美容業界の中で、小さなサイズの化粧品「ミニコスメ」が広がりつつある。小さいぶん価格が抑えられて手を出しやすく、衛生的に使い切ることができる点などが支持され、コスメ・美容の総合情報サイト「@cosme」が毎年発表している美容トレンドキーワードにも、2018年末ランクインした。
そんな時流の中で、ミニコスメ専門ブランド[em]が2019年2月に発表された。従来の半分以下のサイズの口紅を発表し、既に最初のロットが完売。今、人気を集めている。
[em]を発表したgracemodeの代表は、ミレニアル世代の福家みのり氏。新卒で起業した24歳だ。ミレニアル世代の起業家は、何を思い起業したのか?ミニコスメ市場の可能性とは? そんな福家氏のマインドに迫る。
好奇心旺盛な高校生が見つけた海外の小さなコスメ”
[em]は、一日に多くの予定をこなす現代女性のためのミニコスメ専門ブランド。従来のコスメの半分以下のサイズで、いつでも持ち歩き、素早く化粧直しできるようなシーンを想定して開発したとのこと。現在、親指サイズの口紅・全3色をオンラインショップで販売。2018年11月よりテスト販売を開始し、2019年2月に本格展開がスタートした。
img:全3色の口紅を展開している[em]
代表の福家氏は、どのようなきっかけでミニコスメと出会ったのだろうか。
福家:「祖父が化粧品の会社をやっていたため、子どもの頃からコスメは身近な存在でした。中学生時代からいろいろなコスメを持っていましたね。
高校生になるとみんなだいたいのブランドを知っているのですが、中学生の時から周りよりコスメに詳しかったので、友達が知らないコスメを見つけてくることに楽しさを感じ始めたんです。『みんなが知らないコスメを見つけたい』という思いから、誰も知らない海外のコスメに目を向けました。
その中で米国のコスメには小さいものが多い”という発見をしたんです。日本でミニコスメが注目され始めたのは最近ですが、米国では4〜5年前からすでに認知が広がっていると感じました。店舗の中にミニコスメのコーナーがあったり、複数のメーカーがミニコスメのラインアップを出したり。ミニコスメという市場が一定あるなということに気づいたのです」
それまで、ただコスメを楽しむ学生だった福家氏。ミニコスメというマーケットを発見することで、コスメをビジネスの視点から見るようになった。
「衛生面」と「持ち歩き」日本におけるミニコスメの可能性
市場調査会社 NPDグループの調査によると、米国ではミニサイズ化粧品の売り上げが、2015〜2017年の3年間で3倍に増加。古い化粧品を使い切る前に新しいものを試したいという女性たちのニーズをうまく拾い上げたのではないかという見解を示している。
福家氏も、日本におけるミニコスメの可能性を語る。
福家:「食品と同じで、コスメにも消費期限があります。薬事法でも『未開封の化粧品の消費期限は3年』で以降は販売できません。一般的に、開封済みのものは半年〜1年以内には使い切らないと、劣化が進んでしまうといわれています。特に口紅は毎日口につけるものなので、なるべく衛生面も気を使いたいですよね。
でも、既存のコスメは2〜3年で使い切れないことも多い。たいていの女性は、何年も同じ化粧品を使っています。私の周りでも、『コスメを使い切れないのがストレスになる』『1年以上使っていて衛生的じゃないと薄々感じつつ、捨てる理由もなくて使い続けている』という声がありました。
そういった実感に対して、今まで取り上げられていなかった消費期限があることを啓発したり、使い切れる量を訴求したりしていくことで、日本でも受け入れられるのではないかと考えていました」
また衛生面のみならず、持ち歩きやすさもミニコスメの大きなメリットだと福家さんは感じている。
福家:「既存の化粧品は大きくて、ポーチに入り切らなくなることがあるんですよね。この点では、米国よりも日本の方がミニコスメの需要が高いと予想しています。日本の女性は電車移動が多いので、駅や駅ビルのトイレで化粧直しをするシーンが多数見られますが、米国では日本よりも車で移動する人が多いんですよね。
米国の女性を見ていると、車に化粧ポーチを置いておいて、車の中で化粧直しをしているというパターンがあります。大きな化粧品を使っている人もいます。そんな米国でもミニコスメが認知されているならば、日本ではさらにチャンスがあるはずだと考えました」
福家氏は、既存のコスメでは持ち歩くには大きすぎ、消費期限内に使い切れないという課題があると分析。“ミニ”というコンセプトでコスメを作ろうと決意した。さらに近年は、カバンや財布も小さいサイズが流行。小型化のトレンドも追い風になると考えたという。
福家:「一定数荷物が小さいことをクールとする文化もでてきて、若い女性ほどそういう傾向があるんですよ。今は高校生や大学生にも、小さいカバンを持っている人が多いですね」
“背水の陣で挑む”。自らアクションを起こす起業家マインド
ミニコスメ市場に伸びしろがあると考えたとはいえ、大手化粧品会社に入社してブランドを立ち上げるという方法もあったのではないだろうか。なぜ、自分のブランドを立ち上げるという決断をしたのだろうか? その理由を福家氏はこう語る。
福家:「大手化粧品会社に行って、自分が先頭に立って大手の一ブランドを立ち上げるイメージができなかったんです。『今すぐやりたい』という思いが強くて。新人で入社してもすぐにブランドを立ち上げるのは難しいと思います。
ちょうどそのころコスメ・美容の総合情報サイト@cosmeのトレンドキーワードにも、ミニコスメがランクインしていたんですね。2年以内にブランドづくりをしないと競合が出てくるという直感がありました。追い風が吹いている今、ミニコスメ分野をけん引できるようなブランドを作ろう、という思いがあったんです」
起業の決意をしたのは、大学を卒業する直前だった。もらっていた内定も断り、半年〜1年の約束で働ける会社、仕事を見つけて並行して起業の準備を始めたという。どうしてそこまで自分を追い込めたのだろうか。
福家:「後に引けない状況をつくるのが大事だという考えがありました。考えているだけなら、いくらでも後に引けるし、全く違う分野に手を出すこともできますよね。だから、ミニコスメで起業するという思いが芽生えたときに、周囲の人に考えを伝えました。
もし、途中でブランドづくりを諦めてしまったら新卒で会社に入らず、キャリアも実績もない人材を雇ってもらうのは難しいと思うんです。ある程度キャリアがある人なら、途中でやめても周りから声を掛けてもらえると思うんですけれども。
逆に、逃げ道を自分でなくしたことがプラスになりました。この道を選んで、『絶対にいけるよ』と応援してくれる人の存在も励みになりました」
福家:「日本のコスメ市場を見ていて、ミニコスメがない未来はありえないと思っていました。ミニコスメがある程度存在感を持つ化粧品業界の姿が完全に見えていたので、動き方もイメージできていたんです。だから不安になるというよりは、『ここでやめて、誰かが違うタイミングでミニコスメに参入してきたときに絶対後悔する』という思いの方が強かったですね」
事業を思いついてから、発売までには1年半がかかった。容器を探し、メーカーを探し、サンプルをつくり…。発売までには膨大な時間がかかったという。
福家:「成分の勉強を始め、OEMメーカーの研究員や営業担当者とメールでやりとりしながら知識を深めていきました。化粧品が皮膚へ与えるリスクも考えつつ。色味を修正して数個サンプルを作り、開発・発表にこぎつけました」
多忙な女性たちにミニコスメを届けるために
2019年2月現在、広告や小売でのプロモーションは行っておらず、SNS、オンラインショップが販促活動の中心だという。
ミニサイズへのニーズがあるという実感があったとはいえ、現在では複数の化粧品会社がミニコスメブランドを出している。差別化についてはどう考えているのだろうか。
福家:「ミニコスメだけを展開しているブランドであることが、私たちの強みです。ミニコスメのほかに、普通サイズのコスメブランドを出している企業は、ミニコスメの衛生的なメリットを打ち出すプロモーションがしづらいと思います。
一方、ミニサイズのコスメだけを展開している弊社は、化粧品に消費期限があり、ミニサイズは衛生的にメリットがあるという訴求が可能です」
実際、化粧品には消費期限があるという情報はSNSでも反響が大きい。
福家:「『小さいサイズのコスメが衛生的』という情報は、多くの女性が薄々感じていたことだと思います。それをダイレクトに言葉にしたことで、人に語りたくなるような情報になったのではないでしょうか。[em]ブランドの『衛生面』と『持ち歩き』という二つの特徴の中でも、『衛生面』を押し出した方が差別化できると考えています」
そんな[em]のコンセプトが刺さる年代は幅広い、と福家氏は考える。
福家:「そもそも、ファッションと比べて化粧品は年代層の幅が広いんです。高校生と50代の人が同じブランドを好んで買っていることもあります。なので、年齢層よりもブランドイメージの方が重要になってきます。
[em]もターゲットを特定の年代に絞ることは考えていません。プロモーションの大きな位置を占めるSNSの特性上、購入する人は20代が多いんですけれども、インスタグラムの年齢層が上がる中で、40代のお客さまもいらっしゃいます。チャネルごとに見せ方を変えつつ、荷物が少なくなることに魅力を見出してくださる人や、日々の外出・予定が多い多忙な女性を想定して商品づくりをしていきたいです」
最後に、福家氏に今後の展開を伺った。
福家:「ECだけではなく、小売での展開もしていきたいと思っています。購入してくださったお客さまから『思ったよりも小さい』という声もいだたいており、ウェブ上で商品サイズをきちんと伝え切れていないという課題が背景にあります。
なので実際に手に取って、比較してみて納得して購入していただけるような取り組みを行っていきたいです。とはいえ、インターネットありきの意思決定が中心の時代ですので、SNSやECの強みを持ち展開していきたいと考えています」
今後、ファンデーションやチークなど、新商品も増やしていくとのこと。
「今後はラインアップも増やし、『[em]に行けばミニコスメがなんでもそろう』という立ち位置を取りにいきたいです。普段使っているコスメをどんどん小さくしていきたい」と笑う福家氏の笑顔が印象的だった。
取材・文:吉田瞳
写真:西村克也