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ヨーロッパの真ん中に位置する、産業大国ドイツ。
メルセデスベンツ、フォルクスワーゲンなど世界屈指の自動車メーカーを持つこの国は、国民の乗用車使用率が高い「車の国」とも言われている。それゆえ、自動車の排気ガスによる大気汚染、気候変動など、環境に多くの悪影響が及ぼされており、その改善を指摘されてきた。
そしてついに、2018年2月に新たな諮問機関 “National Platform Future of Mobility(NPM)” が設置され、サステイナブル・モビリティ(持続可能な移動社会)を目指して本腰を入れたと言える。
新機関が目指すもの
これまでは、ターゲットを電気自動車など狭い範囲に絞って議論を行ってきたが、今後は都市の交通機関全般にフォーカスし、議論していくという。
NPMは自動車による排気ガスを、1990年の値と比べて2030年までに40パーセントまで下げることを目標にしている。そのために、これまでの通り電気自動車使用を促進する他に、国民の公共交通機関の利用を増やすために新たな取り組みを行っている。
ベルリン市内の公共交通機関を無償化
公共交通機関を無料で利用できるようにして、これまでお金を払うことをためらって使わなかった人々に利用してもらえるようになれば、自動車の使用・自動車保有数が減り、排気ガスの削減、そして環境への悪影響も軽減されるという見通しである。
この大胆な試みは、エストニアのタリン、アメリカのシアトル、ルクセンブルクなどですでに実施されているという。ドイツ国内では、首都・ベルリンを始め、ボン、マンハイム、エッセンなどの北ドイツの数都市からトライアルを開始していく。
しかし、無償化を行うにあたっての懸念材料はもちろんある。
先述のシアトル、ルクセンブルクでのトライアルは失敗に終わってしまっている。例えば、ルクセンブルクは公共交通機関を利用するよりも、自家用車の方が安く済むというのが理由だった。ドイツは欧州連合(EU)圏内でも公共交通機関の料金が安いため、ルクセンブルクの失敗理由には当てはまらないだろうが、無償化を開始する前に、しっかりとした規定を設けることが重要視されている。
そして何よりも、どのように資金を得るのかという点を疑問視する声も多い。無償化によって公共交通機関の利用者が増えた場合、それに対応するために車両、従業員、線路・ルートを新たに確保する必要がある。「そのための数十億ユーロ(数千億円)の資金はどう確保するのか?」、この疑問に答えられるよう、財政面の管理・やりくりを明確化させることが課題である。
一方、無償化が行われ、国民の自動車使用率が低下した場合、自動車産業は打撃を受けることが予想されるが、ダイムラー社(メルセデスベンツ)やタイタンズ社(BMW)などは都市交通発展のための基金に2億5,000万ユーロ(約310億円)の寄付をすることに賛同したという。そして、今後は石油を燃料としないバッテリー自動車や電気自動車の製造にさらに力を入れていく予定でおり、公共交通機関と組み合わせて排気ガスの削減が期待される。
スニーカーが乗車券に? 若者向けのクールなキャンペーン
BVG(ベルリン市交通局)は、大手スポーツメーカー「アディダス」とコラボして、キャンペーンを行った。それは、180ユーロ(約22,000円)でオリジナルスニーカーを購入すれば、それが市内の公共交通機関の年間乗車券になるというものだ。
この驚きの情報を聞きつけ、2018年1月某日の朝、ベルリン市内の用品店「Overkill」の前には長蛇の列ができた。その中にはスニーカーのコレクターだけでなく、日々の交通費を安く抑えたい人々も足を運んでおり、「いつもとは違う顔ぶれだった」とOberkillの従業員は語った。
このスニーカーは、ベルリンを走る電車の座席カバーの模様と同じものをあしらったオリジナル・デザインだ。一足180ユーロで購入すれば、ベルリンの公共交通機関のゾーンA・Bで使用可能な年間乗車券と同じ役割を果たす。年間乗車券は一番安いモノでも728ユーロ(約90,000円)かかるため、出費を4分の1以下に抑えられ非常にお得である。
BVGがこのような意外なコラボレーションを行った背景には、もっと多くの若い世代に公共交通機関を利用してもらうよう促す狙いがあった。そこでスポーツメーカーとコラボしてクールさをアピールし、公共交通機関のイメージ刷新を目指したという。
また、BVGは企業のイメージアップのためにも、座席カバー柄の水着・乳児用のよだれかけ・ティーポットなどのグッズ販売、ツイッターなどのSNSを利用した情報発信など、新たな取り組みも行っている。特にツイッターでは、ドナルド・トランプ大統領を揶揄するような、交通局らしからぬ挑発的なツイートなども見受けられ、イメージ刷新への積極的な様子がうかがえる。
発売日にかけつけた人々の中には若い世代もおり、ある女子大学生は「アディダスの大ファンというわけではないけども、スニーカーが乗車券になるという発想はとてもクールだわ」と語った。
またルーマニア出身のデザイナーは「ベルリンという街が大好きで、ここに引っ越してきたんだよ。電車に乗るのも好きでね。出身地などは関係なく、シューズを履いていればそれが証明なるし、この街がどれだけ好きかということも表現できるだろう。このシューズを履いて、車内に車掌が来たときに見せるのが待ちきれないよ」と話し、若者の心も捉えているようである。
なお、このシューズが乗車券として効力を発揮するには、両足に履いていることが条件だという。バッグなどに入れている、片方を友人にあげるなどした場合は無効となる。
文:泉未来
編集:岡徳之(Livit)