持続可能な開発目標(SDGs)で5つ目の目標に掲げられてる「ジェンダーの平等」。教育機会や就労機会での男女格差をなくそうというものだ。
マッキンゼーのレポート(2015年)では、世界の労働市場で男女平等が実現した場合、最大で世界GDPの26%に相当する28兆ドル(約3,000兆円)もの価値が創出されると推計している。倫理的・社会的観点に加え、経済的観点から見てもジェンダー平等に向けた取り組みは大きな意義を持っているといえるだろう。
ジェンダー平等向けた取り組みや議論が世界中で活発化する中、女性の社会進出が遅れているといわれてきた地域で大きな変革が起こりつつある。2018年6月に女性の自動車運転が解禁されたサウジアラビアを含む中東地域だ。
同地域では、女性の科学技術分野への就学率が高く、テクノロジー分野で起業する女性割合も他国に比べ高いといわれている。また、コンサルティングなどプロフェッショナル分野で活躍する女性も増加している。なぜ中東では女性の活躍が増えているのか、その最新事情を探ってみたい。
女性の自動車運転が解禁されたサウジアラビア
勤勉な学習態度とテクノロジーの普及がもたらす中東の女性エンパワーメント
The Economist誌が伝えたStartup Compassのデータによると、ネット分野における起業家の男女比率は世界的に見て、男性9割、女性1割となっている。一方、中東では女性起業家の割合が35%にもなるという。
理由はいくつかあるようだが、男性優位の就労環境が依然続いていること、またデジタルテクノロジーの普及などがその背景にあるようだ。男性優位の就労環境では女性が仕事を見つけにくく、その結果起業を選択している女性が多くなっているといわれている。
冒頭で紹介したマッキンゼーのレポートでは、世界地域別のジェンダー平等指数を算出している。その構成要素の1つ「労働市場における女性の参加指数」で中東は0.32ポイントと地域別でもっとも低い数値となっているのだ。指数は1.0で平等になることを意味している。同数値が高かったのは北米・オセアニア(0.82)、西ヨーロッパ(0.79)、東ヨーロッパ・中央アジア(0.79)など。中東のほかにはインドが0.34と低い数値となっている。
労働市場の構造変化には少し時間がかかるかもしれないが、中東の教育分野では女性の活躍が顕著になっており、高度スキルを持つ女性人材の数は急速に増えている。
サウジアラビアでは大学で理系学位を取得する女性の割合は50%ほどといわれている。ユネスコの調査では、イランの大学でSTEM(科学・技術・工学・数学)分野に進む学生の男女比率は女性が67%と圧倒的に高いことが明らかになっている。同調査によると日本は25%ほどにとどまっている。
ヨルダンでは、2015年に実施された国際学習調達度調査(PISA)で、女子生徒の点数がすべての科目・すべての年齢グループで男子生徒の点数を上回ったとして話題となった。
女性が目立つヨルダン科学技術大学の卒業式(2017年)
この現象について、Atlantic誌の取材が興味深い実態を伝えている。ヨルダンでは、男子生徒はそこそこの成績であっても、高校卒業時点で警察や清掃などの仕事を容易に見つけることができるが、女子生徒はそうは行かないという。親の目が厳しく、教師や医師などのプロフェッショナル職業のみが選択肢として与えられるというのだ。
そのため、女子生徒の多くは大学に行く必要があり、厳しい卒業試験を乗り切るために猛勉強をしているという。サウジアラビアでも状況は似ており、男性は一定の年齢になれば政府から仕事が与えられるため、学校で猛勉強するインセンティブがないという。
このように高い知識・スキルを持つ女性人材基盤に、インターネットの普及が相まって、テクノロジー分野での起業が増えていると考えられている。
高い知識・スキルだけでなく猛勉強する習慣が身についた中東女性が運営するビジネスは、より多くの収益をもたらす可能性も示唆されている。ドバイ発のオンライン決済スタートアップPayfortによると、女性が起業したビジネスで売上高が10万ドル以上になった割合は米国で13%だった一方、UAEでは33%に達したという。
事業規模が大きくなるにつれ新たな人材を雇うことになるが、中東では女性が運営する企業の雇用数の伸びが男性が運営する企業を上回っているともいわれている。
現在、中東に限らず女性が起業する上で直面する課題の1つに資金調達が挙げられる。中東ではその課題を解決する動きが見られ、今後女性起業家はさらに増えていく可能性がある。
2014年にドバイで設立された「Womena」は女性起業家にフォーカスしたコンテンツを発信するメディア企業だが、女性起業家を支援するためのエンジェル投資グループを組織。これまでに300万UAEディルハムを10社以上に投じている。Womenaが運営するコミュニティ「Bossladies」には中東各国の女性起業家が参加しており、域内では最大級のコミュニティになっているという。
Womenaの投資グループが出資した企業には、フリマアプリ「Melltoo」やオンライン・セカンドオピニオン医療サービス「AlemHealth」などが含まれる。
このほか中東女性が創業した注目のスタートアップとして、人工知能を活用した感情認識エンジンを開発する「Affectiva」や中東初のフリーランス・プラットフォーム「Nabbesh」などが挙げられる。
これまでにも何度かお伝えしているように、カタールの「ビジョン2030」、サウジアラビアの「サウジビジョン2030」、オマーンの「ビジョン2040」など中東各国では脱石油依存を目指し、技術立国を目指す動きが活発化している。こうしたイニシアチブを実現するには、高度な知識やスキルを持つ人材が必要になる。こうした取り組みの影響を受け、中東の女性を取り巻く労働環境は大きく変わっていくのかもしれない。
文:細谷元(Livit)