“門外漢”のアイデアこそ求められる。宇宙を「利用」するニュービジネスを考えるヒント

これまでの日本では、宇宙産業は国が推し進めるものだった。しかし世界的規模でみるとここ十数年の間に、異業種企業やスタートアップなどが宇宙産業に続々と参入している。このような今までにない勢いを持つ新しい宇宙開発の動きは「NewSpace」とも呼ばれている。

そのような潮流の中、日本でも民間発の月面探査チーム「HAKUTO」を擁するispaceや、衛星軌道上のデブリ(宇宙ゴミ)除去事業を目指すアストロスケールなどのベンチャーが民間から立ち上がり、注目を集めている。

今回は、これまで4社の起業経験があり、まったくの専門外の宇宙ビジネスに飛び込んだ株式会社ワープスペースの常間地 悟 CEOに、今後の宇宙ビジネスの広がりと、宇宙を「利用」した新しいビジネスを生み出すヒントを聞いた。

常間地 悟
株式会社ワープスペース 取締役CEO。筑波大学在学中(20歳)に最初の起業。これまでに4社の立ち上げに携わる(うち1社ベトナム)。主にITスタートアップ等の創業メンバー/役員として経営戦略、ブランディング、法務、財務等を主に担当。現在、マルチアントレプレナーとしても活動し、筑波大出身の経営者で組織するインキュベーション団体では理事として次代のスタートアップの育成をしている。2016年11月~2018年12月まで社外取締役、2019年1月より現職。

民間参入で裾野が広がる宇宙産業

従来の日本の宇宙産業は、JAXAをはじめとする政府系機関、そこから受託してロケットや人工衛星を製造するメーカーなどが主なプレイヤーであり、宇宙機器の開発や打ち上げサービスが中心だった。少し昔の産業人口としては9,000人程度といわれていた。

海外では、イーロン・マスク率いるスペースXやジェフ・ベゾスが設立したブルーオリジンなど、民間企業による宇宙ビジネスへの参入が盛んだ。スペースXが公開している従業員数は「6,000人以上」というから、日本の宇宙産業人口と比べるとその規模感が分かる。

日本でもここ10年ほどの間に、冒頭で挙げたispace、アストロスケールなどをはじめとする宇宙関連スタートアップが数多く立ち上がっている。それに伴って、宇宙産業の事業者に対してBtoBのサービスやプロダクトを提供する会社も増加中だ。

宇宙での経済活動のためのインフラをつくる

そうした新しいプレイヤーの一つが、茨城県つくば市に拠点を置くワープスペースだ。同社は、筑波大学の衛星プロジェクトとして立ち上がり、2016年8月に法人化した宇宙スタートアップだ。JAXAの公募に採択され、これまでに2機の衛星を打ち上げている。

大学衛星プロジェクト発足時から、航空宇宙工学の研究者である代表取締役会長・亀田敏弘氏が中心となって研究開発を進めてきた。そして2019年1月から、ビジネスサイドのプロとして常間地 悟氏がCEOに就任し、事業開発を加速している。

そんなワープスペースが目指しているのは、宇宙での経済活動のための通信/データインフラを確立すること。当面注力しているのは、衛星からのデータを地上で受け取る地上局インフラの開発と設置推進だ。

分かりやすくいえば、携帯電話の基地局と同じ。衛星は打ち上げただけでは用をなさない。地上側にデータを受け取るインフラがあって初めて機能する。つまり、通信/データインフラは、宇宙事業者が「必ず」使用するものだ。

「これまで私たちが培った超小型衛星・通信の技術を生かして、宇宙産業の事業者が便利に、安く使えるインフラを構築していきます。さらに、中継局の機能を持たせた小型衛星を打ち上げていくのが私たちの長期的ビジョンです」と常間地氏は話す。

多種多様な可能性が溢れる宇宙関連ビジネス

ここまで宇宙産業という非常に“ざっくり”とした言葉を使ってきたが、宇宙に関連するビジネスには種類がいろいろある。

まず、宇宙関連ビジネスが市場を広げていく前提として必要なのは、人間が宇宙に手を届かせる「手段」の構築に関わるビジネスだ。例えば、宇宙で使う人工衛星やロケットなどの宇宙機器の開発・製造・販売などがこれに当たる。従来の宇宙産業における「官需」の多くはこの宇宙機器に関わるものだ。

ここに、ワープスペースのような宇宙事業者向けのインフラ提供などのBtoBが含まれてくる。「ホリエモンロケット」で有名なインターステラテクノロジズも、小型衛星などを宇宙へ運ぶサービス事業者という意味でこのカテゴリに入る。ispaceが行おうとしているような「宇宙探査」も、後の資源開発を視野に入れているという意味では、宇宙利用の前段階と位置づけることも可能だろう。

いずれ人類は宇宙で経済活動をするようになる

そのような宇宙を利用するための環境構築の先に、宇宙関連の新しいビジネスチャンスが広がっている。

「長期的に見れば、人類が宇宙空間で経済活動をするようになることは確実です。分かりやすい例を挙げると、宇宙旅行。その先には、実現がいつになるかは分かりませんが──宇宙ホテル、宇宙レストランなど、地上における観光業と同様の発展をしていくことは間違いないでしょう」(常間地氏)

実際、ヴァージン・ギャラクティックは総飛行時間15分(うち宇宙空間を飛ぶのは数分)の「宇宙旅行」を25万USドルですでに売り出し、2019年以降運航開始予定としている。

そのような、人が当たり前に宇宙で滞在したり暮らしたりする将来を見据え、宇宙と地球の食料についての課題解決を目指す「Space Food X」プロジェクトが2018年春、始動した。JAXAや宇宙関連スタートアップのほか、VC、コンサルティングファーム、フードテック企業の経営者・社員などさまざまな分野のメンバーが参画している。

「宇宙食は極限の環境で食べられるものなので、さまざまな制約を乗り越えなくてはいけません。長期保存ができ、軽量で、栄養価に優れている食料とは……そういう視点で考えると、結果として地上の食料問題の課題解決にもつながる。ほかの分野でも、宇宙の目線で技術・サービスを開発することで地上の課題解決につなげる取り組みは可能だと思います」(常間地氏)

宇宙で得た「衛星データ」をどう生かすか

ただ、そうはいっても「人が宇宙に行く」ことが一般的になるのはまだだいぶ先の話。当面、現実的な宇宙利用は、「衛星データ」の利用だろう。

実は、私たちの暮らしに当たり前に溶け込んでいて、それが宇宙から降ってきたことすら忘れているかもしれない「衛星データ」がある。そう、GPS衛星の測位データだ。GPSは、カーナビやスマートフォンの地図アプリに使われるだけでなく、IngressやPokémon GOといったゲームにまでも使われ、ビジネスに生かされている。それと同様に、人工衛星からのさまざまなデータがビジネスに生かされるようになりつつある。

人工衛星が地球を観測するデバイスは、光学センサー、いわゆるカメラだったり、SARセンサー、熱赤外センサー、レーダー、マイクロ波などさまざまだ。それによって、地球の気象や大気、土壌、水などさまざまなオブジェクトの状態を観測できる。

例えば、農作物の圃場(田、畑、果樹園、牧草地など)の状態を観測したデータを、農業経営に生かすこともできる。海水温のデータを漁業に活用することも可能だ。

「海外の事例ですが、世界各地の石油貯蔵タンクを観測して、金融、先物取引向けの情報に生かしている事例もあります」(常間地氏)

石油貯蔵タンクの蓋は、中の石油の酸化を防ぐために、石油の量が減ると蓋が下がる仕組みになっている。その蓋が下がった時にできる「影」を観測し、石油の在庫を推測しているわけだ。

「衛星データを使うにしても、地上側のサービスというのは普通のWebサービスやアプリをつくるのと同じ感覚でできるので、参入障壁はかなり低くなってきています。その意味では、どこの国にもビジネスのチャンスはあると思います」(常間地氏)

宇宙ビジネス関連コミュニティも活発化

今年2月には、衛星データプラットフォーム「Tellus」がリリースされた。これは、経済産業省のプロジェクトで、さくらインターネットが運営する、政府衛星データを無料で使えるプラットフォームだ。こうしたツールを触ってみて、そもそも衛星データはどのようなものがあるのかを知り、ビジネスアイデアをつくっていくことも簡単にできるようになった。

「この『Tellus』のオウンドメディアという位置づけの『宙畑』というメディアや、『ABLab』というオンラインサロンなど、宇宙関連ビジネスに関心のある人が集まるコミュニティがいくつか出てきています。もしアイデアがある人がいたら、そういうコミュニティに参加して相談してみるのも手だと思います」と常間地氏は話す。

最初に書いたとおり従来の「宇宙産業」の産業人口は9,000人程度。もとより小さい世界だから、そうしたコミュニティに集まってくる人は、現時点で宇宙に関わる仕事をしている人ばかりではない。むしろ「門外漢」が集まるからこそ、面白いアイデアが生まれてくるはずだ。

「人類は、常に新しい領域へ必ず進出して、自分たちの活動領域を広げてきた歴史があります。新大陸を発見し、土地を開拓し、南極に基地をつくり、空を飛ぶようにもなった。誰もが持つ好奇心に働きかけることが、新しい取り組みやビジネスにつながるのではないでしょうか。『宇宙』はその旗頭になるものだと思っています」(常間地氏)

取材・文・写真:畑邊康浩

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