ムスリム旅行市場、2026年に30兆円規模に拡大へ。キーワードは「女性&テクノロジー」

2014年17億人だった世界のムスリム人口。現在は18億人ほどと推計されている。この先も増加する見込みで2030年には22億人となる見込みだ。

人口増と所得水準の高まりにともない、その購買力は無視できないものになっている。

イスラム市場を専門とするシンクタンクSalaam Gatewayがこのほど発表したレポートによると、2017年ムスリム消費者の消費額は世界全体で2兆1000億ドル(233兆円)だった。消費はこの先も順調に拡大し、2021年には3兆ドル(約333兆円)に達する見込みだ。

急拡大するムスリム市場のなかで注目を浴びる分野の1つが「ムスリム旅行市場」だ。

マスターカードとムスリム旅行情報サービスのクレセントレーティングがこのほど発表したレポートによると、2018年世界のムスリム旅行者数は1億4000万人となり、前年の1億3,100万人から7%近い伸びを見せた。2000年頃ムスリム旅行者の数は2,000万人。この20年ほどで7倍増加したことになる。2026年には2億3,000万人に達する見込みだ。これにともないムスリム旅行者の支出額も増加、2020年に2,200億ドル(約24兆円)、2026年には3,000億ドル(約33兆円)になるという。

こうしたことが予測される中、各国はムスリム旅行者誘致に向け取り組みを加速させている。ハラル食の普及、空港など施設での礼拝所設置などだ。

しかし、ムスリム旅行市場では現在大きな変化が起きており、これまでの取り組みだけではムスリム旅行者にアピールすることが難しくなることが予想される。その変化を捉えるキーワードは「ムスリム女性」と「デジタル・テクノロジー」だ。

いったいどのような変化が起きているのか。ムスリム旅行市場の最前線をお伝えしたい。

教育水準と所得水準が高まるムスリム女性と海外旅行

ムスリム旅行市場のトレンドを読み解くキーワードの1つが「ムスリム女性」だ。

以前お伝えしたように、中東諸国では現在脱石油依存に向け技術立国を目指す動きが活発化、それにともない女性の教育水準が高まり、高度スキルを持つムスリム女性が増えている。これはムスリム女性の所得水準と経済的自由度の高まりを示唆するものと言えるだろう。

経済的自由度が高まったムスリム女性の間では、海外旅行の頻度が高まっているといわれている。

世界的な旅行イベント組織World Travel Marketは2019年2月に公開した記事の中で、最近ミレニアル世代ムスリム女性の1人旅トレンドが顕著になっていると伝えている。教育水準が高く、可処分所得も十分にあり、遅めの結婚が特徴の層。時間とお金に余裕があるため、気ままに海外旅行できる人が増えているという。ムスリム女性の海外旅行ニーズの高まりから、ムスリム女性をターゲットにしたパッケージツアーも増えている。

クレセントレーティングもムスリム旅行市場においてムスリム女性の存在感が大きくなっていると指摘。ソーシャルメディアで海外旅行分野のムスリム女性インフルエンサーが増えていることが影響しているという。ミレニアル世代のムスリム女性はデジタルメディアをフル活用し、自身の旅行体験をブログ、ソーシャルメディア、旅行サイトなどで発信。こうした情報がさらに多くのムスリム女性を海外旅行に駆り立てているようだ。

ムスリム女性の関心を引けるかどうかが重要になるのは間違いないだろう。

ムスリム旅行者に特化したチャットボットなど「ハラル×テクノロジー」の可能性

ムスリム市場におけるもう1つのトレンドが「デジタルテクノロジー」の活用だ。

一般的な旅行市場において、人工知能を活用したチャットボットやパーソナルアシスタント、さらにはVR・ARの活用が始まっているが、ムスリム旅行市場の文脈でもこれらが重要な役割を果たすと見られている。

たとえば、ムスリム旅行者が旅行先でハラル食や礼拝所を探すときにチャットボットやパーソナルアシスタントを利用するシーンが想定される。また、旅行先のイスラム文化を知るためのツールとしてARを活用することも考えられている。

実際2018年4月にはムスリム旅行メディア「Have Halal, Will Travel」がムスリム旅行者向けのチャットボット「Sofia」をローンチ。ハラル食や礼拝所に関する情報やコミュニティからのおすすめ情報を提示するという。同メディアは、シンガポール、マレーシア、インドネシアにおよそ900万人ほどのムスリムユーザーを抱えている。人気の旅行先は、香港、日本、ロンドン、メルボルン、韓国などだ。


ムスリム旅行者向けチャットボットをローンチしたHave Halal, Will Travelのウェブサイト

AR施策はまだ始まっていないようだが、VRはすでに活用が始まっている。聖地メッカを訪れる重要な旅「ハッジ(大巡礼)」と「ウムラ(少巡礼)」。サウジアラビアのメッカに参拝する旅であるが、参拝の際に遵守しなくてはならないしきたりがあり、多くの人々は巡礼前に専門旅行代理店などでトレーニングを行っている。しかし、最近では巡礼に必要な知識を学べるVRソフトウェアが登場し、巡礼トレーニングのあり方が変わってきている。


VRによるメッカ巡礼トレーニング(Shahida Travel & Toursウェブサイトより)

このほか若いムスリム旅行者の間では「即席麺旅行」と呼ばれる安く手軽に行ける短期旅行の需要が高まるなど、独自のトレンドが生み出されている。

近年日本観光にやってくるムスリム旅行者は急速に増えている。ムスリム訪日観光客は2013年に30万人ほどだったが、2020年には100万人に達するという試算もある。「ムスリムパワー」が世界の観光市場をどのように席巻していくのか、今後が楽しみだ。

文:細谷元(Livit

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