教壇にロボットが立ち、学生たちに授業をしている――SF小説や映画などではお馴染みのこの風景は、未来の出来事と考えがちだ。しかし、海外の大学や専門学校は、キャンパスのあらゆるところで、人工知能(AI)の活用を始めている。

各産業界ではAIの活用が進む。医療分野では、2017年に米国で行われたロボット支援手術は70万件近くに及んだそうだ
© geralt (CC BY-SA 4.0)

各界で取り入れられるAIは高等教育分野にも

医療、財務、輸送、小売、顧客サービスなど、多くの産業分野で人工知能(AI)の導入が進んでいる。

米国大手コンサルティング会社、マッキンゼー・アンド・カンパニーが2018年に行った調査によれば、運営上AI技術を少なくとも1つは取り入れていると回答した企業は47%に上った。2017年調査時の20%という割合と比べると、ビジネス界におけるAI採用の活発化は目覚ましい。

一方で、大学や専門学校などの高等教育機関では、AIやロボット工学、知的学習支援システム導入のスピードは比較的ゆっくりとしているそうだ。これにはテクノロジーに精通していない教員の存在が原因の1つと言われている。

しかし、高等教育機関側もそんなことを言ってはいられない時代が来ている。学生のほとんどをZ世代が占めるようになってきたからだ。

1997~2012年の間に生まれたZ世代は「デジタル・ネイティブ」として知られる。ラップトップやスマートフォンなど、同時に複数のデバイスを難なく使いこなすこの世代は、当然のことながら高等教育に対しても、最新テクノロジーを取り入れていることを期待する。

高等教育機関もそれにこたえ、学生の募集から授業やキャンパスライフを経て卒業に至るまでの全過程で、AIをはじめとするテクノロジーの導入に力を入れ始めた。

Meet Germany’s first robot lecturer | DW Documentary

すでに教師のアシスタントとしてAIやロボットが教室で活躍

英国のバッキンガム大学で副総長を務めるアンソニー・セドン氏は昨年末、教師はすべて2027年までにロボットに取って代わられるだろうという予測を発表した。また教師がデジタルスキルに欠ける場合、教師をトレーニングするより、ロボットに置き換えた方が手っ取り早いという考え方もある。

ドイツでは、今年に入ってからフィリップス大学マールブルグでソフトバンクのロボット、Pepperがユルゲン・ハントケ教授のアシスタントを務めている。英語学の教鞭を執るハントケ教授は、デジタル指導の第一人者としても知られている。

Yukiと名づけられたロボットは親しみやすく、知識も豊富だ。教室で学生に出題したり、作業に与えられた時間内で終えるよう指示したりと同教授をサポートする。

ロボットが目の前にいると、やる気が起きると言う学生がいる一方で、ロボットという形態を取らなくても、バックグラウンド的にAIがあれば十分と感じる学生もいる。Yukiは今後、学生のカウンセリングも担当する予定になっている。教える側、学ぶ側の両方を助けるのがYukiの役割だ。

またAIをティーチングアシスタント(TA)として取り入れているところもある。米国のジョージア工科大学だ。

コンピューター&コグニティブ・サイエンスを専門とするアショク・ゴエル教授は2016年、AIを用いたTA、「ジル・ワトソン」を開発。当初、学生がジルがAIであるとは想像だにしなかったというエピソードは話題をさらった。

現在、AIのTAはコンピュータ学部生の授業に利用されている。同じ質問を尋ねる多くの学生への対応に特に役立っているという。

例えば成績や、課題の提出などについて答えるのは朝飯前だそうだ。近年は、多くの高等教育機関がそれぞれのニーズに応じた、AIのTAを注文するケースも目立っている。ゴエル教授によると、まだ開発には時間を要するが、短縮化は進んでおり、向こう5年以内には、どの高等教育機関もがこうしたTAを所有・活用できるようになるそうだ。

今後、AIは学生の指導や、研究に要する文献の特定はもちろん、学生が持つアイデアを起業に結びつけることまでできるようになるだろうと、ゴエル教授のチームは期待する。

The Mandarin Project: AI-Assisted Language Learning

語学教育の定番、イマーシブ環境をVRで実現

すでに教育界でも高く評価されているのが、AIとVRを組み合わせての学習だ。経験学習や実践学習の意味は、AIとVRによって大きく変わったといわれる。

学生は単に学習に参加するだけでなく、実際に探索し、経験し、関わりを持つことが可能になった。英国で、優秀な学生を輩出することで有名な私立中高一貫共学校、セブンオークス・スクールで、イノベーション&アウトリーチの責任者を務めるグラハム・ローリー氏は、教科を「学ぶ」のに加え、一歩踏み込んで内容を「感じる」ようになる点を、AIとVRを取り入れた学習効果の1つとして挙げている。

ほかの教育ツールにはない、このメリットを語学学習に生かしているのが、米国のレンセラー工科大学だ。北京語の学習プラットフォーム、「マンダリン・プロジェクト」を学生に提供している。

同プロジェクトでは、コグニティブ没入型の教室を用意。床から天井まで360度のパノラマでレストランなどのシーンを映し出す中、学生は各々のシーンに合った北京語会話をオリジナルのアニメキャラクターを相手に練習する。

開発に携わった、コミュニケーション&メディア学部のヘレン・ゾウ助教授は、AIは会話後即時にフィードバックを行い、正しい発音や正しい構文を教えられる点が利点だと言う。相手が人間の時と違い、AIの場合、学生は間違いを恐れずにしゃべることができるという心理面でのプラスもある。

一方でマンダリン・プロジェクトにも、開発の余地は残されている。シーンの種類が限られていること、1度に1人の学生しかしゃべれないこと、またコンピュータの音声は正しい発音を再現できるものの、人が話すような自然なところがないことなどを改善する必要があるという。

キャンパスライフの隅々にまで行きわたるAI

大学や専門学校では講義以外にもAIを導入し、学生生活がより豊かになるよう努めている。

キャンパスライフを送るにあたって挙がる質問には時間や曜日、祝日などに関係なく、1日24時間いつでも答える体制を整えている。学生はAI相手であれば、健康や家族、自分の懐具合といったプライベートなことでも気軽に相談する。あまりにも単純で問い合わせるのが躊躇されるような質問でも、難なく尋ねられる。

AIを活用できれば、学生の成績や興味、ニーズを詳細に収集・分析・把握し、学内のさまざまな面でパーソナライズ化を進められる。

集めた個人の情報をもとにすれば、適切なアドバイスや、各人のペースに合わせた学習を提供することが可能だ。授業への欠席が多くなるなど、学業不振を招く行動を早めに察知し、サポートを行い、学生の退学を防ぐ。学生同士や学生と同窓生などをうまくマッチングし、各々のネットワークの拡大を助ける。就職活動中における就職相談も常時受け付ける。

AIにより、まさに至れり尽くせりのキャンパスライフ。そのおかげで大学や専門学校の講師やスタッフがいなくても済むようになるのだろうか。

現在一般的なAIへの見解は、教師が学生にひらめきを与えられる存在である限り、AIが教師に置き換わることはないといわれている。ハントケ教授はYukiは単なるアシスタントに過ぎず、自分の代わりになることはないと言い切る。ゴエル教授も、授業内容についての掘り下げた質問に対応できるのは、人間の教師だけだと言う。

生活上の相談事についても同様だ。AIは、家族の死といったデリケートな事柄について学生と話し合うことはできない。そのためスタッフがAIからバトンタッチをして、学生の面倒を見ることになる。

学校の運営においても、講義においても、当面、人はAIに任せられるところは任せ、人でしか対応できないこいことや、教えることができないことに専念するというのが理想的といえそうだ。未来の高等教育は、人とAIが二人三脚で築き上げるものなのかもしれない。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit