今現在、世界中でどのくらいの数の人が刑務所で服役中かご存知だろうか。答えは1,000万人以上。
ロンドンの調査機関Institute for Criminal Policy Researchによると、2000年から2015年の15年間で、服役者はオセアニアで59%、アメリカ41%、アジア29%、アフリカ15%増加と報告されている(ヨーロッパは21%減少)。
増加のスピードが国によって違っていたり、減少傾向にあるヨーロッパでも増加している国(ハンガリー)があったり、そもそも服役者人数が常に少ない国(インド)があったりなど、社会制度、国の安定度など、犯罪や収監を巡る事情背景は複雑であり、増加率や服役者人数などの数字だけで状況をみるのは危険だが、“刑務所に服役する人口は概ね増加傾向にある” ということは明らかである。
そうした中、「刑務所のあり方」が今、問われている。「服役」という手段が犯罪者の更正、犯罪抑止に本当につながっているのか、と。
実際、旧来の服役とは違った考え、方法で、確かな成果を挙げる国が現れ始めている。今回はそうした事例から、現代における刑務所の存在意義、犯罪現象に結びつく新たなアプローチを考える。
先進国の収監率(Prisonpolicy.orgより)
収監は抑止にならない?
収監にかかる費用も国家予算もばかにならない。
アメリカでは公的な刑務所、拘置所、仮釈放、保護観察などにかかるコストは年間807億ドル(約8兆8,230億円)(米国司法統計局より)、英国では2017~2018年に刑務所にかけたコストは43.39億ポンド(約6,270億円)、オーストラリアは刑務所を含む刑事司法制度に年間160億ドル(約1兆7,528億円)を投じている。
807億ドルは刑務所や拘置所などへの費用だけで、治安、司法、関連公務員、保健などの費用を合計すると年間1820億ドル(約19兆8988億円)にもなる。(Prisonpolicy.orgより)
巨額の費用に見合った成果は出ているのだろうか。2017年、アメリカの独立評価機関のヴェラ司法研究所(Vera institute of justice)が発表した報告書『The Prison Paradox』のなかで、収監率と犯罪率の相関性について述べられている。
2000年からの調査で、収監率の増加は凶悪犯罪に影響を与えていないことが明らかになったというものだ。つまり、バーの向こう側で過ごす人が増えても犯罪が減ることはなく、むしろ増えるケースもあるという。
報告書では、犯罪率が減少している要因は高齢化、賃金の上昇、雇用の増加、警察当局の担当者の増加などで、むしろ収監とは大きな関連性はないとしている。唯一効果を上げているのは窃盗犯罪だという。
再犯率を見てみると、アメリカは出所してから3年以内に再逮捕される率は68%、イギリスやウェールズでは未成年者、成人の半分近くの66%が出所してから1年以内に違う犯罪で再逮捕されるという。
刑務所とは犯罪に手を染めた人が刑罰を受ける場所であり、出所後に再犯を起こさないよう更生させる役割もあり、広くは社会の安全を守る機能がある。しかし、上述の報告を見るに、従来のシステムに一度疑問の目を向けるべきなのかもしれない。
そこで、ユニークな取り込みを行って収監率を下げた2つの国を取り上げてみたい。
暴力を病気としてとらえる ―スコットランド・グラスゴーの場合―
今から14年前の2005年頃、スコットランドは不名誉な名称がつけられていた。それは、「先進国でもっとも暴力的な国」(国連のレポート)。スコットランド最大の都市グラスゴーは「ヨーロッパにおける殺人の都」(WHOより)。
その当時、スコットランドにおける殺人発生率は、年間10万人当たりで2.33件。イギリス&ウェールズ0.7、スペイン1.02、イタリア0.96、ドイツ0.68と比べると格段に高いことがわかる。主にドラックとアルコールを起因にするケースが多く、若い人がナイフを所持する文化も影響している。
事態を重くみたスコットランド政府は2005年、暴力抑止部隊VRU(The Violence Reduction Unit)を立ち上げた。人々の身体、精神面の健康促進・維持を図るパブリック・ヘルス(公衆衛生)の考えを根本に据えたことが画期的だった。
スコットランド警察とパートナーを組み、法の下で裁くだけではなく、暴力を“病気”としてとらえ、根本的な原因を診断・分析し、解決策を生み出すことを目的としている。
暴力に関するWHOのガイダンスでも、暴力は社会に常に存在するもので、望まない妊娠や疫病、職場での事故の防止に取り組むパブリック・ヘルスと同様のアプローチを暴力にも取り入れるべきだと述べている。
VRUは外科医など医療関係者を中心に暴力防止に取り組む団体、犯罪歴をもつ人々の雇用を創出する団体、犯罪に手を染めた人にメンターをつけて12カ月間雇うフードトラック、教育を通じて暴力を防ぐプログラム、暴力の犠牲となった患者と関わることで暴力のサイクルを断ち切る組織など、各団体、組織、行政らときめ細やかに連携して活動している。
同時に特定のナイフ所持の刑期を2005年頃の4か月間から平均13カ月間と厳しくしている。
Violence Reduction UnitのプロジェクトのひとつのフードトラックStreet & Arrow。有罪判決を受けた人を12カ月間雇い、メンターとペアになって働きながら更生させる。
VRUの活動の成果は確実に現れた。スコットランドで2006年から1年間、ナイフ犯罪約1万件、5年間で40人の子どもや未成年が命を失ったが、2011年からの5年間ではそれが8人となり、悪名高かったグラスゴーでは死亡件数はゼロ。ナイフ犯罪(2015-2016年)は69%減の約3,000件になったという。
塀の中に閉じ込めない刑務所 ―フィンランドの場合―
OECD諸国の中でも収監率の低さで際立っている北欧諸国。そのなかでオープン・プリズン(開放刑務所)を早くから導入して成果を上げているのがフィンランドである。
オープン・プリズンでは囚人服もなく、24時間監視下に置かれることもない。外に出て労働をして賃金を得、街で買い物もして、短い休暇さえとることができる。携帯電話をもつこともでき、助成金を得て地域の大学で学ぶこともできる。
オープン・プリズンはユネスコ世界遺産リストに登録されたスオメリンナ要塞にもあり、建物や道路の修復を行う囚人と観光客がすれ違うことさえある。服役者にはシングルルームが与えられ、共同のキッチン、トイレ、シャワーやサウナもあり、ラウンジエリアにはTV、屋外にはバーベキュー設備もある。
ヘルシンキから25キロ北にあるケラヴァのオープン・プリズンでは、敷地内にあるグリーンハウスでの栽培や、ウサギなどの小動物を飼育している。年に一回、コミュニティーに開放して、育てた作物や動物を販売する。
フィンランドの首都、ヘルシンキの沖合にあるスオメリンナ要塞(イメージ写真)
スオメリンナ要塞にあるオープン・プリズン(フィンランド外務省作成のウェブサイトより)
フィンランドもかつてはヨーロッパ諸国の中で犯罪率が高い国だった。
1960年代、収監と犯罪の関係性を調査したところ、投獄は犯罪の抑止にならないという結論を得て、1930年頃からすでに存在していたオープン・プリズンの前身ともいえる服役者の労働居留地を政策とともに徐々に整え、服役者が従来型の刑務所の後、社会復帰前に過ごす場所に変えていった。
フィンランドの服役者の1/3がオープン・プリズンで服役しており、ここで過ごした人が再逮捕されることは少ない。再犯率も20%近く低下したという。
また費用の面でも有効に働いている。監視システムや人員を減らすことで、一人の服役者にかけるコストを1/3までカットすることができたという。そのような刑務所と隣り合わせにして住む住民たちも「彼らのおかげで歴史的建造物の修復が進んだり、公共の場所をきれいに保つことができている」と理解を示している。
ただし、フィンランドは最も脱獄率の高い国と評価されている事実もある。従って、このオープン・プリズンのシステムがどの国でも犯罪発生率低減に貢献するとはいいがたい。
最近では、AIの導入で犯罪防止に取り組む傾向も増えてきている。過去のデータを深層学習させて、犯罪のタイプ、時間、日付、場所などを予測させる犯罪予測プログラムを導入することで、アメリカのシカゴ市警は実際に発砲事件や殺人事件を減少させることができた。
AIのように機械にしかできない技術を採用する一方で、グラスゴーやフィンランドなどは人対人の血の通った対策を講じている。犯罪や暴力には技術とヒトの両輪で立ち向かうことが肝要なのだと思う。
そして、罪を犯した人に刑罰を与え、自由を奪い、劣悪な環境の下に服役させるという手段は、現代においては(あるいは昔から)万能ではないということをしっかりと直視すべきである。
文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit)