この数年でオンライン学習業界が盛り上がりを見せてきた。受験、資格、プログラミング、デザイン、ライティングなどその分野は広がり続ける。
学ぶ手段が増えることで、選択に対する問題が出てくる。これからスキルアップの一環や自己学習のためにオンライン学習を取り組みたい人は、何を指針に学習先を選べば良いのか。
今回はオンライン学習業界の黎明期からスクールを立ち上げ、その変化や成長過程を長年見てきた「デジハリ・オンラインスクール」の猪野 祥仁氏と石川 大樹氏に詳しく話を伺う。
時代の変化に合わせてオンライン学習業界はどのような方向へ進むのかといった未来予想についても2人の視点から語ってもらった。
- 猪野 祥仁(イノ ヨシヒト)
- デジタルハリウッド株式会社 執行役員、まなびメディア事業部 事業部長。Web制作会社、ゲーム会社などを経て、2001年にデジタルハリウッド株式会社入社。2011年にまなびメディア事業部へ。デジタルハリウッドの卒業生でもある。
- 石川 大樹(イシカワ ヒロキ)
- 同社まなびメディア事業部 まなびメディアグループ 教育開発チーフディレクター。デジタルハリウッド大学大学院 非常勤講師。大学卒業後、デジタルハリウッド(専門スクール)で映像制作を学ぶ。その後テレビ番組制作会社に勤務し、デジタルハリウッドへ転職。学生カウンセリング、複数の新規事業立ち上げなどを経験し、2014年より現職。
「学びのニーズ変化が市場を発展させた」3,000億円規模もつオンライン学習市場
はじめに、現在どれほどのオンライン学習市場があるのかを尋ねると、市場規模と顧客層について次のような回答が返ってきた。
石川「オンライン学習だけで見ると現在3,000億円ぐらいの市場規模を持ちます」
猪野「圧倒的にU18市場が充実していますよね。最近はリクルートが運営する“スタディサプリ”が話題ですが、おなじみのベネッセ進研ゼミをはじめ、塾予備校といった受験分野はほぼオンライン学習に移行しつつあるのが現状です」
ではクリエイティブ、テクノロジーの分野で見た場合にはどうなのだろうか。次のような企業が盛り上がっていることを教えてくれた。
石川「Udemy、Linda(現LinkedInラーニング)といった海外から輸入された黒船組をはじめ、国内でもEdTech(エドテック)ブームに乗ってschoo(スクー)、ドットインストール、Tech Academyなどプログラミング、アプリ制作領域中心にeラーニングブームが起こっています」
猪野「市場規模の大小であれば、子供向けが大きくなっていると思います。プログラミング教育必修化に後押しされ、関連領域に新旧様々のプレーヤーが参入しているからです。CA TechKids SchoolやQremo(クレモ)が代表格ですね。
一方、大人向けは多種多様な領域への展開が見られますが、規模として圧倒的な存在というのは見当たりません。開拓の余地はあると思います」
なぜここまでオンライン学習市場が発達したのかを伺うと、両氏がそれぞれの知見から意見を述べてくれた。
猪野「学びニーズの変化でしょう。一部の熱心な人だけがオンラインで学ぶ社会ではなくなりました。そして前述のようにIT環境が整備されたことも大きいです。学びたいというニーズと学習環境がともに成長し、時代に追いついたことが要因です」
石川「さらに言うのであれば、世の中がネットだけで物事が完結することも多くなりました。ネット、SNSなどリアルな場所に行かなくても様々なことができる時代になったのです。ネットだけでつながる社会になったからこそ、ドワンゴのN高みたいな学校も登場したのではないでしょうか」
「コンテンツのタイプと学習時間」で自分にあったサービスを選ぶ
これだけ市場にオンライン学習講座があると、例えば同じプログラミング講座でも何を基準にサービスを選べばいいのだろうか。キャリアを考えるからこそ、サービス選択から慎重になる人も多い。そうした疑問を率直に伺ってみた。
石川「もし周囲に、実際にオンライン学習を受講していて相談できる人がいたら、その人たちに聞いてみるのが一番だと思います。それも難しいのであれば、YoutTubeから情報を探したらどうでしょうか。プログラミングについて情報発信をしている人がいるはずだから、その人が何を使ってどう勉強したのかを知るだけでも違いますよね」
猪野「コンテンツのタイプが自分に合うかも重要。eラーニングなら、登場人物がいるのか、PCの操作画面だけなのか、NHKの基礎講座みたいな対面形式なのか、など。あとは、サポートについても把握しておくと良いと思います。特に、返信の速さと内容の分かりやすさは重要です」
石川「それこそ、学習をはじめる前にまず自分がどれだけの時間を勉強に捻出できるかを考えてみたほうがいいかもしれません。その上で、気になるオンライン学習サイトのお試し動画を見たり、勉強量を把握したり、サポートの質を知ったりなど。一人で勉強するのが苦手ならサポートが充実しているタイプ、独学習慣があるのなら網羅しているタイプなど選び方が変わってくると思います」
ここで猪野氏が「皆さん混同して考えているのですが・・・」と一般的な“オンライン学習サービス”と“デジタルハリウッドのようなオンラインスクール”の違いについて語ってくれた。
猪野「“オンライン学習サービス”とはスキルや知識を習得するための情報、これを動画教材等のeラーニングコンテンツで提供するサービスです。一方、“オンラインスクール”とは、文字通り『学校』です。受講生が習得したものを活かし受講後どうなりたいかにコミットします。eラーニングコンテンツに加え、様々なサポートシステムがあるのが一般的です。
そのため、まずはオンライン学習サービスで何が自分に合っているか、続けられそうかを掴めばいいと思います。そのあと、必要であればオンラインスクールで学べばいい。本気の人や学びたいものが明確な人は最終的には必ずオンラインスクールを選んできます。プロを目指すなら、オンライン学習サービスには限界があることを感じているからです」
オンライン学習から上手くスキルや知識を獲得するテクニックなどはないのだろうか。両氏は学習者のマインドにフォーカスしながら次のように述べる。
石川「まずは自分が楽しむことが大切です。特になぜ『クリエイティブになりたいのか』を考えて欲しいです。ビジネスという側面だと、『技術を知ることで給料を上げたい』『その経験を持って転職したい』でも構わないのですが。もっと深堀りして私は『意味のあるところに意欲がある』と考えています。つまり自分が“何を作りたいのか?”想像することです。目標を決め、学習動機を生み出すためにも、とにかく自分なりの動機・ゴールイメージを持って欲しいと思います」
猪野「デジタルハリウッドの先生方は皆さん決まって『習うより慣れろ』とおっしゃいます。とにかくはじめる、疑わない。当面、動画の通りにやってみることですね。しばらくすると、好きか嫌いか、続けられるかどうか、見えてくるはずです。好きなら突っ走ればいい。逆にやりたいと思ったけど、向いてないかも、と思えば、学んだことをビジネスに活かせるよう考えてみればいい。今はテクノロジー×クリエイティブ×ビジネスの時代です。学んだことが活きないことはまずありません」
『自分の欲望のおもむくままに創作したい』作りたい物を作るための学び
では時代にあわせてプログラミングやデザインなどの学習者の目的は変化してきたのだろうか。ここからは、デジハリ・オンラインスクールの学生を例に説明してくれた。
猪野「スキルアップ、転職を考えるアラサー世代や再就職を狙う主婦、ママ層だと、Webデザインを受講する人が多いです。その一方でU-28世代ではCG映像コースが人気ですね。プロを育成するための教育機関であるデジタルハリウッドにおいて、デジハリ・オンラインスクールは、学びたい人にその機会を広く提供することが大きな目標になります。
そのため、受講者の多くはエントリークラスの人です。一人では、どうやって勉強したら良いのか分からない人がオンラインスクールという枠を通して勉強しようと思うのです。授業、レポート、課題制作、担任、クラスメイトという学校という形を使って、自身を勉強する環境へ強制的にさらしています」
石川「転職を意識した受講生がいる一方で、Webマーケティングやサービスなどで“知らないとまずい”という危機感から参加している人もいます。『学んで来なさい!』と会社から言われましたという人も講義内容によっては30%ぐらいいるかな」
猪野「ここ1~2年で入学者の年齢層が大きく変わりましたね。これまではアラサー世代と30代後半が多かったですが2019年においては、全体的に年齢が7歳ほど若返りました。30代の数が減っているわけではないため、純粋に学びの母数が増えている状況です」
では、時代が進むにつれて受講生の意識や求める環境に変化はあるのだろうか。市場の変化と併せて両氏が語る。
猪野「学ぶ側の意識は、時代に合わせてもちろん変わりますし、拡がります。一般的に新しいスキルが登場すると、まず”純粋にそのスキルそのものを学びたい人”が学びの場に集まってきます。
次にそのスキルが社会に浸透してくると、(極端な話、その習得には興味はないけど)“何かビジネスに活かせないか?と考える人”が学びに来るのです。2000年頃のWebデザイン関連スキルがまさに同じ流れで学習者を増やしました。iPhoneが登場した2010年頃のアプリ開発スキルなども同じ構図です」
石川「勉強したい、資格を得たい、というよりも、『自分の欲望のおもむくままに創作したい』という人が増えてくるのではないでしょうか。それだけ技術が一般の人たちに使いやすい形まで落ちてきたからです。後はTikTok、YouTubeなど人々が自身の作ってきたものをアウトプットする場所が増えてきたことも後押ししています。
クラウドファンディングなど自分のアイデアをビジネスとして形にするための資金調達もグッと身近になっている‶いい時代″です。そうした中でこの領域にチャンスを見出して起業したり、自身の活動として興味を持つ人たちは確実に増えていくであろうという印象です」
『あなたは何がしたいの?』テクノロジーが台頭するからこその問い
ここまでの話を受け、今後どのようなスキルが注目を集めていくのかについて、未来予想を伺った。
石川「ビジネスパーソンであれば、AR・機械学習は外せません。ビジネス効率化には間違いなく関わってくる分野だからです。知識として持っているだけでも違います。マーケディングの側面でも大いに役立つはず。3DCGの分野も熱いです。患者のためにオーダーメイドの中敷を作る理学療法士など、自分欲しいと思ったものをデジタルプリンタから作るために技術を学んでいる他分野のプロもいます」
また、デジタルスキルと直接接点のないビジネスパーソンがデザインやプログラミングを学ぶ意義はどこにあるのかを質問すると、思考法や今後必要な技術と合わせて次のように教えてくれた。
猪野「考え方をビジネスに応用できる、というところではないでしょうか。プログラミングの構造的な考え方を学ぶと、タスクや問題を切り分け、プロットし、階層的に見ることができるようになります。立体的に仕事を認識することが可能となるはずです。いわゆるロジカルシンキングにもつながりますね。
私自身、コードが書けるわけではありませんが、考え方は理解しています。これが、自社サイトの運営においては、顧客導線の作り方や見せ方などを考える際に非常に役立っています。また、日々の会議で出席者の発言を整理し、結論に導いていく過程でもプログラミング的な考え方が役立っているな、と感じていますね」
石川「専門家と会話ができるようになることも大きいです。企画書だけでは、何を考えているかがわからない。技術を知っていることで、その提案が適切なのかが分かるはずです。専門家たちと適切な会話ができるようになるのは、ビジネスパーソンとして働いていく上では重要な知識だと思います」
最後に今後の業界市場の変化を踏まえ、時代と向き合うためのメッセージをもらった。
石川「それこそ、今まではゼネラリストが求められてきた時代だったけど今は『あなたは何がしたいの?』というスペシャリストが求められる時代。だからこそ、デジタルの中で強みを見つけてほしいです。まずは興味のある領域からはじめてはいかがでしょうか」
猪野「これまでは処理速度が速い高スペックなPCのような人が活躍してきました。これからは、そのPCでどんなアプリを動かしてどんなアウトプットを出すのか、の方が重要だと思います。だから自分は多少動きの遅いPCかも、と思っても、自身が重要だと思うことを、どんどんアウトプットしていくべきだと思います。そうやって自分にしかできない生き方を切り拓いてきた受講生さんを、我々はたくさん見てきました」
オンライン学習の初期から業界を見守る2人だからこそ、どのテーマも将来に向けて示唆に富む内容ばかりだ。5年10年先を見据えたキャリアを考える中で、間違いなく外すことができないテクノロジー領域。自身の将来と向き合いながら今一度、キャリア×テクノロジーの結びつきと自身にもたらす可能性について考えていきたい。
取材・文/杉本愛
写真/西村克也