インド最大級のECサイトFlipkartやSnapdeal、さらには同国発のユニコーン企業であるZomato、Inmobi、Ola。「インド発スタートアップ」ということ以外に共通点があることを知っているだろうか。

これらのスタートアップには、創業者らが「インド工科大学」出身という共通点があるのだ。

インド理系最高学府と呼ばれ、日本でも話題になることが多くなっている同大学。優秀なエンジニアを多く輩出することで知られており、グーグルやマイクロソフトなど世界の名だたる企業が人材を求めやってくるといわれている。

一方、企業が求める人材だけでなく、自ら事業を起こす起業家の輩出でもインド随一を誇っている。

「インドのMIT」とも呼ばれるインド工科大学からなぜ多くの起業家が生まれるのか。その理由に迫ってみたい。

グーグルCEOなどを輩出、インド各地から選りすぐりが集まる理系最高学府

インド工科大学とはインド各地にある23校からなる大学群の総称だ。

1947年英国から独立したインド。当時のネルー首相は科学技術分野の人材育成を優先課題に掲げ、高等教育機関の中でも特に重要とされる「国家重要機関(institution of national importance)」としてインド工科大学を立ち上げることを決定。米国のMITをモデルにしたといわれている。

1951年西ベンガル州に第1号となるインド工科大学カラグプール校が開設された。その後1958年にムンバイ校、1959年にマドラス校とカンプール校、1963年にデリー校、1994年にゴウハティ校が開設した。さらに2000年代にも開校が進み、2008年にはハイデラバードやガンジナガルなどで同時に6校が開校し、現在の23校に至っている。


インド工科大学カラグプール校ウェブサイト

2018年時点で全23校の学部年間受け入れ人数は1万1000人ほど。インド全土で実施される理系共通試験「JEE Advanced」で優秀な成績を残したものから、23校のうちどの大学に行くのか選択権が与えられる。ムンバイ校やデリー校など古くからある大学に成績優秀者が集まる傾向があるといわれている。

タイム誌の記事によると、2007年まだインド工科大学が7校しかなかった時代、4000人の枠に約25万人の学生が応募。インド最難関校として、世界に認知されるようになっていった。現在キャンパスが増えたため入学枠は増えているものの、インド人口も増加しており、狭き門であることに変わりはないといえる。

冒頭で、スタートアップ創業者として活躍するインド工科大学卒業生が多いことに言及したが、欧米の大企業でトップに登りつめた人物も少なくない。たとえば、1994年にマッキンゼー初の外国人マネジングディレクターとなったラジャット・グプタ氏やグーグルCEOのサンダー・ピチャイ氏などだ。

ユニコーン企業創業者の大半を輩出、インド工科大学の起業文化を育む土壌

CBインサイトによると、2018年8月時点でインド発のユニコーン企業数は15社あった。Entrepreneur誌の調べでは、このうち8社の創業者チームにインド工科大学卒業生がいることが明らかになった。

インド地元紙エコノミック・タイムズが2016年4月に伝えたところでは、インド工科大学出身者によるデジタル分野での起業数は588社。このうちムンバイ校が最多で145社となった。インド配車サービス大手Olaの創業者らは同校出身。次いで起業数が多かったのはデリー校。Flipkartの創業者らの出身校だ。


インド工科大学ムンバイ校ウェブサイト

インド工科大学出身者らがスタートアップシーンで活躍できる理由はどこにあるのだろうか。

その理由の一端について、地元スタートアップシーンに詳しいジャーナリスト、サンディープ・ソニ氏がEntrepreneur誌の記事で興味深い指摘をしている。

ソニ氏はインドMBAトップ校の1つであるインド経営大学院との比較で、インド工科大学の起業文化が強い理由を探っている。

インド経営大学院との比較でまずビジネス創出とビジネスマネジメントの違いがあることが強調されている。ソニ氏は、インドの医療器具会社Kent ROの創業者で、1975年にインド工科大学を卒業したマヘシュ・グプタ氏の言葉を引用し、経営大学院のMBAコースは「ビジネス創出」ではなく「ビジネスマネジメント」を勉強する場であり、リスクを分析・管理することに焦点が置かれると指摘。一方、エンジニアを育成するインド工科大学ではイノベーションやものづくり、またリスクのとり方を学ぶ場になっていると述べている。

ただし、スタートアップシーンにおいてインド経営大学院卒業生の活躍がまったくないわけではない。最近インド・ユニコーン企業の仲間入りを果たした、ロジスティクス・スタートアップ「Delivery」の創業者チームはインド経営大学院の出身者たちだ。

また、言語・文化のミックスも起業文化を醸成する上で重要な役割を果たしていると指摘する。インド経営大学院に比べ、インド工科大学は全国共通試験を実施していることからインド各地から学生が集まるようになっている。

インドと聞くと、ヒンズー教でヒンズー語を話す国という印象があるが、インド国内には少なくとも22の言語・文化が存在する。話者数がもっとも多いのはヒンズー語で、その数は5億人以上。このほかベンガル語、タミル語、ウルドゥー語、アッサム語、グジャラート語、カンナダ語などの話者が多い。インド工科大学では、こうした多様な言語・文化、さらにはテクノロジーのスキルや知識が入り交じり、ユニークなアイデアが生まれ、実装される環境が整っているのだ。

インド工科大学の学費がインド経営大学院に比べ安いことも、リスクを取りやすい環境を醸成している。学費返済に過剰な負担を強いられることが少ないため、インド工科大学の学生は卒業後すぐに起業することができるという。特にデジタル分野では、大規模な初期投資がなくとも始められるため、同分野の起業が増えていると考えられる。

最近では、大学側の支援体制が強化されており、今後一層起業が増えてくる見込みが高まっている。2014年インド工科大学マドラス校は「インキュベーション・セル」の取り組みを開始。これまでに140社以上が創設されたという。

同様の取り組みはムンバイ校などでも実施されている。デリー校では博士課程の学生が提出した論文のアイデアを事業化するプログラムを開始したと伝えられている。


インド工科大学マドラス校「インキュベーション・セル」のウェブサイト

CBインサイトの調べでは、現在世界中のユニコーン企業数は343社。そのほとんどが米国と中国のスタートアップで占められている状況だ。しかし、インド工科大学を中心に盛り上がる同国のスタートアップシーンを見てみると、この勢力図が今後数年で大きく変わっていく可能性を感じるとることができるはずだ。

文:細谷元(Livit