「ネットが当たり前」の世代に届く音楽とは? 米津玄師のヒットから考える流通チャネル戦略

去る2018年を代表するヒット曲となったのが、米津玄師の『Lemon』だ。年末の紅白歌合戦では、これまでテレビ番組への出演が少なかった彼が初めて生中継で歌うということで大いに話題になった。

オリコンの2018年間デジタルシングルランキングによれば、『Lemon』は約180万ダウンロード(DL)を売り上げた。なぜここまで強いのか、「流通チャネル戦略」を使って考えてみたい。

米津玄師のヒットの特徴とは

米津のヒットの特徴の一つが、ダウンロード配信での強さである。オリコンの2018年間デジタルシングルランキングによれば、『Lemon』は約180万ダウンロード(DL)を売り上げ、2位の『USA』(DA PUMP)の約54万DLを大きく引き離してトップ。CDという形のある媒体の売上では、年間CDシングルランキング18位(38万枚)に留まっているのとは対照的だ。ちなみに同ランキングの1位は『Teacher Teacher』(AKB48)で、推定売上182万枚だった。

ミュージックビデオ(MV)の再生回数が多いのも特徴だ。『Lemon』の公式MVのYouTube視聴回数は発表後約11ヵ月で2.8億回。『USA』が約8ヵ月で1.5億回なのと比べても群を抜いている。

米津の楽曲では他にも、DAOKOとコラボした『打上花火』が2.4億回など、1億回超えが何タイトルもある。CDの売上枚数では大きく上回るAKB48では、最多の視聴回数『恋するフォーチュンクッキー』が約5年間で1.6億回。YouTubeでの米津楽曲の突出ぶりは明らかである(視聴回数の数値はいずれも2019年1月25日時点)。

このように、あるアーティストは音楽データのダウンロード販売やウェブ上での動画再生が強い一方、別のアーティストはCDでの売上が多くを占めるといった具合に、同じヒット作品と言っても売られる手段、方法が異なるということは、音楽業界に限らずしばしば見られる。

マーケティングの世界では、製品・サービスを提供する企業と、それを消費する顧客との間をつなぐ経路のことを「流通チャネル」と呼ぶ。

流通チャネルは、製品・サービスそのもの(Product)、その価格(Price)、広告・コミュニケーション(Promotion)と並んで、具体的なマーケティング施策を考える際の基本的な要素である。これらを合わせて、マーケティングミックスの4Pと呼ばれる(流通チャネルはPlaceと表される)。

市場環境に合わせ、流通チャネルも変化する

一般に、ある製品・サービスを売るための流通チャネルを選ぶ基準としては、メーカー側の交渉力が強いかどうか、より広範に顧客にアクセスできるか、チャネルを育て維持するコストはいくらか、といった点が挙げられる。しかし、チャネルによってそれを好んで利用する市場セグメントが異なる場合があることも無視できない。

米津玄師は、デビュー前からニコニコ動画を通じたボーカロイド楽曲の作者として名を馳せていた。ネットの世界に当たり前のように浸っている世代との親和性が強く、こうした世代はCDよりも圧倒的にスマホや携帯音楽プレイヤーで音楽を聴くため、ダウンロード配信という流通チャネルがフィットしたのだろう。

実は、CDの売上は地味でもダウンロード配信で著しく強い、というヒットの特徴を持つアーティストは米津が初めてというわけではない。2000年台の終盤から2010年前後にかけて、「着うた」や「着うたフル」といった携帯電話向けの音楽配信サービスがあり、このときもケータイを手放さない若者に受けたGReeeeN、青山テルマ、西野カナといったアーティストが、配信でのミリオンヒットを連発したことがある。

その後、握手会の参加券を同封したり、一タイトルにつきバージョン違いを複数売ったりと、CDを多く売る戦略のアーティストが勢力を伸ばした一方で、配信に特化したアーティストは目立たなくなっていた。

しかし、スマホや動画配信サービスの普及度向上、データ通信容量の増加などといった技術の進歩を背景として、「CDでは音楽を聴かない」層(ダウンロード配信に限らず、近年はストリーミングサービスも増えてきている)は一段と増えてきたと思われる。

米津玄師のヒット状況は、流通チャネルと結びつく市場環境の変化を鮮やかに浮き彫りにしたと言えるだろう。

この記事は、ビジネスを面白くするナレッジライブラリ「GLOBIS知見録」からの転載です。流通チャネルについてさらに詳しく知りたい方はこちらの動画からご確認ください。

文:大島一樹

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