私たちの幸せと政府のカンケイ――世界に広まりつつある「ハピネス&ウェルビーイング・ムーブメント」

国連による『世界幸福度レポート』が今年も3月下旬に発表となった。残念なことに156カ国中、日本は58位に留まった。一方今回トップだったのはフィンランド。前年に引き続いて、「世界で最も幸せな国」と認められた。

せっかく1度きりしかない人生なのだから、幸せに生きたいもの。そんな幸せを求める人々のニーズが後押しし、「ハピネス&ウェルビーイング・ムーブメント」が世界に広まりつつあるという。


フィンランド政府観光局は、『世界幸福度レポート』で2年連続1位に輝いたのを記念して、一般地元民を「幸せガイド」として共に過ごす「レント・ア・フィン」キャンペーンを展開中
© Tea Karvinen/Visit Finland

北欧勢の健闘が続く『世界幸福度レポート』

『世界幸福度レポート』は2012年から毎年発表されている。調査カテゴリーに対し、各国の個人に0~10の数値で自己評価してもらい、その平均値を出す。カテゴリーは「人口あたりGDP」「社会的支援」「健康寿命」「人生の選択の自由度」「寛容さ」「腐敗の認識」の6つだ。
今年のトップ10は以下のようになった。

1位 フィンランド
GDPが高く、人々は寛容で、腐敗もほぼゼロ。整備の進んだ社会が人生の選択の自由度の高さにも影響している。欧州で最も森林面積が広く、国民は自然との絆を大切にしている。

2位 デンマーク
健康寿命のカテゴリーで良いスコアを上げる。世界で最も貧富の差が小さく、国民の識字率は100%。「ヒュッゲ(温かで居心地の良い時・スペース)」を大切にするライフスタイルが、国民の幸福感を支える。

3位 ノルウェー
社会的支援が行き届き、人生の選択の自由度も高い。腐敗もほぼなし。2018年版の『レガタム繁栄指数』では、国の繁栄度世界ナンバー1になった。収入や性別による格差も小さく、仕事への満足度も高い。

4位 アイスランド
男女間の権利の差をみた場合、世界で最も平等と世界経済フォーラムなどで絶賛される。2018年からは男女間の賃金格差を違法とする法律を施行。環境保護政策でも世界でも指折りだ。

5位 オランダ
人生の選択の自由度のカテゴリーで良いスコアを出す。『グローバル・コネクテッドネス・インデックス2018』によれば、世界で最もグローバリゼーションが進む国だ。幸福と感じる若者の割合が高いのが特徴。

6位 スイス
インフラや教育制度で世界をリード。税制の優遇措置があり、経済活動が活発だ。国民の肥満率は欧州内で最低。健康寿命カテゴリーで好スコアを出す。1847年以来戦争に参加していない平和な国だ。

7位 スウェーデン
厚い社会支援と腐敗の少なさが顕著。健康寿命のカテゴリーのスコアも高い。税金は高いものの、世界でも指折りの長さを誇る有給休暇に見られるように、ワーク・ライフ・バランスが取れた国だ。

8位 ニュージーランド
欧州以外の国としてはトップのランキング。中道左派の現政府は、国民の「ウェルビーイング(幸福)」を意識した予算を盛り込んだ政治を行う。1893年、世界で初めて女性が参政権を獲得した国でもある。

9位 カナダ
人生の選択の自由度、寛容さのスコアが高い。国民の5人に1人が経済的困難を抱える家族や難民の保証人を務める。他者を支え、社会との絆を強く意識。国土面積に対し人口が少なく、発展の余地がある。

10位 オーストリア
社会的支援、人生の選択の自由度のカテゴリーでハイスコア。首都ウィーンは『エコノミスト』誌の調査部門が選んだ「世界の住みやすい街ランキング」で2018年トップだ。投票率は約75%で、政治参加意識が高い。

今年の『世界幸福度レポート』では、「幸福とコミュニティ」に着目している。急速に変化していく世界にあって、学校であっても、職場であっても、隣近所であっても、さらにはソーシャルメディアであっても、どのように人同士がやりとりし、交流したかは、「幸福」に大きな影響をおよぼしているという。オンライン時間が長くなればなるほど、他者と直接接する時間は減る。人と面と向かって話をする機会が減ると、個人が感じる幸福度も減るそうだ。レポートは、自分が幸せに感じられないと、うつ病など精神的な問題をも招くことになると警告している。


2018年現在で、国連に加盟する193カ国の政府のうち、「幸福」を政策に取り入れているのは22に過ぎないそうだ
© sunawang/pixabay

年々幸せから遠ざかっていく大国の代表、米国国民

『世界幸福度レポート』が興味深い点は、トップ10に経済大国や列強国が入らないことだ。レポートによれば、経済が発展すればするほど、人々の幸福度は下がるのは、世界的な傾向だそうだ。私たち自身、経済的豊かさのみが幸せに通じるものではないことを身をもって知っている。

経済大国の代表といえる米国を例に挙げると、今年の『世界幸福度レポート』中のランキングで19位だった。毎年のように順位は下がる一方で、今回の順位は今までで最も低い。

幸福やクオリティ・オブ・ライフについての調査・研究を行う、デンマークのシンクタンク、ハピネス・リサーチ・インスティチュートのCEO、 マイク・ヴァイキング氏は『フォーブス』誌に米国民の幸福度の失墜原因を説明している。同国が何年にもわたって社会危機に直面していることを踏まえ、貧富の差の拡大が国民の結束を妨げていることを指摘する。お互いを不信に感じるようになれば、生活上安心感が失われるのは当然のことだろう。人々は助けを求めたくても、どこに求めたらいいのかわからなくなっている。本来頼りにすべき政府に対しても、不信感を持っているからだ。こんな風に八方ふさがりの状態では、幸せに感じられない人が多く出ても不思議はないだろう。


今年の初めに行われた世界経済フォーラムの定例会議で、「ウェルビーイング・バジェット(幸福予算)」についてを語る、アーダーンNZ首相(左)
© World Economic Forum/Sandra Blaser (CC BY-NC-SA 2.0)

各国政府に広がりつつある「ハピネス&ウェルビーイング・ムーブメント」

今回の『世界幸福度レポート』の研究・執筆に携わった、カナダの経済学者、ジョン・ヘリウェル氏と、同国アルバータ大学の経済学准教授、ハイファン・フアン氏は、2008年、英国学士院とケンブリッジ大学が刊行する『ブリティッシュ・ジャーナル・オブ・ポリティカルサイエンス』誌に、政治と幸福の関係についての論文を発表している。そこで、両氏は善政をしくことが人々の幸福に好影響を及ぼすと指摘している。

政治を行う上で、「幸福度」を取り入れる国が増えつつある。「ハピネス&ウェルビーイング・ムーブメント」が世界に広がってきているのだ。

ブータンが、「国民総幸福量」を基本方針に政治を行っていることはよく知られるところだ。2009年、フランスではサルコジ前大統領がGDP算出に「幸福度」を加味する提案を行った。それを受け、経済協力開発機構(OECD)は、人々の生活上のあらゆる側面から、暮らしの豊かさや幸福度を割り出す「より良い暮らし指標」を設定。2011年には国連が全加盟国に対し、経済社会開発の達成及び測定において、人々の「幸福」という観点を取り入れるよう一層努力するよう、総会で求めている。2016年には、アラブ首長国連邦で「幸福大臣」が誕生している。

今年初めに行われた世界経済フォーラム(WEF)の定例会議では、ニュージーランドが注目を浴びた。ジャシンダ・アーダーン首相が「ウェルビーイング・バジェット(幸福予算)」を5月に 発表するというのだ。国の財政運営への新しいアプローチで、過去にこのような政策が行われた試しはまだないそうだ。
アーダーン首相は「国の成功は、経済面からのみ測れるものではない」とし、予算の焦点を経済・財政政策のみでなく、他事項に拡大する予定だ。どの項目に取り組むかについては、財務省が独自に開発した「リビング・スタンダード・フレームワーク」をもとに、長期的に国民の生活水準を上げることが研究データによって裏付けられたものに絞った。

優先事項に挙げられているのは、「イノベーションの推進」「サステナブルで低炭素経済へ移行する企業などに対するサポート」「各方面で遅れを見せるマオリ系、南太平洋諸国系の国民の生活向上」「24歳以下を中心とした国民の精神衛生改善」「子どもの貧困を減らすこと、並びに家庭内暴力への取り組みを含め、子どもの幸福度のアップ」の5つだ。

予算申請のための手続きは、従来必要とされた費用便益分析だけでなく、国民にどのような影響を与え、それによりどのように国民の幸福度がアップするかについてを具体的に説明した概要の提出も要求される。

国民がウェルビーイング・バジェットの恩恵を長い年月にわたって受けるだろうと、アーダーン首相は信じている。そして、「思いやり、共感の念、幸福」というレンズを通して、政治を見ることの重要性を、世界に訴えている。

文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit

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