「働き方改革」という言葉が広がり、日本の多くの企業で生産性を高めつつ、労働時間や待遇を改善するための取り組みが進められている。
その一環で、快適な仕事環境づくりのためにオフィス改革を実践する企業も少なくないだろう。シリコンバレーのテクノロジー企業のように、フリーアドレス制などを導入しオープンでスタイリッシュな空間を構築。オープンコミュニケーションによって生産性を高め、イノベーション促進を実現しようとしている。
しかし、過度なオープンネスが生産性を低下させ、イノベーションが起こらない環境を作り出してしまうリスクがあることはあまり知られていない。日本の企業が参考にするシリコンバレーのテクノロジー企業でも、オープンオフィスによって生産性が下がり、仕事環境が悪化する問題が発生していると報じられている。
閉鎖的な空間から開放的な空間に移行することでオフィスにまつわるさまざまな問題が解決するかに思われていたが、実際は新たな問題が多く発生しているのだ。
過度なオープンネスがどのような問題をもたらすのか。今回は、オフィス改革にまつわる失敗とリスクを紹介しつつ、その代替策として注目されている「ディープワーク」や「内向的アプローチ」など人工知能・ロボット時代に求められる理想の働き方をお伝えしたい。
オープンオフィスに潜む生産性低下のリスク
グーグルやフェイスブックなどのテクノロジー企業のオフィスは開放的で遊び心があふれ、若い世代にとって憧れのオフィスに映るかもしれない。
しかし、海外ではそのようなオープンオフィスがもたらすリスクについての報道や研究が最近増えている。
ワシントン・ポストが伝えた国際施設管理協会(IFMA)の調査によると、米国企業の70%近くがパーティションがない/またはパーティションが低いいわゆる「オープンオフィス」スタイルであるという。
このオープンオフィス・トレンドを作りだしたのが、グーグル、ヤフー、イーベイ、フェイスブックなどのシリコンバレー企業だ。オープンオフィスは、オフィススペースの最大化とコストの最小化を実現し、また社員の行動を管理しやすいという利点があること、さらには生産性の改善などが見込めるとして多くの企業で導入が進んだといわれている。
この間に、オープンオフィスの影響・効果に関する研究も数多く実施されている。
学術誌Journal of Environmental Psychologyで2013年12月に発表された調査によると、オープンオフィスで働く従業員は、生産性が落ちるなどの理由から職場環境への不満度合いが高い傾向にあることが明らかになった。不満を高める要素として、特に話し声などの雑音がひどいこととプライバシーがない状況が挙げられている。
ハーバード経営大学院の研究者イーサン・バーンスタイン氏らが2018年7月に発表した論文では、オープンオフィスにすると、想定に反しコミュニケーションが減り、生産性が下がる可能性が示唆されている。
バーンスタイン氏らの調査によると、フォーチュン500のある米大手企業がオープンオフィスにしたところ、フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションが以前に比べ70%以上低下したというのだ。
その理由は、上記調査が示す通り雑音とプライバシーにあると考えられる。
オープンオフィスにすると他の従業員の会話がいやでも聞こえてしまう。このため集中したい人はヘッドホンを装着し仕事をするようになり、結果コミュニケーションのほとんどがEメールかチャットに移行した。また社内の評価システムで測ったところ、オープンオフィス導入後、従業員の生産性は低下したことが確認された。
企業のルールや個人的な理由によってヘッドホンを使えない・使いたくないという場合も多いだろう。
そのような場合、がまんして雑音に耐えなければならないが、集中力と生産性の低下は避けられないと考えた方がよさそうだ。
音が思考に与える影響を研究する心理学者ニック・パーハム氏の調査では、オフィスの雑音が従業員の記憶力や計算能力を低下させることが明らかになっている。また、ヘッドホンで音楽を聞いてオフィスの雑音を遮断しても能力低下は避けられないようだ。雑音や音楽などの聴覚情報は、鋭い思考の妨げになるという。
米オフィス家具大手スチールケースの社員1万人を対象に実施された調査では、集中できない環境によって社員1人あたり1日に86分もの時間が失われている可能性を示している。
オープンオフィスのリスクは、集中力や生産性の低下にとどまらない。コーネル大学の調査では、オフィスの雑音にさらされた従業員はアドレナリンレベルが高まり、闘争・逃走反応を示してしたことが明らかになった。ストレスレベルの高まりに伴い、モチベーションやクリエイティビティも下がることが観察された。
近年の研究が示すクリエイティビティと内向性・非社会性との高い相関
過剰な開放性やソーシャルメディアなど注意散漫になる現代の仕事環境に異を唱え、「ディープワーク」というコンセプトを説き一躍名を馳せたのがジョージタウン大学コンピュータサイエンティストのカール・ニューポート氏だ。
集中力を高められる静かな環境で、深い思考のもと認知能力を最大限に発揮し知的生産のパフォーマンスを高めようという考え。このディープワークを意識したオフィスデザインに関する議論が活発化しており、実際に導入を検討する企業が出てきている。
ディープワークは、人工知能やロボットが台頭する時代において今後一層重要性を増してくることが考えられるだろう。なぜなら、定型業務の自動化が進み、知的生産においてこれまで以上にクリエイティビティや問題解決能力が求められるようになるからだ。
一方、ディープワークには向き不向きがあり、強要するとストレスを感じる人もいるかもしれないため適用には注意が必要だ。
ディープワークに向いているのは、内向的で非社会的な性格といえるだろう。近年の研究では、普段から1人でいることを好む人は、ディープワークを実践できる環境下で、クリエイティビティや問題解決能力を存分に発揮できる可能性が示唆されているためだ。
サンホセ大学の心理学者グレゴリー・フィースト氏が、研究者とアーティストの心理分析を実施したところ、それぞれの職業に就く人々の間でもっとも顕著だった共通の特性が「1人でいることを好む(非社会性)」ことだったのだ。1人でいる時間が長く、内面世界や体験を十分に内省・観察するためクリエイティビティが醸成されるという。
また、バッファロー大学の研究では、あるタイプの「引きこもり」が高いクリエイティビティと相関していることが明らかになっている。同大学のジュリー・ボーカー氏によると、引きこもりには、恐怖や心配が原因のもの(shyness)、社会関係を拒否するもの(avoidance)、1人でいることを好むもの(unsociability)の3タイプが存在するが、このうち3つ目の1人でいることを好むタイプにはクリエイティビティとの高い相関が観察されたというのだ。
この分野では、これまで非社会性や引きこもりは、精神的に不健康な状態を招くとして、避けるべきものという認識が一般的であったが、近年のこうした研究によって内向性や非社会性を別の側面から見直す動きが出ている。
閉鎖性への反発から、開放性に大きく寄ったものの、それが過度に行き過ぎたため、揺り戻しが起きている状態なのかもしれない。オフィス改革や働き方改革を進める上で、こうした事例は大いに役立つはずだ。
[文] 細谷元(Livit)