スポーツ科学人材の需要が高まる「意外な背景」〜求められるスキル、世界大学ランキングの結果は?

近年プロスポーツの多様化が進んでいる。2020年の東京オリンピックを目前に新種目が認定され、また昨年の冬季オリンピックでは今までになかった競技を目にした記憶も新しい。こうしたスポーツ界の拡大傾向とともに、注目されているのが「スポーツ科学」だ。

学術観点からのスポーツ

スポーツ科学とはいったい何か。体育学はもとより、スポーツ心理学、生理学、バイオ科学、栄養学に加えて、ビジネスマネジメントスキルなど、多角的な知識が必要な総合学術である。

スポーツ科学が目指すのは、スポーツ選手のコンディションを科学的にマネジメントすること。つまり、運動と身体の関係を科学的に把握し、分析結果をもとにより効果的なトレーニングや生活習慣、休息を提案。アスリートのパフォーマンス向上を最終的に目指している。

スポーツ科学を学問として提唱したのは、18世紀末のフランスやドイツの学者だと言われている。日本ではまだ新しい課程のイメージがあるが、欧米諸国の大学では既存の学部。それでも近年、急速にスポーツ科学部への入学希望者が増えているそうだ。

近年プロアスリートだけでなく、アマチュア層のエクササイズやトレーニングに対する関心が高まり、メソッドにも変化が出始めている。また、市民マラソンの隆盛に見られるような、アマチュアスポーツへの参加も世界的に拡大。今やスポーツはプロになるか、観戦する側になるのかの二択だけではなくなりつつあるからではないだろうか。

スポーツ科学はこうした時代の流れと共に需要が高まり、新しい研究成果が次々と発表されている注目の分野。新しい進路の選択肢として人気が高まっているのは、卒業後のキャリアの可能性の幅が広がっているからという理由もありそうだ。


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身近なスポーツ科学

スポーツ科学は意外と身近にある。今話題の「筋肉体操」。テレビで指導しているのは、筋生理学とトレーニング科学が専門の大学准教授だ。筋肉の仕組みとトレーニングを科学的に研究している先生が、家庭で簡単に、たった5分で効果が出るトレーニングを教えてくれるというわけで、なるほど説得力がある。

また、スロートレーニング、ゼロトレ、○○式トレーニングなど、次々と話題に上るダイエットやトレーニング方法も何らかの科学的分析、理論に基づいているから効果がある。街でスポーツのケガ治療やアスリートに特化していると謳う整骨院やマッサージ店を見かけることもあるだろう。これも身近にあるスポーツ科学だ。

専門技術と心理学

生体力学やパフォーマンスの分析も欠かせない分野だ。スキージャンプで一番飛距離の伸びる身体の角度を分析したり、水泳で最も水の抵抗を受けない手足の動かし方、スクワットをする際に膝を傷めない角度の研究などが、生体力学の一部。

パフォーマンス分析は、ラグビーやアメリカンフットボールなどの試合を科学的アプローチで分析するもの。どちらもスポーツ科学を構成する学問の一つだ。もちろん、プロスポーツ選手ならではの天性の才能や、センスもある。しかしながらコンマ01秒の優位性を競うようになった現在の競技では、科学的な分析が不可欠となりつつある。

同時に重要なのがメンタルのサポート、スポーツ心理学だ。大昔の日本のスポーツ界では、メンタルはひとくくりに「根性」で語られることが少なくなかったが、時代は大きく変わっている。

最近、世界ランキングでナンバーワンの座を獲得した、テニスの大阪なおみ選手が「メンタル面で成長した」ことが優勝のカギであったと話題になった。コーチが試合中にも選手のもとへ駆けつけ、声をかけて励ます場面など、精神的支えや鼓舞が試合結果にどれほどの影響を及ぼしているか、改めて気づかされたきっかけでもあった。

大会前、試合前後、それに万が一故障した場合でのアスリートの心理を理解し、サポートすることもパフォーマンス向上の要。サッカーや野球などのチームスポーツでは、チーム全員の気持ちを一つにする方法や、士気を高めつつ気持ちを持続させる手法、選手同士の気持ちの関係性なども、立派なスポーツ科学の一部、スポーツ心理学だ。


Wikimediaより

ビジネスとしてのスポーツ

スポーツ科学で忘れてならないのが、スポーツマネジメントの分野だ。スポーツをビジネスの側面からとらえるのだ。例えば、大会開催を手掛け、イベントを計画し、客に喜んでもらえる企画運営を行うのがスポーツマネジメント。アスリートのコンディションを考慮しながら、なおかつ最大の収益が出るような計算式の知識も必要だ。

アスリート個人のマネジメントもしかり。出場試合スケジュールの調整やスポンサー契約、PR活動など、スポーツに関連するビジネスがますます活発になる現代において、チャンスは無限だ。

スポーツ科学専攻者の進路、就職先

スポーツが好きだからと言って、誰もがその競技のプロになれるとは限らない。また、プレーする側ではなく、もともと試合を見るのが好きだという人も少なくない。スポーツ科学をもってすれば、様々な形でアスリートを支え、自ら活躍できるチャンスが生まれるし、何よりもスポーツに携わる仕事ができるという喜びが大きなモチベーションになる。

プロスポーツチームのマネジメントを担当や、チームドクターのサポート、科学的分析コーチとしてのチーム入りも夢ではない。試合現場以外でも、栄養士やメディカルスタッフ、マッサージや整体師としてアスリートの身体作りに貢献できる。スポーツクラブという選択肢もある。クラブの運営やトレーニングの指導員として、その知識が大いに生かされるであろう。

たとえ華々しい競技人生や過去の栄光がなくても、運動が苦手でもスポーツそのものに携わる仕事ができるのだ。スポーツ科学を専攻した学生の進路は実に多岐にわたる。


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世界の大学ランキング

現在の学問としてのスポーツ科学は、欧米の大学がけん引している。CEOWORLD magazine社による2018年世界大学ランキングのスポーツ科学部門では、1位と3位をオーストラリアの大学が占め、2位はノルウェーとなっている。

トップ20以内にはオーストラリアとイギリスの大学がそれぞれ3校ずつ、アメリカの大学は2校ランクイン。その他は欧州の大学で占められている。日本は早稲田大学が71位、筑波大学が99位と、まだまだ伸びしろがありそうだ。

国際化と高齢化に伴い増える需要

海外進出や世界の距離がますます縮まる時代の中で、いまや国際的に活躍する日本人アスリートが増加している。プロの選手が日本を離れ、海外に拠点を置く理由は、現地の気候が良いせいだけでもトレーニングの設備が完備されているからだけでもない。科学的分析に基づいたスポーツを専門とするコーチやトレーナー、サポートスタッフ人材が豊富だからだ。

また、スポーツ科学は、プロのアスリートだけのものではない。健康意識の高い人や、自主的に体を鍛えている人たちにも有用な、研究成果や知識がある。急速に高齢化社会が進む中で、いかに健康に年を取るかがテーマとなってきている現代。より健康な社会づくりのためにもスポーツ科学の、なかでも栄養学や中高年でも取り入れやすいトレーニング、筋肉の体操といった分野の研究が大いに役に立つはずだ。

今後日本でもスポーツ科学の学術が発展していけば、国内で優秀な人材が確保できることに疑いはない。そうなれば、日本のアスリートたちも住み慣れた国内のトレーニングで成績の向上が望めることになるだろう。さらには、日本のスポーツ科学技術を求めて、海外から優秀な選手が日本を拠点を置く日も来ることになりそうだ。

高齢化と国際化の社会に意外な力を発揮しそうなスポーツ科学、ますます注目の分野である。

文:伊勢本ゆかり
編集:岡徳之(Livit

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