米国立衛生統計センターによると、米国では1日あたり8,400万人以上がハンバーガーなどのファーストフードを食べている。
手軽で、安く、さまざまな場所に店舗があるアクセスの良さが多くの人々を惹きつけている。たとえば、マクドナルドは世界中で3万7,000以上、KFCは2万以上、バーガーキングは1万6,000以上の店舗を展開している。
これらの数字を鑑みると、消費される牛肉、豚肉、鶏肉の量が膨大になることは想像に難くない。
世界人口は現在も増加しており、人口増にともないファーストフードの消費が増えることも容易に想像できるだろう。
しかし、このペースで食肉消費が増加した場合、畜産業による土壌・水質汚染や温室効果ガス排出が一層深刻化する可能性が指摘されており、早急な対策が求められている。
これまで環境対策への取り組みが遅いと批判されてきたファーストフード業界だが、このほど資産運用総額6兆5,000億ドル(約700兆円)に上る投資家グループがファーストフード大手に対して温室効果ガス削減の取り組みに注力すべきと勧告。
影響力の大きな投資家グループによる勧告がファーストフード業界の取り組みをどのように変えるのか、大きな関心が寄せられている。
運用資産額数十兆円規模の機関投資家による環境グループ「FAIRR」
今回、ファーストフード大手に勧告したのは「Farm Animal Investment Risk and Return(FAIRR)」。環境非営利団体「CERES」と共同で、ファーストフード大手に対し、温室効果ガス削減に向けて明確な目標を定め、具体的な施策を勧告する書簡を公開した。
対象となるのは、マクドナルド、KFC、バーガーキングなどのファーストフード大手だ。
この勧告では80以上の機関投資家が名を連ねており、その多くが数千億〜数十兆円の資産を運用する大手機関投資家だ。
たとえば、カナダ・モントリオール銀行を母体とするBMOグローバル・アセット・マネジメントの運用資産額は2,580億ドル(約28兆円)。英国拠点のAvivaは3500億ポンド(約50兆円)、Aegon Asset Managementは3,250億ユーロ(約40兆円)など。
今回の勧告で連名した機関投資家の資産運用総額は6兆5,000億ドル(約700兆円)に上る。
英ガーディアン紙によると、Aegon Asset Managementのヘイク・コッセ氏は、パリ協定で目指す目標を達成し、かつ地球規模で飲料水を持続可能性な形で利用するには、ファーストフード企業がサプライチェーンにおける温室効果ガスの削減と水質保全に向けて具体的な施策を実施することが必要になると指摘。
その上で、ファーストフード企業がこれらの課題を解決できない場合、将来的に規制や不評被害のリスクが高まり財務的な持続性も損なわれる可能性があると述べている。
またBMOグローバル・アセット・マネジメントは、世界的に植物ベースの食事にシフトしていることや環境規制の厳格化、畜産業による水質汚染に対する懸念の高まりに言及し、ファーストフード企業の長期的な価値は脅威にさらされていると指摘している。
書簡では、水質汚染を低減する取り組みを強化し、温室効果ガス削減などで明確な目標を定め、毎年取り組みの進捗を報告することが勧告された。
近年、投資家が企業を評価する際、倫理性、持続可能性、ガバナンスを重要視する傾向が強くなっている。ファーストフード企業は環境保全の取り組みと目標を明確に打ち出し、投資家に示すことが求められている。
ファーストフード・畜産業が抱えるさまざまなリスク
FAIRRは今回のように企業に何らかの働きかけを行うだけでなく、畜産業の課題とリスクを洗い出すための調査も実施している。
FAIRRがまとめた調査では、畜産業が持続可能性を実現しなければ、環境悪化だけでなく、それにともない畜産業の衰退が進んでしまう可能性が示されており、ファーストフード企業を含め畜産業に関わるプレーヤーすべてのコミットメントが必要であることが見えてくる。
過去15年、世界全体における牛肉、鶏肉、豚肉の消費は30%増加。また食肉や乳製品など動物性食品の消費は2009〜2050年で79%増加、さらに牛肉の消費は95%増加する見込みだ。
世界の食肉需要を支えるために、過去50年間で食肉生産は5倍近く拡大。いまや地球全体の鳥の70%が家禽類であるという。野生の鳥の割合は30%のみだ。また地球全体の哺乳類の60%が牛や豚などの家畜という。哺乳類の36%は人間、野生の哺乳動物は4%のみという状況になっている。
世界の人口増に加え、所得水準の高まりによって、食肉消費は今後も伸びていく見込みだが、持続可能な形で世界中の食肉需要を満たすの難しいようだ。食肉や乳製品など動物性食品は植物性食品に比べ生産時の環境インパクトが大きいといわれているからだ。地球の環境キャパシティを大きく超えることになってしまい、環境悪化が加速することが懸念される。
国連食糧農業機関(FAO)の調べでは、世界全体で排出される温室効果ガスの16%以上が畜産業から発生していることが判明。家畜の腸内発酵、飼料生産、肥料などが温室効果ガス発生の主な原因だ。
畜産業を含めた農業全体では、地球の水利用の70%を占めている。この3分の1が畜産業で利用されている。生産・加工・流通などで直接的・間接的に利用・汚染された水の量を示す指標「ウォーター・フットプリント」。牛肉のウォーター・フットプリントはマメ科の食品に比べ6倍高い。
また、牛乳、卵、鶏肉は1.5倍。畜産業における水利用の98%は飼料生産で発生するといわれている。この過程で大量の肥料が使われるため、汚染された水が大量に流れ出ており、周辺環境を著しく悪化させている。
土地利用に関しては、農業全体で利用されている土地の70〜80%が家畜の飼料を生産するために使われている。食肉需要の増加にともない、飼料生産向けの農地を拡大することになるが、この理由ですでに多くの国々で森林伐採が進み、生物の多様性が失われている。
FAIRRは、こうした状況が続く場合、短・中・長期でさまざまなリスクが発生し、畜産業やファーストフード企業に深刻な損失をもたらす可能性を指摘している。
たとえば、水質汚染や土壌汚染が深刻化すれば、食品の安全性を脅かすリスクの発生確率が高まってしまう。南アフリカでは、2018年にリステリア菌の感染が広がり、同国の畜産業は甚大な損失を被った。豚肉の需要は76%も下がり、多くの畜産企業で平均36%の利益減になったという。
こうした状況は、地球環境だけでなく、畜産企業やファーストフード企業、さらには投資家にとっても望ましいものではない。今回のファーストフードへの勧告で、リスクの認識がどこまで広がるのか、またどこまで環境保護の取り組みを促進できるのか、その効果に期待したい。
文:細谷元(Livit)