2015年12月に開催された気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)で採択された地球温暖化防止の国際的な枠組み「パリ協定」。

世界の平均気温上昇を1.5〜2度未満に抑制することを目標に定め、各国に温室効果ガス削減目標の作成とそのための対策を義務付けている。批准国は世界180カ国以上。

たとえば、日本は2030年までに2013年比で温室効果ガス排出量を26%削減。一方、欧州連合は2030年までに1990年比で40%の削減を目標に定めている。

パリ協定のもと各国では再生可能エネルギーの利用を増やすなど温室効果ガス削減のための取り組みが進められているが、気候変動や海面上昇などのリスクを低減するには、より厳しい目標を定める必要があるかもしれない。

英ガーディアン紙が伝えたところでは、2018年6月学術誌Nature Geoscienceに公表された論文で、気温上昇が2度未満であっても海面が6メートル以上も上昇する可能性が示されたのだ。

同論文では、過去数千〜数百万年前の温暖期の状態を分析。1〜2度の上昇によって、グリーンランドや南極の氷が溶け、海面は少なくとも6メートル上昇していたことが判明したという。

同論文に関わった研究者らは、1〜2度の気温上昇は一見小さな変化に見えるが、過去の温暖期にはさまざまな増幅効果をともない、現在使われている気候変動モデルでは予期できないようなことが起こっていたと指摘している。

このことは、温室効果ガス削減・脱炭素化の取り組みにおいて、より厳しい目標を定め・実行する必要性を示しているといえるだろう。

その先例を示すべく、2050年までに温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするという大胆な目標を定めた国が存在する。中米の小国コスタリカだ。

コスタリカの目標とアクションプラン

国土5万平方キロメートル、北はニカラグア、南はパナマと国境を接する中米コスタリカ。九州(面積、3万6,000平方キロ)より一回り大きな国土に人口約480万人が住んでいる。


コスタリカ首都サンホセ

2019年2月、このコスタリカが発表した新たな環境目標が世界を驚かせた。

その内容とは、温室効果ガス排出量を2035年までに、1940年代と同じ水準に下げ、さらに2050年までには排出量を実質ゼロにするというもの。そのためのアクションプランも作成されている。

ここまで詳細に練られた対策は前代未聞であり、コスタリカは排出量ゼロという期限付きの目標とそのためのアクションプランを定めた世界初の国になったといわれている。

アクションプランでは、交通、産業、廃棄物管理、農業の4セクターに渡り10の軸が設定されている。

同国で排出される温室効果ガスの60%を占める交通セクターでは、電気バスや電気自動車の導入により2035年までにバスとタクシーの70%を、2050年までに100%をゼロ排出にする計画だ。

また自家用車は、2035年までに25%を、2050年までに100%を電気自動車にシフトさせるという。

電気自動車の利用を促進するために、コスタリカ政府は電気自動車に対する減税などを定めた法案を可決。自動車輸入税の免除など、電気自動車購入者はいくつかの優遇措置を受けることができる。これにより電気自動車を増やしていく考えだ。

現在、同国歳入におけるガソリン税や自動車輸入税などガソリン自動車に関わる税収の割合は12%に上る。電気自動車にシフトしつつ、税収入を維持するためには、新しい税制が必要になるという。今後、環境税導入などが議論される予定だ。

温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするためには、それらを吸収する森林が必要になる。コスタリカは国土の半分以上が森林地区。この森林地区をさらに拡大していく計画という。

同国ではかつて森林伐採が進み、森林地区の割合を26%(1983年)にまで減らしてしまった過去がある。しかし、植樹や森林保護の取り組みを始め、いまでは50%以上に回復。この森林資源を生かしエコツーリズムを促進している。


国土の半分以上が森林で覆われているコスタリカ

電気に関して、現時点ですでに98%以上を再生可能エネルギーで賄っており、発電による温室効果ガスの排出は極めて少ない。2030年には100%に高める計画だ。

「革新的な国」中南米2位のコスタリカ

2050年までに完全な脱炭素化を目指すことを表明したコスタリカ。目標を達成するためには公共交通の電気シフトや電気自動車の普及に加え、先端テクノロジーの導入が不可欠と考えている。

コスタリカは中南米のなかでも、イノベーティブな国という評価がなされており、新しい技術を使った取り組みが普及しやすい環境になっているようだ。

世界知的所有権機関(WIPO)が発表している「グローバル・イノベーション指数」で、コスタリカは中南米のなかでチリに次いで2位にランクイン。

この指数は約80個の指標から構成されるもの(分析対象は128カ国)。構成指標のなかで、コスタリカが高く評価された項目は、教育支出、労働生産性、ICTサービス輸出、モノの創造的生産など。教育水準は高く、全体のなかでも18位に食い込んでいる。

このような環境下、テクノロジーや新しいアイデアを駆使して環境課題を解決しようという取り組みやスタートアップが多く誕生している。

GreenCloudは、電気や水の利用をトラッキングし、そのデータからエネルギー利用を最適化するオンライン・コンサルティングサービスを提供するスタートアップ。

排出量の算定・報告などのトレーニングも行っており、企業や組織において排出量の算定が求められるようになるなかで注目度が高まっている。

リサイクルを促進する仮想通貨の取り組み「Ecolones」も興味深い。環境を意味する「Eco」とコスタリカの通貨「colon」を組み合わせた造語。

リサイクル品と引き換えに、仮想通貨Ecoloneが付与され、その通貨を提携企業が提供する商品を購入する際に利用することができる。たとえば、ペットボトル1本は4Ecoloneと交換される。リワード商品には、財布やバッグなどが用意されている。

2050年までに排出量実質ゼロの達成を公言したコスタリカ。電気自動車の普及などで障壁は多く、この目標の実現可能性を懐疑的に見る専門家はいるようだ。

しかし、コスタリカの大胆な目標設定とアクションプランが他国に好影響を与えることは間違いないはず。世界中で脱炭素化の流れを加速させることができるのか、コスタリカの今後の動向に注目が集まる。

文:細谷元(Livit