ファミコンやゲームボーイ時代のグラフィクスと、プレイステーション4やXboxなど現代のゲームのグラフィクスを見比べてみると、コンピュータグラフィクス(CG)がこの20年ほどで如何に進化したのかが見て取れる。
このCGの進化に加え、XR(VR=仮想現実、AR=拡張現実、MR=複合現実を総称する言葉)のハードウェアの発展によって、仮想世界の体験をあたかも現実世界の出来事のように感じることができる。視覚情報が現実に近くなればなるほど、仮想世界でのイマーシブネスは高まり、ユーザーの感情を刺激し、より高次の体験を生み出すことができるからだ。
このCGとXR技術のコンビネーションはゲームだけでなく、ヘルスケアやリテール分野などさまざまなシーンで活用され始めており、今後市場は急拡大することが見込まれている。
ゴールドマン・サックスなどさまざまな企業・機関が、VR・ARの市場規模を予測しているが、概ね年率40~80%ほどの成長率になることが見込まれている。ゴールドマン・サックスは、2025年に800億ドル(約9兆円)に拡大すると予想。一方、BISリサーチは2025年に1980億ドル(約22兆円)に拡大すると予想している。
このように急拡大することが見込まれるVR・AR市場。ゲームを含めどのような分野で盛り上がりを見せるのか。今回は、2019年5月末にローンチされる「オキュラス・クエスト」などの最新デバイスの進化や海外の先端事例から、VRの未来を探ってみたい。
VR普及のカギとなるか、「オキュラス・クエスト」のポテンシャル
セットになって語られることが多いVRとARだが、現状ではVRは主にゲーム市場で、ARはリテール、ヘルスケア、製造などの産業分野で独自の発展を遂げているといわれている。
しかし、VRもゲーム以外の領域での活用が期待されている。
その可能性を高めると考えられているのが、2019年5月末にローンチされる「オキュラス・クエスト」だ。
本格的なVR施策の普及を拒んでいた要素を払拭すると見込まれており、ゲームを含めさまざまなシーンでのVR活用が期待されている。
VRの普及を拒んでいる要素の1つが価格だ。
2016年にローンチされVRヘッドセットの代表格として認知されている「オキュラス・リフト(センサー付き)」の価格は700ドル(約8万円)ほど。オキュラス・リフト単体でのVRコンテンツの視聴はできないため、接続するコンピュータが必要となる。相応のメモリとグラフィックカードを搭載したものが求められため、おそらくコンピュータには10万円以上のコストが必要と考えられる。
VRコンテンツを体験するために20万円近いコストがかかることになるのだ。このため「オキュラス・リフト」はハード・コアのゲームプレイヤー向けとも言われている。
このハードルを大きく下げるために登場したのが簡易バージョンの「オキュラス・ゴー」。2018年5月にローンチされた。
オキュラス・ゴーの価格は199ドルとリフトに比べ大幅に安くなり、さらにスタンドアローンで動作するため、コンピュータを用意する必要もなくなった。
ただし、動作における制約があり、リフトに比べVR体験は制限されるといわれている。オキュラス・ゴーとリフトを分ける技術的な大きな違いの1つが「Degree of Freedom(動作自由度)」の違いだ。通常DoFと記載されている。
オキュラス・ゴーの自由度は3DoF。3方向の自由度があるという意味になる。この場合の3方向とは、「頭」の前後上下左右の傾きのこと。飛行機やドローンの動作を示す「ロール・ピッチ・ヨー」と同じ方向の動きとなる。
一見問題ないように思えるが、人間の基本動作である「身体」の前後上下左右の動きは考慮されず、多くの場合座ったままの操作に限定されてしまう(コントローラーで身体の前後上下左右の動きを再現することは可能)。
一方、オキュラス・リフトの自由度は、頭の前後上下左右に加え、身体の前後上下左右を検知し仮想空間に投影できる6方向の「6DoF」。これにより、現実世界の動きと仮想世界の動きをシンクロさせ、より高い没入感を生み出すことが可能となっている。ただし、上記で示したように、コストが大きなハードルとなる。
スタンドアローンで使いやすく安価だが、3DoFに限定されてしまうオキュラス・ゴー。一方、オキュラス・リフトは6DoFにより高い没入感を生み出せるが、導入コストが高くなってしまう。
この2モデルの欠点を取り除き、利点を組み合わせて開発されたのが「オキュラス・クエスト」だ。スタンドアローンで動作するため、コンピュータに接続する必要はなく、さらに6DoFで現実世界の動きを忠実に仮想世界で再現することができる。ユーザーが前に進めば仮想世界でも前に進み、上を向けば仮想世界でも上を向けるという具合だ。
価格はストレージ64GBで399ドル、128GBで499ドル。オキュラス・リフトとコンピュータの組み合わせに比べ、4分の1ほどに抑えられることになる。
VRの普及土台を強固にするモデルとなるのは間違いないだろう。
ゲーム以外で広がるVR活用、ビジネストレーニングなどでも
6DoFで、コンピュータとのケーブル接続がないという自由度が、仮想空間のリアリティを高めるのは想像に難くない。
ゲーム以外でどのような用途があるのか。海外の事例を少し見てみたい。
Quy Technologyが注力するのはVRを活用したトレーニングだ。たとえば、オフィスでの火事を想定した消火訓練や人材のスキルを高めるオフィストレーニングなどのVRコンテンツを作成している。
VR消火訓練では、オフィス内の火事を発見した場合の対処方を、臨場感ある空間で手順を追って体験することが可能だ。火事現場の発見から、非常ベルの作動、消化器を使った消火作業までを体験できる。通常の訓練で、実際にオフィス内で火事を起こすことは難しく、また屋外で消化器を使う訓練でも使い方を実際に体験できるのは数人に限定されてしまうが、VRならそのような制約なしに、オフィス内の全員が同じ訓練を受けることができる。
人材スキルのトレーニングに関して、現在欧米の大企業で導入され始めているゲーミフィケーションを通じたトレーニングとの親和性が高く、今後ゲーム化したVRコンテンツによる人材トレーニングが登場することもおおいに考えられるところだ。
医療分野でもトレーニングVRコンテンツが増えてきている。BioFlightVRが提供するのは、手術トレーニングのVRコンテンツ。患者の命を危険にさらすことなく何度も手術の手順をトレーニングできるため、病院や大学での活用が期待されている。
このほか、フォークリフトなどの重機の操作や航空機パイロット向けのコンテンツも登場している。
現在のところ、これらコンテンツのグラフィクスはお世辞にも現実的とは言い難いところだが、「リアルタイム・レンダリング」などCG関連技術の目を見張る進化を考えると、解決されるのも時間の問題となるはず。オキュラス・クエストの登場で、VRの世界がどう変わるのか、その動向に注目が集まる。
文:細谷元(Livit)