渋滞緩和や、事故の減少など様々な利益をもたらすことが期待されている自動運転車。その実用化を心待ちにしている人も多いのではないだろうか。もはやサイエンスフィクションではなく、日本政府も東京オリンピック開催の2020年までに自動運転車を公道で走らせることを目標にかかげ、様々な施策を講じている。
各国も同様に自動運転車導入のスケジュールを示し、自国のテクノロジーをアピールしているが、実際にはそのレトリックとは異なり、導入の実現にはインフラ事情や法規制、消費者の受け入れなどが関わってくる。たとえ最先端のテクノロジーを誇る国であったとしても、実際に公道で自動運転車を活用できる段階までこぎつけるには、多くの困難が待ち受けているのだ。
オランダに本社を置く会計・監査・コンサルティングのグローバル企業KPMGは、2018年から年次レポートを発表し、どの国が自動運転車導入の実現に最も近いのかをランキング化している。
最新の2019年版レポートで1位となったのはオランダ。次いで、シンガポール、ノルウェー、米国、スウェーデン、フィンランドが続く。ランキング上位の国はなぜ高く評価されたのか、KPMGレポートをもとにその実態を探った。
自動運転車導入への準備状況を多角的に評価するKMPGレポート
今年からチェコ共和国、ハンガリー、フィンランド、イスラエル、ノルウェーが新しく調査対象に加えられ、合計25カ国を評価しているKPMGランキング。その算出に用いられる25の指標は4つの視点「政策と規制」「テクノロジーとイノベーション」「インフラ」「消費者の受け入れ」に分類され、「テクノロジー」以外にも評価の目を向けた包括的な調査となっている。
自動運転車の実現は、その社会的なメリットがまず目を惹くが、雇用をはじめとした各産業の未来に与える影響も大きく、各国政府、各業界はその動向に絶えず注意を払い続けている。たとえば、自動運転車が広まれば、飛行機や新幹線の利用者数、保険会社が扱う商品や価格などが大きな影響を受けるであろうし、交通外傷の患者減により、医療資源の配置にも影響が出るかもしれない。そのため、自動運転車をどの国がどのような形でいつ実現させるのかを調査したKPMGランキングは、初回となる昨年のレポートから大きな注目を集めてきた。
最新の2019年のランキング結果を概観すると、特に目立ったのが、物流トラックの無人化を着実に進める2年連続1位のオランダ、そして信号機や高層ビル群、熱帯雨林気候によるスコールまで再現したテストタウンを創り上げたシンガポールだ。
法・インフラ整備を順調に進めるランキング上位諸国
2年連続世界をリードするオランダ
自動運転車社会の実現に最も近い国と評価されたオランダは、「テクノロジー」でこそ10位ではあったが、「インフラ」で1位、「消費者の受け入れ」が2位、「政策と規制」が5位など、自動運転車受け入れ環境が全体的に整っている点が特徴だ。
しかし、サイクリストが多く、道が混みあっているオランダは、もとから自動運転車に向いた国だったというわけではない。特に首都アムステルダムは人間の数よりサイクリストが多いとも言われる。サイクリストは、サイズも速度も多様で、交通ルールの順守の度合いにもバラつきがあるため、現在の自動運転車技術では安全面で十分な対策が困難だ。
そんな中で1位となったのは、都市部よりまずは長距離運輸での活用を目指すという現実的な路線に向けて、着実なアクションを重ねているからだ。
ドイツ、ベルギーとの協力のもと、先導する1台の有人運転車とWi-Fi接続された後続の複数の自動運転トラックが、先頭車に合わせてブレーキや加速などの操作を行い、夜間自動運転するという計画の実現を目指し、昨年には遠距離モニター付きでの公道での無人試験運転を可能にする法律が承認されただけでなく、5G接続、電気自動車(EV)チャージングステーションなどインフラの整備も着々と進められている。
オランダに続くのが、近年アジアをリードするシンガポール。「テクノロジー」の評価こそ15位とそれほど高くないものの、「政策と規制」と「消費者の受容」で1位、「インフラ」で2位と、国、そして市民の自動運転車受け入れ態勢が共に整っていることが評価された。
南洋工科大に設けられた研究拠点は2万平方メートルのテスト用ミニタウンを併設し、今年はそのテスト結果に基づいて政府が迅速に法制度の整備を進める予定となっている。自動運転車は市民の足として公共交通に活用される計画で、大学構内での運行の他、2022年までには、中心部から離れた住宅街3カ所で、オフピーク、オンデマンド通勤での定期運行を目指す。
住宅街での実用化には市民の理解と協力が不可欠だが、国土が小さいため、多くの国民が自動運転車のテストを実際に目にしていること、また車にかかる税金が高いことなどが、自動運転車の受容レベルトップの評価につながっていた。
3位に続くのは今年、鉱石運搬トラックの完全無人化を予定するノルウェーだ。テクノロジー面で世界トップクラスであることに加え、昨年公道でのテストが合法化されるなど、着実な法整備が評価された。加えて、EV首都とも呼ばれるノルウェーは、EVのマーケットシェアが49.1%に達しており、チャージングステーションなどインフラがすでに整備されていることも、自動運転の実現をより現実的なものとしている。
北欧諸国は、最新のテクノロジーへのアクセスと国民の受け入れが良く、政府の法整備も着実に進んでいるというバランスの良さで、5位にスウェーデン、6位にフィンランドもランクインしている。
世界的に有名なテクノロジー企業を多く有し、全世界から資金や人材が集まるアメリカは意外ともいえる4位だった。いくつかの先進的な州が協力し法規制、インフラの整備を進めているが、国全体で統一した取り組みがまだ不足している点が上位3カ国より評価を下げた。また昨年のウーバーテクノロジーズによる初の自動運転車による死亡事故が、安全性への国民の信頼に与えた影響も無視できない。
包括的な取り組みが求められる日本のAV導入
オリンピックに向け、自動運転車導入の様々な試みを急ピッチで進める日本は、昨年よりひとつ順位を上げ10位という結果となった。日本のテクノロジーとインフラは高く評価されていたが、硬直的な規制や利益団体の抵抗に加え、消費者の受け入れが順位を下げた。
東京オリンピックに向けて自動運転車導入を目指す日本
ランキング上位の国に共通していたのは、現実的な自動運転車活用の方向性を具体的に定め、その実現に向けて、着実に法・インフラ整備を進めている点だ。
オランダ、シンガポールは、実は「テクノロジー・イノベーション」の評価は日本よりも低い。しかし、国全体が一丸となって、具体的な自動運転車活用シーンを想定したプロジェクトを多角的に推進していることで、それぞれサイクリストの多さ、亜熱帯性気候によるスコールなど独自の課題を抱えてはいるものの、1位・2位と高い評価を受けていた。
日本において、様々な省庁が関わる自動運転車導入の「政策と規制」の調整は大変困難であろうことが想像される。しかし、かつてない速度で高齢化が進み、特に高齢者のモビリティ、また高齢ドライバーによる事故への対応策として期待されている自動運転が、オリンピックが来年に迫った今、日本でも着実な歩みを進めることが期待される。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)