何事にも多様性が重要視される現在、ビジネスにも働き方の変革が求められている。ビジネスパーソンは限られた時間のなかで効率化を行い、生産性を上げ、パフォーマンスを最大化させることが重要となる。
それを実現する1つの方法としてあげられるのは、“ZONE(ゾーン)”を作り出せるかどうか、ということかもしれない。集中力を最大限向上させることは、自分の高パフォーマンスにつながるからだ。
昨今では、集中力を高めることにフォーカスしたシェアオフィスもオープンしており、注目を集めている。パワースポットで録音した自然環境音を取り入れ、利用者が集中状態に入るのをサポートするのだ。
しかし、時と場合によっては働く環境を選べないこともあるだろう。だからこそ、ビジネスに最高に集中している状態や環境である“ZONE(ゾーン)”を自分の手でいつでも作り出せるようになる必要がある。
今回は“集中”することに長けているトップアスリートである、競泳の瀬戸大也選手の話から、ビジネスパーソンも実践できるような集中状態の作り方、結果を出すための考え方などを紐解いていこうと思う。
瀬戸選手は、小学生時代から全国大会に出場するなど、同世代を牽引する存在の一人として日本競泳界の第一線を走ってきた人物だ。数々の世界大会で金メダルを獲得しており、短水路200mバタフライでは世界記録(2019年4月4日現在)を保有する。
世界屈指のアスリートが行う集中方法やルーティン、マインドセットは、ビジネスで結果を出すための行動や考え方として応用できるヒントが多く隠されていた。
瀬戸選手の能力を引き出す集中方法
瀬戸選手にとって集中環境、つまりZONEとはどのような状態なのだろうか。
瀬戸選手(以下、敬称略):ZONEというのは、物事に最高に集中できている状態で、自身が最大限のパフォーマンスを発揮できる状況を指します。これまで高いパフォーマンを発揮してきたのは、常にZONEに入った時でした。
この状態になると、自分の感覚が全て思った通りになります。また自分の中に入り込むため、周囲の声が聞こえなくなることもあります。
瀬戸選手がこれまで築き上げてきた数々の結果は、研ぎ澄まされた集中環境から得られているようだ。では、結果を導いてくれるその状態を実現するのに必要なこととはなんなのだろうか。
瀬戸:自分が決めたルーティーンを一つひとつクリアし、目指すゴールに向けた波を作っていくことです。風が自分の方へと吹いている場合には、自然とZONEへ入ることもあります。もしそうでない時は、ルーティンやアイテムを活用することでその状態を作り出します。
実は今取り入れている、決勝のスタート前にコース台で手を3回叩く動作は、2015年に松田丈志選手(以下、丈志さん)のルーティンからいただきました。
瀬戸:自分は2015年、代表選考を兼ねた国内大会で丈志さんに勝ち、日本代表に入りました。これまで丈志さんが牽引されてきた200mバタフライという種目を「これからは自分が代表として世界と戦うんだ」という気持ちから、そのルーティンを使わせていただこうと思ったんです。
瀬戸選手は、尊敬する人の想いを受けつぐためにその人のルーティンを取り入れ、自身の型に昇華することで“モチベーション”や“戦う意思”をより強固で確かなものにした。ビジネスにおいても、目指す人や過去の成果の模倣から入り、自身のオリジナルに落とし込むという方法は定石であり、新しい成果を生むための近道だろう。
続けて、普段から取り入れているルーティンについても教えてくれた。
瀬戸:自分の中でルーティンはいくつかありますが、その中のひとつが“音楽を聴くこと”です。レース前の点呼をはじめ、最近ではプールに入る直前まで自身のお気に入りの音楽を聴いています。このヘッドホンのおかげで、試合開始直前まで集中力を高められます。どのような場面でも、音の力で最良のZONEへと導いてくれる、試合には欠かせないアイテムです。レース中に最高の集中状態を作るためにも、必要なルーティンの一つになっています。
BOSE QUIETCOMFORT 35 WIRELESS HEADPHONES II
彼がそう言って手にしたのが、日頃から愛用しているBOSEのワイヤレスヘッドホン、BOSE QUIETCOMFORT 35 WIRELESS HEADPHONES II(以下、QC35Ⅱ)だ。業界最高レベルの技術が生み出すノイズキャンセリング機能を持つ。周囲の環境ノイズをシャットダウンし、最高に集中できる環境をつくるサポートをしてくれる。ヘッドホンにあるボタンをONにした瞬間から、日常では経験できないような最高に集中できる世界を体感できるという。
瀬戸:アスリートと音楽には、密接な関係があると思います。集中環境を作り、ZONEに入るためにも、音楽を聴くことはアスリートの誰しもが大事にしていることではないでしょうか。自分の場合は、洋楽を聴くことが多いです。特にHIP-HOPやEBM(エレクトロニック・ボディ・ミュージック)系のジャンルを聴き、直前までテンションを高めています。
音楽も、集中環境を提供してくれるQC35Ⅱも、圧倒的なパフォーマンスを引き出すための大事な武器です。
アスリートが、音楽によって自身の能力を最大限引き出す可能性についてはさまざま言及されているが、科学的な検証については現在も研究中だ。
こうした研究のひとつとして、2018年にオクラホマ州立大学のスポーツ科学やコーチング科学を研究するチームが、自身のモチベーションを高める音楽を聴きながらランニングした場合と、聴かなかった場合のパフォーマンスの差異について発表している。
彼らは、自身がセレクトした音楽を聴いた場合の方が、運動中の辛さを表す自覚的運動強度を有意に低下させ、パフォーマンスを高める可能性があることを報告している。つまり、本研究のように音楽が集中を引き出す上で有用である可能性が科学的にも示されはじめたのだ。
根底でつながるアスリートとビジネスパーソンのマインドセット
常に会社やクライアントから、高い水準の売上や目標が与えられるビジネパーソン。それをクリアし、結果を出すためにはどんなマインドセットを持てるかということも重要なファクターとなりうる。
10代から世界の大舞台で戦い続ける瀬戸選手は、一体どのようなマインドセットで試合に臨み、自身を高め目標を達成してきたのか。
瀬戸:常にタイムなどの目標はありますが、そう簡単にはクリアできないし、いつも理想的な結果を出せるわけではありません。それでも成果を出したい試合でドーンと結果を出すため“ポジティブに考察する”ことが大事なんです。特に上手くいっていない時こそ「なにがダメだったか?」を見つけ、次の試合に活かすことを考えます。
2019年夏には、2020年に向けて避けては通れない世界大会が控えています。同大会で最高のパフォーマンスを発揮し、金メダルを獲得する事が今の目標です。2020年に向けたマイルストーンとして、2019年世界王者になるという1つのゴールを定め、目標タイムを算出しました。当日狙った成果を出すため、その試合に向けて自分を高めていく行動をそれまでの練習やレースへと落とし込み、日々実行しています。
もし仮に目標タイムを達成しなかったとしてもその結果をポジティブにとらえ、「この点はダメだったけれど、この部分では良かった。」「この試合の前半と前の試合の後半を足せば、目標タイムを達成する!」など、目指す大会で成果が得られるよう、試合に向けて色々と試行錯誤するんです。
目標を達成することが求められるビジネスの世界でも、結果が出ずに現実から目を背けたり、苦手な内容の業務を避けたくなったりする人は多いだろう。では、瀬戸選手の中には、そうした“弱みや苦手を持つ自分”はいないのだろうか。
瀬戸:正直言うと、自分も苦手から逃げてきました。しかし東京での大舞台が間近に迫っている中、とにかく後悔だけはしたくありません。
その状態で「どうしたら一番の夢である金メダルを取れるのか?」と考えました。その結論が、“苦手”をなくすこと。苦手と一言でいっても、レース時のモチベーション維持から普段のトレーニングまでその内容は様々です。
もともと物事に対して、「これで良いか」と思ってしまう節があったため、その時点の現状に満足してしまうという事が過去にはありました。
しかし、目標を達成するには苦手なことをひとつひとつ潰していくほかに近道はないという結論に至ってから、そのマインドは変わりました。
「ここまでは必ずやろう」と練習への意識を変えたり、練習の1時間前に来てストレッチや筋力補強トレーニングを入念に行ったりと、地道ではありますが、自分が苦手だと認識していることにしっかり向き合い、動作に落とし込むまでを意識し、行動しています。
瀬戸選手は着実に結果を出すためのマイルストーンを目標から逆算し、それを達成するため、“苦手”の解決を積み重ねているのだ。ビジネスパーソンであっても同じく、目標達成のための逆算の思考、課題に対するトライアンドエラーのアプローチは重要なファクターだ。
さらに苦手との向き合い方について瀬戸選手はこう続ける。
瀬戸:例えば「あー、ちょっと…」と思った時、「これが自分の苦手なものだ」と気がつけるようになりました。苦手なものから逃げ出しそうな時が、自分のプラスになる機会なんだと考えるようにしています。
人間は楽をしたくなる動物なので、どうしても楽な方向に流されやすい。しかしそうすると、自分が目指すような夢や目標の達成はありません。世界中のさまざまな人が目指す目標だからこそ、自分の苦手を潰していかなければいけないんです。
自身の目指す目標に対し、苦手分野を意識しながら着実に土台を固める、それが瀬戸選手のマインドセットだ。楽な方向に流されやすい自己を認識し、目標を忘れないよう常に自分を律しているということだろう。
失敗から学び、大舞台を見据えた選択と準備
そんな彼でもZONEを上手く作れなかったため、大舞台においてモチベーションコントロールができず、苦い経験をしたことがあるそうだ。
瀬戸:2016年に出場した世界的に大きな大会で決勝には勝ち進んだのですが、予選の時点で勢いにまかせたハイペースなレースを展開し、負荷をかけすぎたことが原因で決勝では片頭痛がある状態で臨まなくてはいけないことがありました。振り返ると、この時はいつものようにレース直前まで音楽を聴くというルーティンを行えていなかったんです。
瀬戸選手はこの失敗から得た学びを次のように続けた。
瀬戸:この試合から“ルーティンは崩したらまずい”と学びました。この時の試合運びは、これまでのトレーニングで一貫して意識してきた“決勝で全力を出し切る”ことを想定したものとは違うものでした。
では、なぜここまでの練習で積み重ねてきた戦術、つまり勝ちパターンを想定して練習していたルーティンをあえて崩し、その場の“勢い”で行こうと判断したのか。
それは、とにかく予選の段階から「自分は勝てる」というイメージを持ちたかったからなんです。勝負の波を引き寄せるために、あえて型を崩しました。しかし、そこが落とし穴でした。次の大きな大会に向けて、ここで得た学びを糧にトレーニング内容の修正とルーティンを崩さないような取り組みを行っています。
いつも通りに対応していれば問題がなかったことでも、普段とちょっと違う対応や行動をしたことが引き金となり、思いもよらない結果に陥ることは往々にして起こる。ビジネスに携わる人であればなおさら、このような経験は一度や二度ではないだろう。
結果に至るまでの行動や準備、それを実行するための環境形成、どれを取っても最良の成果を出すためには欠かせない。瀬戸選手も日常の準備やそれに向けたマインドセットの重要さについて認識している。
瀬戸:同じ失敗を繰り返さないためにも、日常の準備から変えて行く必要があります。目指すレースをイメージした上で、「そこに向けて、この試合はなにが必要なのか?」をまず考え、予選や決勝の泳ぎ方に落とし込んでいくんです。
とにかく今は来年の大舞台を見据え、どのようにしたら着実に成果を残せるかを先読みして考えるようにしています。
つまり、失敗から得た学びとして、事前準備とマインドセットの重要性を踏まえ、大きな目標を見据えながら日々の行動へと落とし込んでいるのだ。
失敗しない人間はいない。ただし自分ではなく、人の失敗からも学ぶことはできるし、その学びがその後の成果を左右する。日々の業務に忙殺され、自身の失敗を顧みることができないでいるビジネスパーソンにとっても、瀬戸選手の話からマインドセットの重要性を再認識できるのではないだろうか。
目標を達成するための集中環境とポジティブシンキング
瀬戸選手の話から、ZONEに入るための橋渡しとして音楽が有用であること、ZONEによるパフォーマンスの違いや出せる結果のギャップなど、ビジネスに当てはめて考えたときに、最高の成果を出すための重要な気づきをもらった。
最後に、ビジネスパーソンに向け、目標とその達成までの想いについてメッセージをお願いすると、「僕はビジネスパーソンではないんで、アドバイスは難しいですね」と答えながらも、笑顔だけれど真剣に、伝えたいマインドを話してくれた。
瀬戸:とにかく自分で目標を立てたら、そこへ向かってポジティブに走ってください。失敗したとしてもポジティブに捉えることにトライしてほしいと思います。
当たり前のことと感じるかもしれませんが、どのような壁に当たったとしてもポジティブであり続けるのは相当難しいことです。しかしポジティブに考え続けることがマインドセットをブレさせない一番の方法なんです。
追い風が吹いていないときこそ、ルーティンを着実にこなし、前を向いて歩いていく。そこで得られた結果を受け止め、課題があれば解決しながらマイルストーンを突破していく。今は結果が出ずに苦しかったとしても、最後は達成できると信じて一つひとつ進んでいくしかないんです。
ビジネスの世界で奮闘されている皆さんには、自身の目標が不可能なものだと思わず、成功させるための強いマインドセットを持ってほしいですね。
“ZONE”と“マインドセット”が生み出す成果
瀬戸選手は最高に集中している環境を作り出すためには、それに大きく影響する音楽の活用の仕方が重要になると述べていた。自身の集中環境であるZONEを生み出すルーティンを確立しているからこそ、ベストパフォーマンスを生むことができるのだろう。
行動に移すからこその瀬戸選手の結果とその過程は、マインドセットや環境づくりの重要性、そしてZONEを作り出すことがいかに成果に直結するか、と、ビジネスパーソンに対しても示唆に富んだものだった。
ビジネスパーソンには、どのような環境下にあったとしても常に成果が求められる。フィールドは違えど、結果を求めてNo.1を目指す姿勢はアスリートそのものだ。
瀬戸選手のようなきらびやかな活躍は難しいかもしれない。しかし、マインドセットやルーティンの模倣からのアウトプットは意味のあるものになるはずだ。 環境やフィールドが異なる若いアスリートの志に触れながら、互いに今、目の前にある目標に向かっていくことが重要なのだろう。
文:杉本 愛
撮影:古川 大輝