世界へ才能を届ける。日本初、現代アート越境ECサイト「TRiCERA」の挑戦とは

TRiCERA 井口泰

日本人は世界でも稀に見るほど美術鑑賞が好きな国民とも言われている。Art Newspaperというロンドンの専門紙が発表する「世界展覧会観客動員数」から見ても動員数は世界でも上位となっている。実際に休日になると、美術館の企画展示の受付には長蛇の列が何十メートルと並ぶ光景も珍しくない。

しかし、アート作品を観た経験はあっても、実際に購入した経験があるという人はどれくらいいるだろうか。アート作品を購入する文化が根付いていない日本では、創作活動だけで生計を立てられるアーティストはほんの一握りだ。

しかも実際に作品が売れても手元に残るお金も3割程度。そのため、稀有な才能を持ちながら夢を諦めてしまう人も多い。

そのような状況の中、現代アートを販売する日本初の越境ECサイト「TRiCERA(トライセラ)」では、日本アーティストの作品を海外のコレクターに販売する仕組みを提供している。

アジアナンバーワンのアート仲介サービスを目指す、株式会社TRiCERAのねらいとは。

今回は、同社代表取締役 井口 泰(以下、井口)氏に日本のアート業界の現状と、サービスによって解決できる課題の具体的内容についてお話を伺った。

起業のきっかけは海外アートイベントでの出来事

株式会社TRiCERAは2018年11月創業、2019年3月にサービスをローンチしたベンチャー企業だ。

社長の井口氏は元々ナイキや外資系企業にて、プロジェクトマネジメントやサプライチェーンを担当していた。

ビジネスを始めたきっかけについて、井口氏はこう振り返る。

井口:「ナイキがあるポートランドでは、アートに関するイベントが日常的に開催されていました。

実際に参加してみて気付いたのが、そこに出品している作品の多くが中国人アーティストによるものばかりということ。

日本人アーティストの作品が世界に全く届いていないことを知り、この現状をどうにかできないか、という想いで起業をしました」

同社のポリシーである“創造力に国境なんてない”には、井口氏の体験から生まれた願いが込められている。

日本のアート業界に根付く課題に挑む

日本のアート業界には二つの課題があると井口氏は語る。

その二つとは「日本のアーティストの低収入」「キャリアの壁」というもの。

現在の日本のアート市場規模は2,125億円(2018年時点)程度で、1992年のバブル時(約2兆円)の約10分の1にまで減少している。

また世界のアート市場規模から見れば、日本のそれは約3%ほどしかない。

もし仮にアーティストの作品が10万円で売れたとしても、百貨店やギャラリーなどの中間業者を介さなければいけないため、本人の手元に残るのは3万円程度。これでは満足な生活を送っていくことは難しい。

もう一つの課題として、海外進出が構造的に難しいため、アーティストのキャリア形成が国内に限られてしまうという問題がある。

以下の図は、日本のアーティストの王道キャリアを示したものである。

国内には約8万人のアーティストがいると言われているが、難関大学を卒業してから日本のギャラリーに発掘され海外のコレクターに認知される人数は全体の0.005%、実に8万人中4人という実現するのはほぼ不可能な割合である。

上記に加え、海外のコレクターに直接届けたくても、言語・マーケティング・配送などの方法を自分で調べたり実行する必要があり、事実上海外で自分の作品を売るという選択肢はないと言ってもよい状況だ。

「内向きにならざるを得ないアーティストに、もっと世界を目指して欲しい」と井口氏が語るように、TRiCERAはそうした課題を解決するソリューションを、アーティストに提供する。

アーティストが創作活動に専念できる仕組みづくり

TRiCERAはECサイト上で国内アーティストの作品を掲載し、海外のコレクターへ直接販売できるという点が、最大のメリットだ。

通常、コネクションや物流ネットワークを持たないアーティストは、ゼロからそれらを構築していかなくてはならない。

運営側の審査を通過したアーティストが作品を登録をすると、以下のようなかたちで出品される。


TRiCERAの公式Webサイトより

先ほど作品を海外へ届けるには、言語・マーケティング・配送などの課題があると述べたが、このサービスはそれらに関わる課題も一気通貫で解決してくれる。

上記赤い部分が示すように、サイトに登録しているアーティストが実際に行う作業は、「梱包・出荷準備」のみである。

これによりアーティストは、「作品を作ること以外の作業に気を囚われることなく、創作活動に専念することができる」と井口氏は語る。

ブレイク寸前のアーティストにもチャンスを与える

現在、2019年4月時点で118名のアーティストがTRiCRAに登録しており、若手作家からブレイク寸前作家まで幅広く取り扱っているという。

また作品のジャンルについても、ポップ、デッサン、抽象画また彫刻など様々な分野を取り揃えており、閲覧するだけでも楽しめる仕様となっている。

ラインナップを有名アーティストのみに絞っていない理由を井口氏はこのように語る。

井口:「私たちのアート作品に対する考えとして、『そこに魂が込もっているかどうか』ということをとても大切にします。

素晴らしい賞を獲得する作品にはやはり魂が込もっています。また、有名なアーティストだけでなく若手のアーティストの作品にももちろんそのような作品は数多く存在します。

私たちはそのような作品や作家を世界のコレクターにぜひ広く知ってもらい、新しい繋がりや価値を生み出していければと考えています」

アート業界の古い慣習や常識に囚われない同社だからこそ出来る取り組みだろう。

井口氏は市場だけでなく、アーティストにとってもフェアな取り引きを今後も進めていく構えだ。

3年後にアジア圏を制す構え

アーティスト業界の商習慣にメスを入れようとしているTRiCERAだが、井口氏によれば現在国内では、競合と呼ぶことのできる競合はいないとのこと。

国内でのアート売買に関するサービスはいくつかリリースされているが、TRiCERAは日本のみならず世界に目を向けている。

また、アメリカやイギリスでは代表的なアート売買サービスはあるものの、アジア圏では未だ存在感のあるサービスはない。

そのため3年後には、現在ポジションが空いているアジア圏を制したいとTRiCERAは考えている。

井口氏は「アジアのアーティストがTRiCERAを登竜門として活用し、世界に挑戦していって欲しい。」と語る。

アート業界を押し上げる源泉のような存在になる

アジアで世界に進出できる唯一のアートプラットフォームとしての地位を確立することが、同社のミッションだ。

今後の展望について井口氏はこのように話す。

井口:「アーティストのキャリアは現状国内の王道キャリアだけではなく、もっと別の道もあるのではないかと思っています。

そのためにはアーティストの方々たちも第三者から見つけられることをじっと待っているのではなく、自ら能動的に才能を発信していく必要があります。

そうした積み重ねが結果的に、アーティストのマインドや業界を変えていくきっかけとなり、TRiCERAがアート業界を押し上げる源泉のような存在になりたいと考えています」

日本には日の目を見ていない現代アート作品が、未だ数多く存在している。

今後TRiCERAのサービスは、現代アートの素晴らしさや価値を伝えていくアジアの伝道者として、その存在感を示していくだろう。彼らの挑戦はまだ始まったばかりだ。

取材・文:花岡カヲル
写真:西村克也

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