ポケモンゴーやスナップチャットなどによって認知と利用が広がる拡張現実(AR)。人気のオンラインゲーム「マインクラフト」もAR版がローンチされるとして話題となっている。
これまで主にゲームやソーシャル文脈でのAR活用が話題となることが多かったが、最近ではリテール分野での取り組みも活況の様相を呈している。このほど相次いでARの新しい取り組みを始めたイケアやアマゾンがその象徴といえるだろう。
なぜいまグローバルブランドはARに注目するのか。今回は、IKEAやアマゾンのAR最新施策に触れつつ、リテールブランドがARに注目する理由を探ってみたい。
アマゾン、イケア、ウォルマートのAR施策
2019年5月8日、アマゾンがAR機能を用いてスマホに商品の3Dイメージを映し出す新機能「ARビュー」の提供を日本で開始したとして話題を呼んだ。
アマゾン・ショッピングアプリ内で、ARビュー対応の商品の3Dイメージを現実世界に重ね合わせ、購入前に大きさや商品を部屋に置いたときの印象を確認することができる。スマホに映し出される商品は3Dであるため、さまざま角度から確認することも可能となる。
対象となるのは家具やキッチン用品など1000種類以上。AR対応商品の数は今後も拡大していく予定という。ARビューは2017年に米国で開始され、その後欧米を中心に導入が進んできた。日本は7カ国目となる。
一方、イケアも同月27日にARアプリの刷新を発表。新しいARアプリでは、家具の3Dモデルで部屋づくりをしながら、購入も可能となる。イケアは2017年にARアプリをローンチしているが、この旧ARアプリでは家具を購入することができなかった。新アプリはまずフランスとオランダでリリースされ、その後2019年中に米国やドイツ、中国などで展開する計画という。
ウォルマートもAR施策に注力している。同社は2018年末、スマホのカメラを商品にかざすと、その商品の価格・評価・レビュー数を瞬時に表示するARアプリを公開。商品の比較を直感的かつ瞬時に行うことが可能となった。また同年のクリスマス商戦向けにもARコンテンツをリリースするなど、積極的にAR利用を進めている。
このほかにも米リテール大手のTargetやWayfairなどがAR活用を進めている。
ARが脳に及ぼす影響
近年急速に拡大するAR活用。なぜグローバル企業はARに傾倒しているのか。
理由の1つは、ARを活用した方がブランディング効果と顧客エンゲージメントを高めることが可能になるかもしれないからだ。
オーストラリア発の脳科学調査会社Neuro Insightなどが実施した実験によると、ARを活用した場合、そうではない場合に比べ、ユーザーの視覚的注意や記憶をつかさどる脳の部位が活発化することが明らかになった。ARを活用することで、ブランディングやエンゲージメントに関わる取り組みの効果が高まることが示唆されているのだ。
この実験は英国在住の18〜65歳の被験者151人を対象に実施。
ARを使ったタスクと非ARによるタスクを行った場合の脳内活動の変化を比較した。たとえば、イケアのARアプリを使って家具を見たときとイケアのウェブサイトで家具を見たときの比較などだ。
この調査では、ARと非AR施策の違いが顕著にあらわれている。
まずARを使った場合、視覚をつかさどる脳の部位が活発化することが明らかになった。AR利用時の「Visual Attention(視覚注意)」レベルは、非ARのときに比べ1.9倍も高いという結果になったのだ。ARによって映し出されるコンテンツは、テレビや雑誌などの既存媒体に比べ、注意を引きやすいということになる。
また、視覚注意だけでなく、感情部位の活発化も観察されたという。感情レベルが高くなると、人間はそのときの状態を記憶しやすくなるといわれており、広告・プロモーションの効果が高まる可能性が示されている。
記憶に関しては、ARを活用することで長期記憶が形成されやすい可能性が示されている。AR活用時、脳の記憶エンコーディング(情報から記憶への変換)の水準が、そうではないときに比べ平均70%高いことが明らかになったのだ。
テレビや雑誌、ウェブ広告は2次元である上に、インタラクティブ性がなく、多くの消費者に飽きられているのが現状。一方、3Dでインタラクティブ性を持つARコンテンツであれば、目新しさとのシナジーでブランディングやエンゲージメント向上において大きな効果が期待できるのだ。
このほかAR対応モバイルデバイスの普及や開発者向けツールの充実などもAR普及を後押しする要因であると考えられる。
アップル、グーグル、フェイスブック、サムスンなど世界的なテクノロジー企業によってARエコシステムが構築され始めており、今後もAR市場は右肩上がりに拡大していくことが見込まれている。
AR市場の拡大に伴いAR体験はよりイマーシブになっていくことが予想されているが、それはARコンテンツだけでなくハードウェアの進化によって実現されることになるだろう。アップルが2020年頃にリリースすると噂されている「ARグラス」やグーグルがこのほど新モデルを公開した「グーグル・グラス」はARの未来を示すヒントといえるだろう。
[文] 細谷元(Livit)