西ヨーロッパで最も肥満が多い国、イギリス。この社会問題は国民の健康だけでなく、財政をも苦しめる。イギリス政府は2018年6月、現在140万人いる2歳から15歳までの肥満児童を、2030年までに半減させる計画を発表した。すでに導入済の砂糖税に加え、未成年者へのエナジードリンク販売禁止や夜9時以降のジャンクフード広告を禁止、そしてレストラン、カフェ、持ち帰り店でもカロリー表示を義務づけなど、さらなる計画が検討されている。今回は、イギリスの肥満事情とその戦略を俯瞰する。
イギリスでは成人の4人に1人以上が肥満
2017年OECDから発表された「Obesity Update 2017」では、2015年のOECD加盟国全体全体で、成人人口の19.5%が肥満という結果が発表された。この割合は、日本が率い韓国も入る6%未満という数値から、アメリカが先導しニュージーランドやメキシコが続く30%以上までの範囲だ。オーストラリア、カナダ、チリ、南アフリカ、イギリスでは成人の4人に1人以上が肥満という結果となった。
OECDの予測では、少なくとも2030年まで肥満率は着実に増加していくということだ。 肥満レベルは、アメリカ、メキシコ、イギリスで特に高くなると予想され、人口の47%、39%、35%がそれぞれ2030年には肥満になるという、恐ろしい予測が出ている(下図)。
中でも人口の26.9%が、肥満の公式定義である30以上の肥満度指数を持つイギリスは、2017年の時点で西ヨーロッパで最も肥満が多い国だ。OECDのレポートは、1990年代以降イギリスの肥満は92%増加したと報告している。喫煙とともに、肥満は現代世界での死亡の主な要因の1つである。
肥満が影響を及ぼすのは国民の健康だけではない。この大問題は、NHS(National Health Service:医療保険サービス)を破産させる恐れがあることも示唆している。NHSはイギリス国営医療制度であり、未成年の医療は原則無料で、大人も薬代だけを負担する仕組みだ。世界肥満フォーラムは、効果的な政策が取られない限り、イギリスの肥満によって引き起こされる健康障害の治療費は、2025年には年間340億ドルに増加すると予測している。現在でも医療サービス予算のほぼ10分の1が糖尿病の治療に使われており、その大部分のケースが太り気味によって起こっている。そして糖分の過剰摂取は、虫歯などの歯科治療の原因だ。
イギリスが取り組む、アクションプラン
この課題を受け、イギリス政府は「2030年までに子どもの肥満人口を半分に削減する計画」を発表した。現在、イギリスでは2歳から15歳までの約140万人の子どもが肥満と見なされている。したがってこの野心的な目標を達成することは、約70万人の肥満児をなくすことを意味する。一晩では到底起こりえないこの変化を、あと11年でイギリス政府はどのように解決してくのだろうか。
まず始めに、2017年4月政府は子どもの肥満対策で清涼飲料に「砂糖税」導入した。子どもの肥満防止のため、糖分の多い清涼飲料への課税を導入し、児童の身体運動やバランスの良い食事を広める活動の財源にする計画だ。対象となるのは100ミリリットルあたりの砂糖含有量が5グラムを超える飲料。5グラムを超えた製品を販売する製造会社は1リットルあたり18ペンス、8グラム以上は1リットルにつき24ペンス税を納める義務がある。身近な例を言えば、コカ・コーラは100ミリリットルあたり砂糖10.6グラム含まれており、1本330ミリリットル缶では35グラム。これは砂糖税の上限の規定どころか、1日の許容摂取量(成人であれば 25グラム)を軽く超えている。
政府によると、国内の太り気味または肥満の子どもの糖分の摂取源は、清涼飲料が格段に多いという。砂糖税の導入は、食品・飲料メーカーに製品の糖分を減らすよう促すのが狙いだ。ミルクセーキやラテなどの牛乳ベースの飲み物も、製造者が砂糖の容量を減らせない場合は、砂糖税の対象となる可能性もある。ちなみに砂糖税は新しいものではなく、欧州でもベルギーやフランス、ハンガリー、フィンランドなど、その他アメリカやメキシコなどでも導入されている。
また、2018年後半から政府はさらなる肥満防止対策として、レッドブルやモンスターといったエナジードリンクの販売禁止を18歳未満を対象にする計画を進めている。Telegraph社によるとイギリスでは4人に1人の6〜9歳の小児がエナジードリンクを摂取しているというから驚きだ。清涼飲料水同等、エナジードリンクにも多量の砂糖が含まれている。それに加え、エナジードリンクには大量のカフェインも含まれており、過度の摂取は肥満、虫歯はもちろん、頭痛、睡眠障害の原因となるなど、子どもの健康への悪影響が問題視されている。
販売禁止制限を設けるのは、1リットルあたり150ミリグラム以上のカフェインが含まれるエナジードリンクだ。コカコーラ330ミリリットル缶に含まれるカフェインは32 mg、ダイエット・コーラは42 ミリグラムであるのに対し、一般的にエナジードリンク250ミリリットル缶には約80ミリグラムものカフェインが含まれている(下図)
コロンビア大学やスタンダード大学などで発表されている多くの研究では、睡眠不足は肥満につながるという結果が出ている。これは、睡眠不足になると食欲がわくホルモン「グレリン」の量が多く、食欲を抑えるホルモン「レプチン」の量が低くなるという科学的に証明された実験結果だ。エナジードリンクが子どもに与えるダブルの悪影響は否めない。
カロリー表示の義務化やその他の対策
このようにスーパーやコンビニなどで販売される食品・飲料品にカロリー表示は存在するが、外食先ではどうだろうか。それが今回議論されている、カロリー表示の義務化だ。政府は2018年後半からレストランやカフェ、ファストフード店、テイクアウェイ(持ち帰り店)のメニューに、カロリー表示を義務化させる新たな計画も検討している。
Telegraph社の記事によると、現代では子どもの5人に1人が外食をし、1970年代に育った子どもたちと比較し今日の子どもたちは少なくとも2倍の外食の機会があるそうだ。同紙上で、イギリス公衆衛生局の主任栄養士アリソン・テッドストーン博士は警鈴を鳴らす。
「外食は今や当たり前のことになっており、私たちはカロリーの約4分の1が外出先での食事、レストラン、持ち帰り用食品から摂取している。持ち帰りや外食は、もはやおやつにとどまらず日常生活の一部になっているが、多くの場合メニューには情報が無さすぎる。明確で目に見える情報は、我々が買っているものを理解し、健康的な選択をするのを助けるために極めて重要だ」。
社会保健省はメニューにカロリーが表示されれば、国民が自分自身や家族の健康を考えて食事を選択するようになると、カロリー表示の義務化に賛同している。その一方、財務省はカロリー表示の義務化は、国内2万6000店ある小さな個人飲食店に負担がかかりすぎるとも懸念している。カロリー計算に伴う費用、およびそれを反映させたメニューの印刷費などは個人飲食店にとって大きな出費になりうるため、新たな施策を取り入れた場合、個人飲食店には年平均500ポンドの負担が発生する見込みを算出している。これが経営の打撃とそれによる失業を招くと懸念し、政府の慎重な調査を希望していると、BBCの記事で伝えている。
その他のイギリス政府の対策として、午後9時以降のテレビでのジャンクフード広告の禁止、スーパーマーケットでレジ横のチョコレートやお菓子の撤廃がある。また、子どもたちに対する有害物を取り除くだけでなく、スポーツなど有益な活動も奨励されている。日々の「アクティブ・マイル」というイニシアティブもその一部だ。子どもたちが学校に徒歩や自転車で通うことを奨励するプロジェクトに62万ポンド、サイクリングトレーニングを支援するために100万ポンドの資金を調達する予定だ。その他、「健康的な朝食を取る会」なども奨励されている。
これら一連の対策は、間違いなく子どもたちをバランスの取れた健康的な食環境に移行させるのに役立つだろう。少々懸念や抵抗があったとしても長期的に見て、政府のこれらの大胆で野心的な計画は、健康的な選択をイギリスの消費者に届けるためには不可欠だろう。
文:米山怜子
編集:岡徳之(Livit)