1959年、物理学者リチャード・ファインマンは米国カリフォルニア工科大学で「There’s Plenty of Room at the Bottom」と題するプレゼンテーションを行ない、ここでナノテクノロジーを予言した。その7年後にはミクロ化した医師が人間の体内に入って治療する「ミクロの決死圏」という映画が公開されている。あくまでもサイエンス・フィクションとして。

100万体のマイクロロボットが体内を巡る


Marc Miskin より

それが60年後、“体内に入って治療”が実現しようとしている。2019年3月、米国ペンシルバニア大学電子工学部のマーク・ミスキン教授を中心とするチームが70ミクロン(0.07mm)のマイクロロボットを発表した。皮下注射針で体内に入れる十分なサイズである(日本人の平均的な髪の毛の太さは0.08mmといわれている)。

マイクロロボット本体は透明な長方形のガラス製でプラチナとチタンの二層で形成された4本の足を持つ。ミスキン教授は「足は非常に強い」という。プラチナの膨張とチタンの硬度で繰り返される動作がモーターとなり強さを発揮する。

こういった考えはすでに何十年も前に登場していたが、常に大きな壁となっていたのがバッテリー問題だ。ミスキン教授らはバッテリーを省くことで電力問題を回避。ソーラーパネルを装着することでワイヤレスによる駆動、レーザー光を使った電力の供給に成功した。


Marc Miskin より 

ミスキン教授らは半導体産業で開発されてきた技術を応用し、4インチの特殊シリコンウエハ1枚に100万台のマイクロロボットを制作。個々の制御や位置追跡など改善点や課題はまだ多いが、すでにセンサーやタイマー、コントローラーを搭載したマイクロロボットに取り組んでいる。

それはマイクロロボットの活動範囲を広げ、バイタルサインの追跡、患部への薬デリバリー、脳内のマッピングなど、人体のさまざまな部分で働くことを目指している。もちろん体内から安全に回収することも含めてだ。ミスキン教授は「数年以内に実証できるだろう」と語っている。

ナノロボットが群となり、外科医を助ける

加速するマイクロロボット、ナノロボットの研究の先端を走るのは米国だけではない。日本でも東京大学をはじめとした多くの大学で研究開発が進められている。2018年夏、香港中文大学は張立准教授が率いるチームが医学部と共同で複数のナノロボットを同時コントロールすることに成功したと発表。

鳥や魚のようにコミュニケーションを通した“群”の行動は、相互作用によってそのパワーが劇的に増幅する。張准教授のチームはその真理を何百もの磁性ナノ粒子の動的な自己集合プロセスに応用した。

磁力を調整することによってナノロボットが“群”となり、伸張、収縮、分割、併合など多様で可逆的な変化を実行。ナノロボットの群が体内の狭窄部でも通過、血液中を循環する静脈投与薬に比べ、患部にターゲットを絞ることで効率的に治療ができるというのだ。

血栓溶解薬を運搬するナノロボットの群が5mmの血栓を20分で溶解したデータが裏付ける。脳血栓の治療への導入が検討されているが、将来的にはガンの腫瘍も標的にしているという。張准教授は「外科医の複雑な作業を助けるようにプログラムすることができる」と自信を持っている。

60年前の予言にはじまり、夢と驚きのSF世界に広がり、それが現実のものとなる。マイクロロボット、ナノロボットの技術進歩はさらに飛躍し、医療分野だけではなく今後さまざまな分野で活用されることは間違いない。“体内に入って治療”はもう目前だ。

文:羽田理恵子
編集:岡徳之(Livit