グローバル企業が注目する「社員エクスペリエンス」、世界の魅力的企業ランキングが示す成功法則

ビジネス環境の変化速度の高まりに伴い、世界の労働市場でも流動性が高まっている。

給与水準や社風など詳細な情報を入手できる口コミサイトやLinkedinなどビジネス向けソーシャルメディアの登場で、被雇用者にとっては理想の仕事を求めてフレキシブルに動ける土台が強固になっているためだ。

一方、雇用側である企業からすると、優秀人材の獲得・維持が難しくなってきている状況だ。口コミサイトやソーシャルメディアでネガティブなレビューがあれば、人材が寄り付かなくなるなどのリスクが高まっている。

人材ソフトウェアを開発するiCIMSが米国労働市場を調査したところ、3人に1人が企業から内定をもらっても、悪い評判があればその内定を辞退すると回答。米国労働市場では、仕事探しでのソーシャルメディア活用が増えており、リスクマネジメントは欠かせないものになっている。

こうした中、既存社員の満足度や社員候補者へのブランド認知を高める取り組みを実施する企業が増えている。これまで主流だったのは社員の「エンゲージメント」を高める取り組みだ。たとえば、インセンティブトリップや社内改革アイデアコンペなどが挙げられる。

しかし、この「エンゲージメント」を高める取り組みの多くは失敗に終わる可能性を示唆した調査が多く、企業は別の方法の模索が求められている。

エンゲージメントに代わるキーワードとして注目を集めているのが「エクスペリエンス」だ。コンシューマ市場において重要視されるコンセプトだが、企業と社員の関係を見る上でも重要なコンセプトとして認知され始めている。

「社員エクスペリエンス」を改善した企業は、そうではない企業に比べ、社員の幸福度が高いだけでなく、高い生産性・売り上げ・利益を実現しているという分析もあり、雇用者・被雇用者ともに無視できないものになっているといえるだろう。

社員エクスペリエンスとはいったいどのようなコンセプトなのか。また、このコンセプトを実現しているのはどのような企業なのか。世界の魅力的企業ランキングなどを通じて、グローバル労働市場で起こる大きな変化とその最新動向をお伝えしたい。

「エンゲージメント」から「エクスペリエンス」へ、変わるグローバル企業の投資先

企業は社員エンゲージメント・プログラムに多大な投資を行っているが、その効果はほとんどない。2017年3月仕事変革の専門家ジェイコブ・モーガン氏がハーバード・ビジネス・レビューに寄稿した記事の趣旨だ。

米国の多くの企業において社員の「やる気」や「意識」が低いことはこれまで多くの調査で明らかになっている。この問題を解決するために、米国企業ではやる気を引き出すためのエンゲージメント・プログラムが実施されてきたが、社員の幸福度や売り上げ・利益の向上にそれほど大きな効果を生み出していないという。

米国世論調査機関ギャラップは2016年1月に「社員エンゲージメントの世界的危機」と題した調査レポートを公開し、同問題が米国だけでなく世界的な問題であることを強調。このレポートによると、2016年米国企業においてエンゲージした社員の割合は32%であったという。ギャラップは「社員エンゲージメント」を、仕事へのモチベーションやコミットメントなどと定義している。つまり、やる気のある社員は3人に1人しかいないということになる。また世界的にみると、この割合は13%になるという。

ギャラップは2018年8月にも同様の調査を公表しているが、米国企業におけるエンゲージメント割合は34%と2016年時点からそれほど変わっていない。

モーガン氏は、エンゲージメント・プログラムの多くが短期的なものであるため、社員のやる気向上で一時的な効果を生むものの、その効果は長期的に継続しにくいと指摘。また、短期的なプログラムを何度も実施すると、社員に「企業に操作されている」というネガティブな感情が生まれるリスクにも言及している。

一方で、社員の幸福度とパフォーマンスを高め、売り上げ・利益の向上に結び付けている企業もある。モーガン氏が「エクスペリエンシャル・オーガナイゼーション」と呼ぶ企業だ。エクスペリエンシャル・オーガナイゼーションとは、社員の「エクスペリエンス」を向上させるために多大な投資を実施している企業のことだ。これには、アドビ、アクセンチュア、マイクロソフトなどが含まれている。

社員エクスペリエンスとは具体的に何なのか。

自らの調査や専門家らとのディスカッションからモーガン氏が導き出したのは「文化」「テクノロジー」「フィジカル」の3要素。社員のやる気向上に成功した企業は、これらの視点で社員が求めるものに多大な投資を行っているという。

また、この3要素(エクスペリエンス)への投資度合いに関して、米国250社を分析したところ、興味深い相関関係が浮かび上がった。

エクスペリエンスへの投資額が大きい企業は、そうではない企業に比べ、FastCompanyの「イノベーション企業ランキング」にランクインしている数が28倍多いという。また求人情報検索サイトGlassdoorの「もっとも働きやすい職場ランキング」では11.5倍多いということが判明した。

エクスペリエンスに多大な投資を行っている企業は、社員の幸福度が高く、生産性やパフォーマンスが高いため、株式市場で評価が高くなる傾向があることも明らかになった。

モーガン氏は2012年を起点に、S&P500などの株式指数とGlassdoorの「もっとも働きやすい職場ランキング」にランクインする企業グループや同氏が「エクスペリエンシャル」と定義する企業グループを比較し、その株価がどのように変化したのかを分析した。

2012年を1000ドルとした場合、2017年のS&P500の価格は1699ドル。一方、Glassdoorランキングの企業グループの株価は2593ドル、また「エクスペリエンシャル」企業グループの株価は3046ドルだったのだ。

こうした数字や調査は、今後の就職や転職において「社員エクスペリエンス」を評価項目に加えることの利点を伝えているといえるだろう。

オランダ発の世界的な人材会社ランスタッドが公表している「魅力的企業ランキング」は、このエクスペリエンスを加味したものになっており、参考にできるかもしれない。同ランキングは、世界各国の主要企業の魅力度を国ごとにまとめランク付けしている。このほど2019年版が発表されたばかりだ。

2019年版では米国のトップ3は、1位マイクロソフト、2位ウォルトディズニー、3位コンピューター・サイエンス・コーポレーションだった。一方英国では、1位百貨店大手ジョン・ルイス、2位自動車関連システム開発のTI Automotive、3位クレディ・スイス。

オーストラリアでは、1位カンタス航空、2位ヘルスケアサービスのEpworth Foundation、3位アップル。シンガポールでは1位シンガポール航空、2位チャンギ空港グループ、3位マリーナベイサンズ。ちなみに日本では、1位サントリー、2位味の素、3位トヨタとなった。

生産性やモチベーションの低さは日本の労働市場でも深刻な問題となっている。「エクスペリエンス」への投資は、解決策の1つになるかもしれない。

文:細谷元(Livit

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