために発注するって何なんだろう」って疑問に思うところがあったんです。

それからこれをビジネスにすることを考え始めました。

ーー実際の原体験が大きく影響されているんですね。では、篠田さんが携わる”TABETE”ではどのようなサービスを提供しているのでしょうか?

篠田:フードシェアリングサービスで、フードロスの削減を目的としたサービスになっています。簡単に説明すると、お店で余ってしまった食品や売れ残ってしまった食事を近くの方がお得にテイクアウトできるというサービスです。

2017年9月にベータ版がスタートし、現在では約14万人の方にお使いいただいています。支払いはクレジットカード決済で、前払いで決済していただけます。

ーー現在登録されている飲食店の数はどのくらいですか?

篠田:累計でご登録いただいた飲食店は約360店舗ほどです。ですが現在規約変更をしまして、3ヶ月利用がなかった店舗さんは非表示にしています。

商品を出さない店舗さんが残ったままだとユーザーの利便性が下がるため現在はそうさせて頂いております。ユーザーさんの利便性を優先しています。

月額課金がかかるサービスではないので、再開したい場合はいつでも復活させることができます。

なので、実際に表示されている店舗さんは現在約240店舗ほどになります。

ーーお店側が登録するのと、TABETEさん側が営業して登録してもらうのと、現在はどちらが多いのですか?

篠田:両方あるのですが、現状ではこちらから「入りませんか?」とアプローチして入っていただくことが約9割です。残り1割は相手側から「入りたいです」と言っていただいてます。

ーー現在、ねらっているターゲット層はどのあたりですか?

現在は店舗さんも都内中心で、20代〜40代の働いている女性がメインのユーザーさんになってます。

女性が購入ユーザーの6割ぐらいで、月に20回30回とかお使いいただいているヘビーユーザーの方は30〜40代くらいの女性が多いです。

“美味しく気軽に社会貢献ができるサービスを目指して

ーーユーザー側へのメリットと店舗側へのメリットはどんなところでしょうか?

篠田:飲食店に関しては3つのメリットがあります。

1つ目は経済的なメリットです。今まで廃棄していたものを売上に変換することができます。

2つ目はブランディングに繋がるというメリットがあります。大手でSDGsやCSRの活動の一環として「TABETE」を取り入れて、個別リリースを双方で打つという場合もあります。

3つ目は新規顧客の獲得ができることです。「TABETE」のユーザーはエシカル消費や社会事業、フードロスなどに興味がある方が多い傾向にあります。

今まではお店に足を運ぶ機会がなかった方がTABETEを通じて初めて商品を食べることにより、「美味しいからまた行こう」と通常利用をするパターンが結構起きています。

また、ユーザー側に関しては、2つあります。

1つ目はやはりお得に買えるということが大きいです。お店によっては半額や70%オフで出品されていたりするのですごくお得です。

もう1つは気軽に社会貢献ができるということです。フードロスに違和感はあるけど実際に足を運んでボランティアなどの活動までやる人っていうのは少なくて。

「TABETE」だったらその消費行動の1つがそのまま社会貢献に繋がるので、「気軽に関わることが嬉しい」と言っていただけています。

ーー実際ユーザーの方はフードロスや社会貢献について意識されてる人が多いのでしょうか?

篠田:おそらく2割くらいの方がフードロス関心層で、残り8割の方の優先度は1番目が「お得」で、2番目が「美味しさ」、3番目にフードロスへの関心ではないかなと認識しています。

8割に該当するような方々に使っていただけることが「TABETE」の真の目的でもあるので大歓迎です。どちらかと言うと啓蒙的な意味が強いです。

使っている内にフードロスに関して考えたり、日常で意識してもらうっていうのが最終的な目標です。

広がる海外との“差”。熾烈を極める日本市場の壁

ーー日本のフードロスの現状についてお聞かせください

篠田:今年の経済産業省の発表によると、年間で約643万トンの食品ロスが出ています。日本人が毎日1杯ずつのお茶碗を捨てているイメージです。

「TABETE」の市場である中食外食に関してはなかなかプレイヤーがいなかったのですが、約3,000億円ほどの経済損失が起きていると言われています。

食のサプライチェーン全体では、農家さんの一次産業から小売の提供をして家庭にいくまでに1兆9,000億円もの損失が出ているという推計もあります。

ーー原体験以外で、ご自身が課題だと思うところや意識を持つべきだと感じたことはありますか?

篠田:この事業をやって行く中で気づいたことは色々あるのですが、例えば中食はフードロスが深刻で、日本だと特に消費者の求める基準が高いんですね。

国内では商品を常に補充しておくことが求められており、かつ高いクオリテイを求められています。

飲食店さんが守られるような法律も今のところないですし、企業側も消費者の望むクオリティを保つべく、必要以上に発注をかけてしまうという負のスパイラルが起きているんです。

それこそ、予約のドタキャンなどはわかりやすい事例ですよね。特に忘年会の時期はドタキャンが酷く、飲食店側はお金は回収できても、食品は調理済なので捨てるしかないという。

消費者側の意識も変えなくてはならないし、事業者側の意識も変えなくてはならない。その両方が課題になっていると思います。

深くに根ざした日本のクオリティーとサービスの追求

ーー日本ならではの「おもてなし」の文化が強いからこそ、お客様を満足させることを第一に考え、そういったことが起きるのでしょうか?

篠田:先ほどの「Too Good To Go」を作ったデンマークでは消費者の方のフードロスへの意識レベルがとても高く、お持ち帰り用のドギーバッグも普及しています。

飲み会や立食パーティでは大体食べ物が余るため、多くの参加者がドギーバックを持参していたり、飲食店側で用意していることも多いです。

日本の場合、「持ち帰っていいですか?」と聞くと、テイクアウト後に食中毒が起きてしまった際に事業者側の責任にされてしまうなどの懸念からか、断られることが多いじゃないですか。

海外では「テイクアウトして食中毒が起きても、飲食店側は責任を取りませんよ」というような飲食店側を守る法律があるので、安心してテイクアウトすることができます。

日本の場合は食中毒が起きたらお店側の責任ですし、お客さんもクオリティや商品を補充しておくことへの期待が大きいので、飲食店さんもその期待に応えなければいけません。

国内でもエシカル消費が復旧し始めたので、これからフードレスへの関心も増えるかなと思います。

ーーサービスの提供開始から1年を振り返って、ユーザーの意識は変わって来たと思いますか?

篠田:メディアにも結構取り上げていただき、11万人も集まったことにまず驚いたのですが、ユーザーさんにもすごく変化が起きました。

ユーザーの方に直接お会いしてヒアリングをしているのですが、みなさん元々フードロスに関しては若干の違和感は抱いていたようで、「TABETE」を使うことによってより意識するようになったとか、家庭でゴミを出さないように工夫をするようになったとか、そういう講演に行くようになっただとか、うち社員並みに考えてくれている方たちが増えてきています。

「TABETE」で食品を買いに行くことを「レスキュー」と呼んでいるのですが、Twitter上でも「レスキューしに行くことが楽しい」とか、楽しく社会貢献ができるというところに価値を見出してくれている方が多いです。

なので「TABETE」を使ってフードロスを意識するというところには繋がって来ているのかなと思っています。

ーー企業側でも意識や行動に変化は起きていますか?

篠田:こないだBAYCREW’S GROUP(ベイクルーズ グループ)さんのオリジナルブーランジェリー「BOUL’ ANGE」が2万個のパンをレスキューしたというプレスリリースを出したんですけど、こういうのを出してしまうと、例えば「今まで2万個も捨てていたんだ」というマイナスな解釈にも繋がる可能性もあると思うんです。

しかし、この情報を出すことでの批判を恐れるのではなく、逆に「弊社は2万個のパンを救っているんですよ」っていう部分を打ち出してPRを出すというのはとても大きな変化です。

私もドキドキしながらプレスリリースを出したのですが、実際にプラスの意見をいただいたり、TwitterやFacebookで拡散されたりと、反響が大きくて嬉しかったです。

ーー消費者や事業者だけではなく、環境問題に関しては貢献できるとお考えですか?

篠田:先ほどのパンのレスキューの話だけでも約5400kgほどのCO2を削減することができたのですが、「TABETE」1つでフードロスや環境問題全てを変えられるとは、実は思っていないんです。

あくまでも「TABETE」はきっかけと啓蒙的な意味を含めているので、「TABETE」がだんだんと成功していくことによって、サプライチェーン全体のプレイヤーも盛り上がっていき、解決に向かって行くのではと思っています。

消費者、事業者の順番で意識が変わって、最適化された市場ができ、最終的には法律が変わっていくことが理想です。

ミッションは“食に対する意識改革”を日本で起こすこと

ーーこれから海外展開もお考えですか?

篠田:代表とも話しているのですが、既に世界規模で見ると「TABETE」よりも強い競合がたくさんあって。

例えば一番シェアを取っているのは「Too Good To Go」なのですが、彼らはもう既に社会事業とかフードロスに関心のある層のところを攻めていっていて。

逆に私たちは日本という複雑な市場でやってきているので、そういったフードロスやフードシェアへの関心が低い土壌でやっていけるノウハウはあると思うので、「Too Good To Go」が攻めれなかったところに攻めることができるのではと考えています。

ただ、文化の違いというものがあって、例えばデンマークとかだとキリスト教の文化が浸透しているのですが、日本は仏教。仏教って「施しの文化」という感じで、ボランティアが偽善だと思われてしまうような風潮があると思うんですよ。

キリスト教の場合は「分け与える」という価値観なので、ボランティア活動もすごく浸透しています。

そのあたりの文化や根本的な考え方が違うので、意識の変化にものすごく時間がかかると推測しています。

子供の頃からボランティアに関わっていたり、そういった環境じゃない限りは当たり前にそういう発想になることはないと思うんです。

そのあたりは海外とは根本的に違うので、そこをガラッと一新することは無理に等しいので、ジワジワコツコツやっていくのが良いのかなと個人的には思っています。

ーー今後の展開で考えていることはありますか?

篠田:いずれは実店舗を作りたいと思っています。

飲食店さんで余ってしまったものを全て買い取って、実店舗と提携をすれば場所も固定できるし、ユーザーさん側もコミュニケーションも取れるし受け取りもしやすくなるのではないかと思っていて。

あとは先ほどお話しさせていただいた「ディスコ・スープ」というイベントも引き続きやっていきたいと思っています。

いろいろと構想はありますが、現在はTABETEのサービスを通して意識改革をすることにフォーカスしています。

ーー本日はありがとうございました。

文:Sayah
写真:西村克也