増大する台風の脅威と沿岸都市のジレンマ、世界が注目するイスラエル発・環境テック企業ECOncreteの挑戦

2018年9月、大阪など近畿地区に上陸した台風21号。

関西空港では滑走路が浸水したほかタンカーが連絡橋に衝突、大阪市内では住宅の屋根が吹き飛ぶなど、甚大な被害をもたらした。京都大学の推計によると、場所によって最大瞬間風速は60〜70メートルに達したという。

同じ時期、フィリピンや香港では台風「山竹(Mangkhut)」が猛威を振るい、大きな爪痕を残した。山竹による経済損失額は、香港・中国で500億ドル(約5兆5,000億円)、フィリピンで200億ドル(約2兆2,000億円)に上ったともいわれている。


香港、山竹の影響で海岸に打ち上げられたクルーザー

このような状況を経験したり見聞きしたりすることで、年々台風の脅威が増大していると感じる人は多くなっているはずだ。その直感は間違っていない。

学術誌Nature Geoscienceで2016年9月に発表された論文によると、アジア太平洋地域において1977年から現在にかけて、台風の強さ(最大風速)が平均12〜15%高まったことが明らかになった。

台風の強さが15%高まった場合、その破壊力は50%も増加することになるという。また、最大風速59〜69メートルのカテゴリ4、70メートル以上のカテゴリ5の発生割合は2〜3倍増加している。

台風の強さが増大した理由として、海水温度の上昇が指摘されている。

同論文の共著者ウェイ・メイ氏は、これまでの海水温度の上昇が人的要因によるものなのか、自然サイクルの一環によるものなのかは断定できないとしつつ、この先さらなる温度上昇が続く場合、台風の脅威は一層増す可能性があると述べている。

台風が強くなることで懸念されるのが、沿岸都市での高潮による浸水被害。

この高潮による被害を防ぐために重要になるのが防波堤や波消しブロックだ。沿岸部にコンクリート製の壁とブロックを配置することで、高波や高潮による侵食や浸水被害を防ぐことが可能となる。

台風の脅威が増すことが見込まれるなか、沿岸都市は災害リスクを低減するために、さらなる防波堤の建設や波消しブロックの配置を行うことが求められる。

一方、コンクリート製の防波堤や波消しブロックを増やすことで、沿岸部の生態系に悪影響を与えてしまう可能性がある。

沿岸部に生息する動植物の多くは、海水を浄化したり、窒素や二酸化炭素などの温室効果ガスを吸収する役割を担っている。

台風の脅威の増大が海水温度の上昇に起因すると指摘されるなか、沿岸部の生態系を破壊することは、気温上昇を加速させることになってしまい、防波堤・波消しブロックの増設は徒労に終わってしまうことも考えられる。

沿岸都市はジレンマに直面しているといえるだろう。

コンクリートの新標準をつくるイスラエルのECOncrete

このジレンマを解消する方策の1つとして注目を集めているのが、イスラエル発の環境テック・スタートアップECOncreteが開発する次世代コンクリートだ。

2012年、当時テルアビブ大学で海洋学の博士課程に在籍していた女性、シムリット・パーコルフィンケル氏と生物学者のイド・セラ氏が設立した企業。

自身の研究などからコンクリートが沿岸部の生態系破壊の要因になっていることを突き止め、護岸だけでなく生態系保護にもつながる新しいコンクリート開発を開始した。

パーコルフィンケル氏によると、既存のコンクリートを使った波消しブロックなどは護岸の機能しか有しておらず、それらを利用した場合、在来の生態系は崩れてしまうという。

コンクリートの成分だけでなくデザインが大きな問題というのだ。そのような成分やデザインによって外来種の有害な動植物が生息しやすい環境を作り出してしまうという。


波消しブロック

この問題を解決するため、コンクリートの成分・質感・デザインを刷新する研究を進め、護岸機能に加え、生態系保護の機能を持ち合わせた新しいコンクリートの開発に成功した。

ECOncretが開発したコンクリートブロック(ECOncretウェブサイトより)

アジア太平洋地区と同様にハリケーンの脅威が増大する米国では、大手メディアがECOncreteを取り上げたことで注目が集まり、同社のプロダクトを使ったプロジェクトが数多く進められている。

ニューヨークのブルックリン・ブリッジ・パークでは、2013年頃に生態系を維持・強化するためにECOncreteの人工タイドプール(潮だまり)が導入された。これは干潮時の岩場に自然にできる潮だまりを再現するもので、沿岸動植物が繁殖する場として機能している。

一方、フロリダではECOncreteが開発した生態系保護マットが沿岸部の海底に設置されている。

米国だけでなく地元イスラエルやオランダ・ロッテルダムでも、ECOncreteのプロダクトを活用したプロジェクトが進められている。


ニューヨークのブルックリン・ブリッジ・パークに導入されたタイドプール(ECOncreteウェブサイトより)

コンクリート製造企業もECOncreteの技術に注目している。

米ミシガンのコンクリート会社BesserはECOncreteと共同で、次世代コンクリートを活用した新しいプロダクトの試験や製造を実施。また英国やオーストリアのコンクリート企業への販売契約を締結。大手コンクリート会社を巻き込み、スケールアップする途上にある。

米国ではカリフォルニア、フロリダ、ニューヨークに、このほかオランダ、スペイン、英国にオフィスを開設している。

ECOncreteの取り組みは国連でも話題となっている。国連持続可能な開発目標(SDGs)に関わる課題をビジネスを通じて解決しようとする女性起業家のビジネスコンペ「The WE Empower UN SDG Challenge」。

その第1回目が2018年8月に開催され、世界各国から5人の女性起業家が選出されたが、その1人にECOncreteの創業者パーコルフィンケル氏が選ばれた。

現在、ニューヨークでは「Living Breakwaters」と呼ばれる大型の護岸プロジェクトが進められている。その名の通り、生態系を守りつつ護岸能力を高めようというもの。ここでもECOncreteのプロダクトが活用されているという。

起業国家イスラエルでは、デジタルテクノロジーだけでなく環境テック分野でも有望なスタートアップが続々登場している。コンクリートの新しい標準をつくることができるのか、ECOncreteの躍進に期待したい。

文:細谷元(Livit

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