インターネット上に自分の顔写真(セルフィー)をアップロードすることがますますポピュラーになっている昨今。
Google Photosによると、2016年には2億人が240億枚のセルフィーを同アプリにポストしたという。またインスタグラム上の「#selfies」タグは約4億枚投稿、日本語の「#自撮り」も約200万枚投稿と一部の層にとって自身の写真を他人に公開することが日常になっていることがわかる。
しかしこのブームが今、「若年層の整形手術」を助長しているとして米国の医師団体が警鐘を鳴らしている。本稿では同国のティーンの間で増える整形手術と、その背景にあるセルフィー文化の盛り上がりについて考察する。
「完璧な別の自分」が加工アプリで簡単に手に入る
インスタグラムのセルフィー用人気ハッシュタグ「#nomakeup」「#Iwokeuplikethis」(日本語だと「#すっぴん」や「#寝起き」)を覗いてみると、「セルフィー文化」が一目でわかる。
投稿された写真の多くがメイクアップなしと言いながらばっちりフィルター加工されているものがほとんどで、細くシェイプアップされた輪郭や陶器のように透き通る肌に加工された女性の写真がずらりと並ぶ。
一見不自然なそうした写真も、投稿している本人たちからすると、これこそが「リアルな自分」と考える人が増えており、リアルと現実の境目がわからなくなるSNSユーザーが近年増加傾向にあるのだと、米国医師会は発表した。
多くのZ世代やミレ二アル世代が利用するインスタグラムやスナップチャット、スマホの画像加工アプリを使えば、誰でもプロ並みの加工ができてしまう。画像加工アプリの「Facetune」が2017年にApp Storeで最もダウンロードされた有料アプリ(480円)だったという事実も、いかに画像加工がSNSユーザーにとって身近なものかを示している。
自動で目が大きくなり、おまけに猫の鼻やひげもつくインスタグラムの写真機能。アリアナ・グランデなどセレブも好んで利用している。
米国のティーンに絶大な人気を誇るセレブリティーであるカイリー・ジェンナーやセレーナ・ゴメス、アリアナ・グランデなどのSNS投稿を見ても、顔をメインとしたセルフィーはもちろんボディーラインを強調した写真も多い。
彼女たちのようにスマホで数タップで手に入れられる美しさは、レーザーによるシミ消しやボトックスによるしわ除去など、いわゆる「整形手術」で伴う痛みや費用、ダウンタイムとは無縁だ。
そうした手軽さに加え、彼女たちがそれを「美しさ」だと捉え、発信しているという事実が、SNSユーザーの加工に対する後ろめたさを打ち消しているのかもしれない。
メイクアップアーティストのハン・ヴァンゴのツイッターに投稿されたセレーナ・ゴメス(左)とカイリー・ジェンナー(右)の写真。どちらも左下の背景に歪みが見られることから写真の加工が発覚した
(左:ハン・ヴァンゴ公式ツイッターより、右:カイリー・ジェンナー公式インスタグラムより)
若年層の整形手術、なりたいのは「セルフィーの自分」
米国形成外科学会(American Society of Plastic Surgeons)の報告では2017年、13~19歳の22万人が整形手術を受けた。これは患者全体の数パーセントではあるが、その数は年々増加傾向にあるという。
さらに形成外科・美容外科医から構成される米国の学会、American Academy of Facial Plastic and Reconstructive Surgery (以下AAFPRS)によると2018年、72%の医師がミレ二アル世代の施術が近年増えているとしており、その割合は2017年から24%も上昇。このような若年層患者の増加を助長しているのがセルフィーの流行だとも指摘し、このブームに警鐘を鳴らしている。
また2018年末に発行された米国医師会の会報に寄せられたボストン大学の研究チームのレポートには、ひと昔だと整形手術の際に有名女優やモデルなどのようになりたいとリクエストする患者が多かったのに対し、2015年頃からセルフィーで映える「ぷっくりした唇と大きな目、すっきりとした鼻」や「セルフィーで『盛れた』ときの自分」になりたいというリクエストが増えていると記されている。
またAAFPRSが行った別の調査では、55%の患者が整形手術を受ける一番の理由としてセルフィーの写りをよくするためだと答え、その数値は2016年から2017年にかけて13%増加したという。この現象は、昨年2018年にイギリスの形成外科医が「スナップチャット異形症」と命名して以降、メディアなどで多く取り上げられ、社会的に注目されることとなった。
身体醜形障害を引き起こすリスクも
セルフィーがユーザーの精神にも悪影響を及ぼすという研究発表も出ている。
ニューヨーク州のワイル・コーネル・メディカル・カレッジで精神医学の教鞭を執る医師のキャサリーン・フィリップス氏は、セルフィーが人の自己肯定感を下げる危険性に加えて、もともと自分の容姿に満足していない人がセルフィーにハマるとその不満を増幅させるリスクが高いとし、結果、自分の身体や美醜に極度にこだわる「身体醜形障害」を引き起こす可能性がある点を強く指摘している。
醜形恐怖症の人は全体の2%ほどだといわれているが、その多くは10代や思春期に発症し、スナップチャットやインスタグラムのメインユーザー層と重なる。
さらには、スタンフォード大学とニュージャージー州にあるラトガース・メディカル・スクールの研究者たちが、2018年に米国医学学会の会報に掲載した記事によると、スマホで顔から約30㎝離してセルフィーを撮った時、男性は30%、女性は26%鼻が大きく写るという。1.5m離れて撮った場合には鼻の膨張は見られないとのこと。われわれがセルフィーを通して見ている自分は、リアルな自分ではないことがわかる。
SNSで容姿を誉められたりフォロワーが増えていくことに快感を覚え、「いいね」の数=自分の価値だと捉えてしまう感覚は、SNSが当たり前に浸透したデジタルネイティブ世代ならではだろう。
ボストン大学のコスメティック・レーザー・センターで勤務する医師ニーラム・バーシ氏は、「人に美しく思われたいのはごく自然なことですが、私はSNSによって美しさの定義が非現実的なものになってきていると感じる」とWeb MDに語った。
一方で、女優のゼンデイヤや歌手のカーディ・Bなどは、SNSに素顔で(おそらく)加工なしの写真を投稿することで知られる。ゼンデイヤのインスタグラムのフォロワーは5,400万人、カーディ・B氏も4,000万人のフォロワーを擁し、どちらも米国のティーンに絶大な影響力を持つ。
両人とも多くはゴージャスなメイクアップが定番だが、時折投稿される素顔の写真に対して「美しい」「化粧いらずだ」などのメッセージがコメント欄に溢れる。
ゼンデイヤ(上)、グウィネス・パルトロー(下)のナチュラルな素顔の投稿
(ともに公式インスタグラムより)
化粧品ブランド「Goop」の創始者でもあり女優のグウィネス・パルトローもナチュラルなセルフィーの常連だ。50歳を目前に控え、当然ある顔の皺を隠すことなく満面の笑みを浮かべているものも多く、その自然体の美しさにファンからも称賛の声が相次ぐ。
彼女たちのように今後より多くの著名人たちが、ありのままの素顔、「加工なしの美」を世間に披露することで、「完璧なんてない。美しさとは人工的に作られたものでない」というメッセージを発信してくれれば、と願う。
文:橋本沙織
編集:岡徳之(Livit)