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あなた一人を愛する――。愛する相手は人によってそれぞれだと思うが、「そのひと一人を生涯かけて愛し抜く」ことがどのカップルでも理想の形なのだと思う。
……真理だろうか。ただの刷り込みではないか。
なぜなら、“あなたたち”を愛するという形があるからだ。恋人や伴侶に隠れて他の人と逢瀬を重ねるいわゆる浮気ではない。真剣に複数の人たちを愛する/愛そうとするスタイルである。
そのような複数人との性を含む恋愛関係を「ポリアモリー」(Polyamory)という。Polyはギリシャ語の「たくさん」、amoryはラテン語で「愛」を意味する。浮気性と何が違うかといえば、ポリアモリーの人々は、つきあっている全てのパートナーに全ての関係を伝え、相手も合意していることである。
例えば、AさんはBさんとCさんとつきあっており、BさんもCさんもそれを合意している。そしてBさんがDさんと、CさんがEさんとつきあっていることをAさんも承知しているといった具合である。誰と誰がつきあっているのかを全員が承知して、それぞれのつきあいを誠実に育もうとしている。
ポリアモリーは、LGBTのように持って生まれた性質なのか(生理的)、生育環境に影響するのか(心理的)なのか、あるいは、そもそもヒトはポリアモリー的な資質があり、それを一夫一婦制(英語でMonogamy/モノガミー)という社会規範や倫理観が縛っているだけなのか。最近、欧米を中心に広がりを見せるポリアモリーを探ってみた。
ポリアモリーのシンボルマーク。赤いハートと青い無限マークがモチーフとなっている
ポリアモリーは実は新しくない?
ポリアモリーという単語が取り上げられ始めたのは1990年代前半。以来、欧米を中心に増え続けているという調査も報告されている。しかし、ポリアモリーの定義が明確ではなく、調査母数も少ないため実態はまだはっきりとつかめていない。
2014年に発表された科学雑誌『Journal für Psychologie』に寄稿された論文によると、米国では4~5%がポリアモリーの関係にあるという(ミシガン大学心理学・女性学部のJennifer D. Rubin氏『「On the Margins: Considering Diversity among Consensually Non-Monogamous Relationships』より)。2016年に発刊されたジャーナル『Journal of Sex & Marital Therapy』でも、5人に1人の米国人が一度はポリアモリーの関係にあったとしている。
また、2018年6月、NCBI(US National Library of Medicine National Institutes of Health)に発表されたリサーチ論文によると、米国でポリアモリーの関係にある人は、モノガミー関係の人たちより性的マイノリティ、離婚経験者が多かった。さらに、選択制の質問に対して「other(その他)」を選ぶ人が多いことが意外な発見だったという。論文寄稿者の一人、ウェスタン・オンタリオ大学心理学部のRhonda Balzarini氏は、ポリアモリーの人々は、男性・女性、教育、結婚・未婚、歳など、性別を含む人を選別する従来のラベル付けを避ける傾向にあるのだと分析している。
ポリアモリーは最近になって誕生したものではないという意見もある。1960年代後半、米国のサンフランシスコなどを中心に広がったヒッピームーブメントがそれにあたるという。従来の社会秩序、体制からドロップアウトして、男女平等、フリーセックスなどを唱えるヒッピーたちは、思想を同じくする人々とコミューンを作って、食べ物からセックスするパートナーに至るまで全て平等に分け与えるという考え方があった(平等が行き過ぎて自由を奪うケースもあったという)。
一方、現在のポリアモリーは、資本主義の現代社会に不自由を感じることなく、ミートアップで出会ったり、オンライン上で告知されたイベントに参加したり、ハイキングやゲームなどの趣味で集まったりする。ヒッピーと比べて思想によって集う傾向は低く、“自分らしさ”、“何にも縛られず、所有されない/しない”ことを大切にしている。
1969年に開催された大規模野外コンサート「ウッドストック・フェスティバル」に集う前のヒッピーたち。写真/Ric Manning
所有しない、嫉妬しない恋愛関係
ベターハーフという言葉がある。自分を必要としているもう一人(他人)という意味で、結婚という形をとらないにしても、パートナーを見つけたカップルなら「ベターハーフと出会い、彼女/彼と結婚してやっと一人前になれたような気がする」などと普通に口にすると思う。
しかし、ポリアモリーの人々は、「誰かに埋め合わされることで完結する自分」という考え方はしない。誰かを所有することもなく、誰かに所有されることもない。結婚という社会制度が引き起こすネガティブな問題(主従関係が生まれがち、一人に限定することで起こる不倫のような背徳行為など)から解放されて、自分の個性を尊重するように、相手の自由意思も尊重すると説く。
頭ではわかる。しかし、自分では制御できない感情「嫉妬」にどう対処するのだろうか。
ポリアモリーを特集した英国の新聞『The Guardian』紙のインタビューに答えた人たちによると、嫉妬を完全に消し去ることはできないが、大幅に減らすことはできるという。減らす方法は、話し合いだ。
新しい恋人ができたことを伝えた時に従来のパートナーが嫉妬すれば、それを正面から受けとめ、どうすればお互いがハッピーになれるか話し合う。議論を深めるうちに、嫉妬心の出所が「相手が自分を向いてくれなくなるのではないか」という不安によるなら、「新たな恋人と同様、変わらずあなたのことを愛している」ことを告げて相手に安心感を与える。あるいは嫉妬の正体が「自信がもてない自分」や「依存気質」であることが見極められれば、問題は相手ではなく自分にあり、どのように対処していくかを考えることもできる。むしろ一人に限定するモノガミーのほうが嫉妬が生まれる原因が多いという。
また、住宅購入などの大きな出資が生じる場合、モノガミーだとどちらかに大きな負担が課せられたり、離婚で住居を失ったり、関係が破綻していてもローンによって身動きがとれなくなることもあるが、ポリアモリーなら複数で負担をシェアしたり、ひとつの関係が終わっても、他の恋人の家に行くこともできる。アメリカのビジネスニュースサイト『QUARTZ』のインタビューに応えているポリアモリーグループの一人によると、「ポリアモリーは生き延びていくための戦略」だという。「財政的に苦しく、孤独な人がたくさんいる。ポリアモリーならお互いサポートしながら、シビアな世の中を生きていける」。
ポリアモリーという生き方を通して見えてくること
すでに関係が成立しているカップルに新たに恋愛メンバーとして加わるタイプ、関係性から起こるヒエラルキーを嫌い、一人で自由に恋愛を謳歌するタイプ、モノガミーの男性に理解を得ながら自身はポリアモリーで生きていこうとする女性、幼いころ頃からいがみあう両親を見て結婚制度に疑問を持ち、ポリアモリー的な生き方を見つけた人たち。ポリアモリーと一言で言っても、スタイルは様々である。また、停滞した夫婦生活に嫌気がさして刺激を求めるため、複数の女性とセックス関係を楽しむための口実など本人が知ってか知らずか悪用するケースも考えられる。
実際、ポリアモリーはタフだと思う。恋愛という生々しく強い感情関係は、嬉しさや楽しさを何十倍にしてくれる反面、怒りや悲しみなどの負の感情も強い。様々な記事を読んだが、一様にポリアモリーはすべての人に適応するスタイルではないと指摘する。ポリアモリーが掲げる「所有しない」「平等」「相手を思いやる」といった美しいフレーズに惹かれるだけではなく、自分がなぜそれを求めてやまないのか、立ち止まって考える必要があると注意を促している記事もあった。
ポリアモリーを調べていくうちに、現代社会は生き方の多様性を推奨する風潮がありながらも、社会制度(主に結婚制度)としては圧倒的にモノガミー優位だということに気づかされた。離婚後の親権などは最たるものである。自身がポリアモリーであると言ったがために、親として不適合というレッテルを貼られ、親権を失ったというケースもある。自分の足元を支える「当たり前」の制度は、全ての人を支えるものではなく、リベラルを標ぼうする自分の考え方も、所詮その制度の枠組みを出ないものだということを痛感させられる。
文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit)