10年後、平均給与が高いと思う職業の第4位は、ブロックチェーン・エンジニア――。
大和証券グループの大和ネクスト銀行が2019年3月、インターネット調査で「10年後に、平均給与が最も高いと思う職業」をたずねたところ、こんな結果が出た。
上位を占めた3つの職業は1位「リモート医療ドクター」、2位「ロボットクリエーター」、3位「YouTuber」だったが、4番目に多い回答者の7%がブロックチェーン・エンジニアを選んだ。
2017年後半、仮想通貨(暗号資産)価格の急上昇で、仮想通貨とそれを支えるブロックチェーン技術に一気に注目が集まった。しかし、仮想通貨の流出事件が相次ぎ、価格の低迷が続いたことから、仮想通貨への期待はしぼんでいる。
一方、改ざんがほぼ不可能とされるデータベースとしてのブロックチェーン技術への期待は高く、国内でもさまざまなプロジェクトの開発が進む。
ただ、国内でブロックチェーン関連の開発が一気に加速しない要因として、人材の不足も指摘されている。2017年末ごろから、さまざまな場面でブロックチェーン業界のエンジニア不足を何度も耳にした。
こうした中、スタートアップ企業Blockchain Technologiesは2018年11月から、ブロックチェーンに特化したプログラミングスクール「BLOCKCHAIN Code Camp」をはじめた。
プログラミング未経験者を、2カ月で簡単なブロックチェーン・アプリが開発できるまで鍛え上げるという「本気モード」のコースだ。
同社のCEO(最高経営責任者)の武内洸太 氏と、CCO(最高クリティティブ責任者)の浦田勇樹 氏の2人に聞いた。
業界の人材難が課題。ブロックチェーン業界の時代背景
2008年10月、サトシ・ナカモトを名乗る人物がビットコインに関する論文を発表したのが、ブロックチェーン技術の出発点と言われる。世に出てから10年余りと、まだ新しい技術だ。それだけに、ブロックチェーン関連の人材の供給は世界的に追いついていないと言われる。浦田氏は業界の人材難の現状について、こう話す。
Blockchain Technologies CCO 浦田勇樹 氏
浦田「今のブロックチェーン業界において必要とされている人材は大きく2種類に分けられると考えています。ブロックチェーン技術自体のアップデートに従事するエンジニアとブロックチェーン技術を活用したアプリケーション開発を行うエンジニアです。ブロックチェーン技術自体のアップデートはかなり高いレベルの知識と技術が必要とされます。
一方でブロックチェーンを活用したアプリケーション開発は前者と比べれば必要な知識と技術を身につけやすいですが、需要に対して人材の供給がまだまだ不足している現状があります。
採用となると、基準を下げざるを得ない現状はありますが、いま技術が身についていないとしても、先進の技術の情報を自分で追いかけて、技術を触ってみて、自分の血肉にできる人が必要です。
既存のウェブサービスや、ピアツーピア(P2P)で通信するネットワークなどブロックチェーンと親和性の高い領域で開発を行ってきた人たちが、そうしたバックグラウンドを生かして、ブロックチェーンも勉強してくれるといいのですが、そういう人も、なかなか確保が難しいのが現状ですね」
Blockchain Technologiesは、2018年4月に武内氏、浦田氏らが立ち上げたスタートアップだ。武内 氏は、早稲田大学情報理工学部情報理工学科でサイバーセキュリティなどを学んでいたが、2017年4月に休学に入り、いまも休学中の早大生のままだ。
2018年春、香港に会社を設立し、ブロックチェーンと仮想通貨を使ってインフルエンサーを応援するプロジェクトの計画書をつくり、仮想通貨で資金を集めるICO(Initial Coin Offering)も実施した。
しかし、香港の銀行に口座を開設できないなど、自分たちだけでは対処しきれない、さまざまな問題が起きた。1カ月でICOを中止し、集めた仮想通貨を全額返金した。いったんICOのプロジェクトを白紙にして、香港の会社も休眠状態にした。そして、立ち上げたのが現在の会社だ。
Blockchain Technologies CEO 武内洸太 氏
武内 「いま振り返ると、あの瞬間に中断してよかったと思います。ただ、ICOを実施したことで、さまざまな企業と知り合うことができました。自分たちもブロックチェーンを使ってみたいと考えている会社は多く、これならブロックチェーン一本で会社をやっていけると考えました」
ブロックチェーンはまだ、技術的には課題が多いが、さまざまな分野への応用が期待されている。同社は「詳しいことは分からないけれど、ブロックチェーンを使ってみたい」といった企業に対して、コンサルティングサービスを提供している。
コンサルティング事業を進めるうえで、Blockchain Technologiesも、エンジニア不足に直面した。5カ月前にはじめたプログラミングスクール”BLOCKCHAIN Code Camp”の原型は、自社のメンバー向けに開発した研修コースだったのだ。
“採用”だけが道ではない。エンジニアの理解や技術を伸ばす道筋を示す
武内氏は教育事業の進出を決めた理由を、こう説明する。
武内「ブロックチェーンはまだまだ技術が未熟で、法律も整っていないところがたくさんある。それならまず、ぼくらはブロックチェーンの発展に対して貢献をしないといけないと考えました。いい人材を採用したいと思っても、採用は難しい。では、ポテンシャルの高い人を採用しようということになりますが、そういう人に活躍してもらうには、『こうすればブロックチェーンエンジニアになれるよ』と道筋を示す研修が必要です。
きちんとした研修プログラムを用意すれば、テクノロジーを広める人、テクノロジーを極めようとする人をつくっていくことができる。そして、外部の企業の方たちに社内の研修について話をすると、『自分もその研修、受けてみたい』という声を何度も聞きました。それならば、プログラミングスクールも事業として成り立たせることができるのではないかと考えました」
プログラミングスクールは、完全にオンラインで進行する。
「Web+ブロックチェーンアプリケーションコース」の期間は原則として2カ月間。ウェブサイトやウェブアプリの制作から、ブロックチェーンの基礎、ブロックチェーンを使う簡単なゲームアプリの制作までを学ぶ。
学ぶことができる言語は、次の4言語だ。
- HTML
- CSS
- JavaScript
- Solidity
HTMLとCSSは、おもにウェブサイトの制作に使われる言語だ。JavaScriptは、ウェブ開発で広く用いられている。
Solidityは、主要な仮想通貨のひとつイーサで知られる、イーサリアムのネットワークで使われる言語だ。契約をブロックチェーン上で自動化する、スマートコントラクトもこの言語で書かれる。
これら4言語の基礎を2カ月で習得するだけに、内容はなかなかハードだ。1日に2〜3時間をプログラミングの学習にあてて、2カ月間続ければ、全コースを消化できるという設計だ。
忙しくて、それほど時間が割けないという人の場合、追加料金はかかるが、期間を延長することもできるという。
学習中は、わからない事があれば、現役のブロックチェーンエンジニアがメンターとして、チャットでサポートしてくれる。
2カ月のコースの値段は、社会人が14万8千円、学生9万8千円。浦田さんがコース設計の狙いをこう説明する。
浦田「期間が限られているので、完全に自由にプログラムを書いてというところまではいかないが、教材をマネしながら書いてもらえば、2カ月で仮想通貨を管理するウォレットを自分でつくったり、簡単なゲームアプリをつくれるところまでたどり着けます。まずは、全体感をつかんでほしいというのが一番の狙いですね。」
一方で武内 氏は、ICOを実施したという経歴から、プログラミングの達人を想像するが、実際には、大学に入ってから研究に使うためC言語とJavaScriptを学んだ。
武内「大学の研究で使うプログラミング言語なので、実際に開発の現場で使えるレベルに達しているかと言われたら、まったくそうではありません。だから、いまは自分ではプログラミングはまったくせず、メンバーにお願いしているのが現状です」
プログラミングコースを立ち上げるうえで、最初のテストユーザーになったのは、CEOの武内 氏自身だった。
武内「ブロックチェーンのアプリケーションを自力でつくれるのは、自分でリサーチする力があって、分からないことを自分で解決できるような、かなり優秀な人でないと難しい。
さらに日本にはまだまだブロックチェーンの情報が少ない中で、未経験からつくるのは難しいものがあります。メンターと相談をしながら、アプリケーションをつくってみて、こういうポイントを調べれば、自分で解決できるということも分かり、自分にとっても、とてもいい経験になりました。
ひと通り、アプリをつくってみる経験は、他社の教育事業でもなかなかできない。だから、プログラムの未経験者でも、ブロックチェーンのアプリが作れるようになれるまでのプロセスを、一度体験してみてほしいですね」
武内氏はCEOとして、おもに会社のマネジメントや資金調達などを担っている。プログラミングを学んで、仕事との向き合い方は変わったのだろうか。
武内「技術を実際に触って理解することで、見える世界が広がりました。クライアントの企業に対して、ブロックチェーン技術を、実世界ではこんなふうに落とし込むことができるといったことが、より明確に提案できるようになりました。
技術を学んだからこそ、ブロックチェーンを使った新しいサービスのアイデアも、出てくるようになった。技術動向について情報を集める際にも、エンジニアとコミュニケーションをとる際にもより高い解像度で理解することができるようになり、仕事をする上でよい結果を生んでいると感じます。」
Blockchain Technologiesは、2019年3月には法人向けのブロックチェーン特化型プログラミングの研修事業もはじめている。
会社を立ち上げた武内氏は、理系の学部に所属してはいるがプログラミングの経験はそれほど重ねておらず、浦田氏は文系の学部出身だ。
今後、ビジネスを進めていくうえでテクノロジーへの理解は避けて通れないと、あらゆる業界で言われ始めている。
Blockchain Technologiesのファウンダーたちは、プログラミング学習を通じたテクノロジーへの理解の大切さを体現している。
取材・文/小島寛明
写真/西村克也