2016年米国大統領選でトランスヒューマニスト党候補として立候補したフューチャリスト、ゾルタン・イシュトヴァン氏。
英ガーディアンの取材で、医療技術の発達により人工臓器の利用が普及、2030年までに人間は「ボディーショップ」で身体の一部を簡単にアップグレードできるようになるだろうという未来予想を語っている。
日進月歩で進化する医療技術。現時点ですでに、イシュトヴァン氏の予想を実現するような研究結果が報告されており、そのような未来が実現する可能性が高まっている。
イスラエルで世界初、自己細胞で体外生成された骨の移植に成功
2019年1月、イスラエルでは体外で生成された骨を世界で初めて移植したダニー・ヤコブソン氏が、トライアスロンを完走するという快挙を達成し、地元メディアが大々的に報じている。
イスラエル在住のヤコブソン氏は2017年海外旅行中に交通事故に遭い、片足をすべて失いかけるケガを負った。
しかし、担当医に臨床試験中の再生医療技術で脚が元通りになる可能性を知らされ、その新しい技術の試験に参加することに同意した。
イスラエルのバイオテック企業Bonus BioGroupが開発する骨再生技術BonoFillだ。
これは患者の脂肪組織から骨を形成する骨芽細胞を抽出し、それを人間の体内環境を再現したバイオリアクターの中で培養、骨になった段階で患者の体内に移植するというもの。
Bonus BioGroupによると、骨の移植に関して、自己細胞を用いる方法はスタンダードになっているが、これまでの技術では骨の生成を患者の体内で行う必要があり、それは患者に多大な負担を強いるものだったという。
ヤコブソン氏の事例では、事故によって脛骨(すねの内側の細長い骨)が5センチほど損傷。その部分の骨をバイオリアクターで生成し、体内に移植する出術が実施された。
ヤコブソン氏は手術の3カ月後には歩けるようになっていたという。
自己細胞によって生成された骨であるため、拒絶反応はなくスムーズに身体の一部として定着した。
Bonus BioGroupによると、患者の体外で生成された身体組織を患者に移植した世界初の事例だという。
今回は骨であるが、自己細胞を使いさまざまな組織を体外で生成できる可能性を示す技術として注目を集めている。
ヤコブソン氏の脚の状態は回復しており、2019年1月イスラエルで開催されたトライアスロンの自転車部門で180キロのコースを走破し、骨移植の可能性を多くの人々に示すことになった。
BonoFill技術は現在も数人の患者の同意のもと臨床試験が実施されており、腕や太ももの骨の生成・移植を実施、患者の容態は回復状態に向かっているという。
Bonus BioGroupは今後、軟骨や脂肪といった組織の生成にも挑戦する計画だ。これらの組織は、医療だけでなくコスメ分野での利用も考えられている。
3Dプリント技術の進化、骨以外にも臓器を体外生成できる可能性
イシュトヴァン氏が描く未来予想を体現するのはBonus BioGroupだけではない。
英テレグラフ紙は2018年8月、米テキサス大学・メディカルブランチ(UTMB)のチームが動物実験で自己細胞を使った肺の体外生成と移植に成功したと伝え、英国で深刻化する臓器提供者不足問題の解決につながる可能性があると指摘している。
この実験では豚の自己細胞を使って肺の体外生成を行い、その肺を豚に移植した2週間後、肺に血管ネットワークが構築されたことが確認されたのだ。
肺のような複雑な臓器でも、自己細胞を使って体外生成し、人間にも移植できる可能性が示された格好となる。
UTMBの再生医療部門責任者ホアキン・コルティエラ氏は、5〜10年後にはこのような体外生成した肺が広く普及する可能性があると述べている。
現時点で肺を移植しようとした場合、臓器提供者が現れるのを待つ必要がある。英国では、臓器移植を待つ患者が7,000人おり、そのうち肺移植を必要としているのは350人いるという。
しかし、英国では高齢化や肥満人口の増加によって、臓器提供者が現れても臓器の健康状態が悪く、移植できない場合が増えているという。
このような社会的背景からも、自己細胞を使った臓器の生成・移植に向けられる期待は非常に大きいものとなっている。
UTMBの研究者らは、5〜10年後には末期患者を対象に同技術の臨床試験が実施できるようになるだろうと見込んでいる。
3Dプリンティング技術を応用し、組織・臓器の生成を試みるスタートアップも存在する。
サンフランシスコ発のPrellis Biologicsは、ホログラフィック・プリンティングと呼ばれる手法を応用し、組織・臓器生成で重要な役割を果たす毛細血管を作り出す技術を開発している。
この技術を活用することで、肺や腎臓なども生成することが可能となり、今後5年以内に3Dプリンターで生成した臓器の提供を計画しているという。
一方、スウェーデンのスタートアップCellinkは特殊ジェルと3Dプリンターを使い皮膚や耳などの組織のほか、ガン治療の実験向けにガン細胞を生成する技術を開発。
同社技術への需要は非常に高く、2年ほどで50カ国に拠点を広げ、従業員100人の規模に急成長。これまでに世界600カ所にラボを開設している。
イシュトヴァン氏が身体アップグレードが可能になると予想する2030年まで僅か10年ほどしかないが、現在の状況を鑑みると、この予想が実現する可能性は高いといえるのではないだろうか。
今後も同分野の技術進歩から目が離せない。
文:細谷元(Livit)