オランダは人口よりも自転車台数の多い、世界でもトップクラスの自転車大国だ。自転車専用レーンの整備や道路標識の設置など、オランダの自転車政策は多くの国のお手本となってきた。

そんな中、オランダ最大の都市アムステルダムは、2018年6月に「ジュニア自転車市長」に9歳の少女を任命し、さらに若い世代の目線から自転車政策を考えていこうとしている。アムステルダムが近年直面している課題や、次世代へ向けての自転車社会作りの動きに迫る。

人口よりも自転車の台数が多い自転車大国オランダ


赤っぽい部分が自転車専用レーン。オランダでは車道と歩道の間に自転車専用レーンがある(筆者撮影)

オランダでは自動車抑制策の一環として、1970年代から自転車の利用が推奨され、国や自治体による市街地整備や道路計画にも自転車政策が組み込まれてきた。その結果、現在では国内の多くの道路に自転車専用レーンが整備され、自動車や歩行者と交錯することなく走行できるようになっている。他にも駐輪場や自転車用標識の整備や、鉄道駅と連動した自転車レンタルシステムなど、オランダには世界から先進事例として参照されるような自転車利用促進の仕組みが整っている。

このような政策に加え、国土の大部分が平地であるという土地柄や、健康志向が強く運動好きという国民性もあり、オランダでは自転車が人々の生活に非常に身近なものとなっている。オランダの人口約1,700万人に対し、自転車保有台数は1,800万台以上と言われており、国民1人当たりにつき1.1台の自転車保有率は他の国を大きく引き離して世界1位だ。ちなみに日本の1人当たり自転車保有台数は0.67台で、世界的に見ても高い方だが(イギリス、アメリカ、中国は0.36~0.38台程度)、オランダはさらにその倍近い保有台数となっている。

オランダにおける自転車販売台数はここ10年弱減少傾向にあったが、2018年は電動自転車への買い替え需要の高まりに、暖冬をはじめサイクリングに適した気候条件が重なり、3年ぶりに100万台の大台を回復した。自転車販売総額は前年比25%増となり、初めて10億ユーロを超えるなど、オランダの自転車市場は活況を呈している。

9歳の目から見るアムステルダムの自転車問題とは


2022年までの任期でジュニア自転車市長に任命されたロッタ・クロックさん(BYCSより)

自転車先進国として世界の自転車政策をリードしてきたオランダだが、その最大の都市アムステルダムでは、昨年9歳の少女が「ジュニア自転車市長」に任命され、新たな動きが起こっている。

ジュニア自転車市長に選ばれたのはアムステルダムの小学校に通うロッタ・クロックさん。子どもを対象にした「アムステルダム市街地でのサイクリングの安全性を高め、自転車に乗ることをより楽しくするにはどうしたらよいか」というアイデアを競うコンテストで優勝し、ジュニア自転車市長に任命されたのだ。

彼女は「自動車」「スクーター」「観光客の乗る自転車」の3つが、アムステルダムで子どもが安全に自転車に乗る上での障害となっていると言う。「自動車はスペースを取りすぎるし、スクーターはスピードを出しすぎで轢かれそうになる。それから観光客の乗る自転車は蛇行運転をしたり、予想外のところで急停止したりしてとても危険」と子どもの視点から問題点を指摘する。

ロッタさんがコンテストに提出した「鉄道駅に設置されている自転車レンタルのシステムに、子ども用の自転車や二人乗り自転車を追加する」というアイデアは、早速実行に移されている。オランダ国鉄は、すでに彼女の祖父母宅の最寄り駅に子ども用自転車を用意しており、他の駅でも子ども用の自転車を設置するパイロットプログラムを検討中だ。

子どもの視点を入れることで、全世代に対応可能な自転車社会を実現


ジュニア自転車市長の取り組みについて紹介するビデオ

ロッタさんをジュニア自転車市長に任命したのは、アムステルダムに拠点を置くソーシャル・エンタープライズBYCSだ。彼らは行政などと連携し「自転車で都市を変える」をテーマに、世界中での自転車社会の普及に向けて活動している。

「大人」自転車市長としてBYCSで活動するカテリーナ・ベルマさんは、ジュニア自転車市長を任命し、子どもたちを巻き込む取り組みの意義について次のように語る。

「アムステルダムには200もの異なる文化的背景を持った人たちが住んでいます。その中には自転車に乗る習慣が全く無かったり、自転車を安全な移動手段として認識していないコミュニティも存在します。彼らの子ども達はバスで学校に通い、16歳になるとスクーターに乗り、大人になると自動車で会社に通うようになります。このようなコミュニティへ自転車を普及させるには、私が親世代に、ロッタが子ども世代に、両面から働きかけることが有効だと考えています」

ロッタさんはジュニア自転車市長としての活動に精力的に取り組んでおり、アムステルダム市長との面談も予定されている。そこで彼女は、子ども達が自転車の乗り方を習得するための「自転車公園」の設置を提案する予定だという。多くの子ども達は道路上で自転車に乗る練習をしているが、交通量の多い道端よりも、専用の練習場を使う方が、大人にとっても子どもにとっても安全で快適だろう。さらに自転車に乗る子ども達の三大脅威のひとつである「レンタサイクルに乗る観光客」に対して、オランダでの自転車ルールを教えるアプリの開発も提案する予定だ。

アムステルダムでの取り組みの成功によって、他の国でもジュニア自転車市長の任命を検討する動きが加速しているという。「9歳の子どもにとって快適な街ならば、それは88歳の高齢者にとっても快適なものになるはずです」とカテリーナさんが話すように、多様化する都市で幅広い世代やコミュニティにリーチする方法として、子どもの視点を借りるという今回の取り組みは、多くの国の街づくりの参考となりそうだ。

文:平島聡子
編集:岡徳之(Livit