肉も卵もチーズもこれからは「ラボ」で作られる。アメリカで広がるサステイナブルな ”プラントベース食” 文化とは?

「肉を摂らない食生活」と聞いて、どんなイメージを持つだろうか。肉が恋しくならないのか、食事がつまらなさそう、と考える人もいるかもしれない。

ベジタリアン(菜食主義者)の人がそんな食生活を送り始めるのには、それぞれにさまざまなきっかけがある。健康や宗教上のことを理由に始める人もいれば、もっとカジュアルな理由で実践する人もいる。

ベジタリアン大国であるアメリカで、最近増えているのが、肉も摂取するフレキシブルな菜食主義者「フレキシテリアン」。彼らが好んで口にするのが、植物由来の食品を中心とした食事法、いわゆる「プラントベース食」だ。

このプラントベース食、特にサステイナビリティー(持続可能性)を重視するミレニアル世代の間で人気が高まり、欧米ではそうしたメニューを提供するレストランが増えているというが、果たしてどのような食事か――。

アメリカのプラントベース食の最前線と、その人気の高まりの背景にある消費者を取り巻く環境をお伝えする。

肉、卵、チーズまでも「ラボ産」に

Gallapが2017年に行った調査によると、豆乳やアーモンドミルクといった牛乳の代替となるプラントベースな飲料のオプションは乳製品の売り上げの40%を占めており、プラントベース飲料はアメリカではすでにメジャーな存在だ。

このほか、肉に頼らない、タンパク質源となるプラントベースな食品へのニーズも年々高まっており、それを科学的に作る技術を開発したボストンベースのスタートアップ「Motif Ingredients」にも今注目が集まっている。

「本物の肉や魚に代わる、アニマルフリーな選択肢へのニーズが高まっているんです。」(Fast Companyの取材に対し、Motif Ingredientsの親会社でバイオテック企業「Ginko Bioworks」のCEOを務めるJason Kelly氏)。


Motif Ingredients公式Webサイトより

「プラントベース肉」が生産されるのは、牧場や精肉工場ではなく「ラボ(実験室)」。そしてその方法は、牛乳や卵の中に含まれるプロテインやビタミンなどに、人工的に作られたイースト菌やバクテリアを用いて培養する、ビールの製造過程に似たものだという。

しかし、その技術は、プロテインが他の物質と混ざりにくい性質を持つことから、資金力や技術力のある大手企業であっても実現が難しいとされてきた。

それを同社が実現したことで、今後他の企業も参入し、プラントベースのタンパク質をより安価で入手できるようになることが期待される。

前出のKelly氏は、「われわれのような多くのミレ二アル世代は、高い環境意識を持ち、フレキシテリアン人口も多い。より多くのプラントベース食を取り入れることで、ヘルシーで栄養価に富む食生活を送りたいし、また毎日の食事が地球にとってより影響の少ないものであってほしいとも思っている」と語った。

実際、もしも人間が2050年までに食事全体の肉の30%をプラントベース食に置き換えた場合、地球の平均気温の上昇を2℃抑えられる可能性があるという研究結果もある。

また、世界資源研究所の報告によると、同時期、世界人口が100億人に到達することで必要な食糧が現在より56%増加する。安定的に食糧を生産できる技術の早急な確立が求められていることも、プラントベース食への注目を高めている。

グーグルのカフェも実験、プラントベースであることが消費者に与えるインパクト

プラントベース食が環境に良いと知る人は増えているが、実際に外出先でメニューを選択する場面においては、その時の気分を優先するという人が大半だろう。

イギリスのスーパーマーケット「Stainbury」が2017年にある実験を行った。同店がベジタリアンソーセージとマッシュドポテトのメニューで、ソーセージを「ミートフリー」と表記したところ、消費者の反応が芳しくなかったという。

一方で「農場育ちのソーセージ」「(アメリカのメリーランド州にあるソーセージが有名な都市である)カンバーランド・スパイスのベジソーセージ」「美味しいほうのソーセージ」という表記を加えたところ、「カンバーランドスパイス」と表記した場合のみ、2カ月で76%、売り上げがアップしたそう。

この結果は、世界資源研究所の「Better Buying Lab(以下BBL)」部門が公表した、ベジタリアン向けマーケティング戦略の2つの原則が指摘するところとも重なる。

BLLは2年間に渡り、アメリカの大手ファストフード「Panera Bread」やGoogle本社のカフェテリアとパートナーを組み、メニュー表記がどのように消費者にインパクトを与え、どうすればより多くの人をプラントベース食に取り込めるか、調査を行ってきた。

BLLのダイレクターであるDaniel Vennard氏によると、その原則とは、① 多くの消費者は野菜のみの食事を味気ないと考え、「肉を排除する」という行為に目を向けたくないと考えており、② 企業はたとえ肉の入っていないメニューでも美味しく聞こえるようにネーミングする必要があるという。

「ヴィーガン」という表記だと、ヴィーガン層以外の消費者に自分には関係ないというイメージを植えつけ、「ベジタリアン」という表記もヘルシーだが退屈で物足りないイメージを与えてしまう。「ヘルシー」や「低カロリー」も、味を犠牲にしているのではと敬遠されがちなのだという。

アメリカでヘルシーなファーストフードの代名詞「Panera Bread」はプラントベース・メニューも豊富。しかし、確かにメニューからは「いかにも野菜」というイメージは湧かない(同社公式Webサイトより)

代わりに、先ほどの「カンバーランドスパイス」が好例であるように、消費者が想像しやすい味の特徴や由来にフォーカスした表記が好まれる傾向があり、「クリーミー」や「スパイシー」などの形容詞をつけることで肉メニュー同等の売り上げが期待できるようになるという。

企業やレストランはより多くの消費者を取り込めるよう、プラントベースメニューの表記にも配慮する必要がありそうだ。

大手企業が狙うのはフレキシテリアンの潜在需要


アメリカで人気の「Farms」のべジバーガー用パティー。「バーガーキング」のべジバーガーにも使用されていた(MorningStar Farms公式Webサイトより)

フレキシテリアンの持つプラントベース食への潜在需要を取り込むべく、大手企業も攻勢をかけている。

朝食用のシリアルなどで有名な食品大手「ケロッグ」を親会社に持ち、「ウォルマート」や「ターゲット」など巨大小売店に販売チャネルを持つ「MorningStar Farms」は昨年(2018年)、食にまつわるエクスペリエンスを提供するアプリ「Eatwith」とパートナーを組み、ニューヨークやロサンゼルスなど国内主要都市でプラントベース食を体験できるバーベキューパーティーを開催した。

同社による別のキャンペーン「THE VEG OF ALLEGIANCE™」では、人びとに毎日の食事の一部を野菜やプラントベース食に置き換えることを推奨した結果、2,000人以上が参加し、約12万食分の肉が置き換えられたという。

自身の子どもたちと参加したある女性は、「一週間のうち3食をプラントベース食に置き換えた。子どもたちの未来を良くする可能性のあることなら、どんなことだってトライする意味はあるでしょう」とコメントした。


THE VEG OF ALLEGIANCE™(MorningStar Farmsの公式ウェブサイトより)

ひと昔までは「野菜食」といえば、食事制限を設けている人向けの特別な選択肢というイメージが強かったが、今や、環境や人口問題などを解決へと導く地球上の誰もが関係しうるものでもあり、欧米ではオルタナティブではなく、メインストリームな食事法へと昇華されつつある。

今後はよりいっそう美味しく、そして安価なプラントベース食が拡充され、必要以上には肉を摂取せず、意識的にプラントベース食に置き換える風潮が高まっていくのではないだろうか。

文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit

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