2018年10月末、北海道の最北部付近に位置する「エサンベ鼻北小島」という小島が消失した可能性があるというニュースがさまざまなメディアで報じられた。
北海道新聞によると、2019年6月までに海上保安庁による調査が実施される予定という。島が消失している場合、日本の領海は数百メートル後退する可能性があるとも言われている。一部では、雨風や流氷による侵食で島が消失した可能性があると指摘されている。
詳しい状況については海上保安庁の調査結果が待たれるところだが、近年の海面上昇に関するさまざまな調査や事象を鑑みると、小島の消失があったとしても不思議ではない。
2016年5月、オーストラリアの北東に位置するソロモン諸島で5つの島が海面上昇と侵食によって消失したというニュースが報じられた。これまでの調査では、この20年間ソロモン諸島では毎年10ミリメートル海面が上昇しており、現在もソロモン諸島にある多くの島々が浸水の危機に直面している。
ソロモン諸島
またハワイでは2018年9月末から10月上旬にかけて太平洋上で猛威を振ったハリケーン「Walaka」によって、4.5ヘクタールの島が完全に消失した。
晴れ日の浸水は日常茶飯事に、海面上昇がもたらす米国都市へのインパクト
近年懸念されているのは島の消失だけではない。大都市沿岸部の浸水被害が深刻化しており、このペースでいくと数十年後には沿岸部に位置する大都市の多くが海に沈む可能性が指摘されている。
2018年3月アリゾナ州立大学の研究者らが公表した調査レポートでは、2100年までにサンフランシスコ・ベイエリアでこれまでの予想を上回る面積が浸水する可能性が示唆され、多くの注目を集めた。同調査では、海面上昇だけでなく、地下水汲み上げによる地盤沈下も考慮されており、複合的な要因によって浸水被害が拡大する可能性が明らかになった。
ベイエリアの様子(左:現在、右:気温4度上昇時の想定浸水エリア)(EarthTimeより)
米国では全土で浸水被害が増えており、この未来予測は現実味を持って受け止められているようだ。
英ガーディアン紙は、ポートランド、マイアミ、キーウェストなどの沿岸都市では雨が降らない状況でも浸水するケースが急増しており、日常の出来事になりつつあると伝えている。
米国の研究者団体「憂慮する科学者同盟(UCS)」が2018年6月に発表したレポートでは、米国沿岸地域では海面上昇による住宅被害が拡大し、2045年までにその被害額は1,200億ドル(約13兆円)に達すると予想している。
ハリケーン後のマイアミ(2012年10月)
ジョージア大学の調査によると、今世紀末までに米国だけで1,300万人が海面上昇によって移住を余儀なくされる可能性があるという。沿岸都市の浸水被害から逃れた人々は、内陸部のアリゾナやワイオミングに集中することが予想される。
同調査によると、海面上昇によって直接的な影響を受ける人々は世界中で1億8,000万ほど。また10億人が沿岸部に住んでおり、海面上昇によって移住を余儀なくされる可能性があると指摘している。
このような状況下、米国国民の意識は大きく変わり始めている。
米イェール大学の環境プログラムで実施された気候変動に関する意識調査(2018年12月版)で、地球温暖化が実際に起こっていると考える人の割合が73%と2015年比で10ポイントも上昇したのだ。
また、地球温暖化を懸念している人の割合は前年比8ポイント増加し69%に達した。同調査の責任者はこの結果を受け、気候変動が想像上の問題から現実の問題として認識され始めていることが示唆されると述べている。
バンコクは15年以内に海に沈むのか、アジアの都市が抱える浸水リスク
米国だけでなく、世界中の沿岸都市が海面上昇のリスクにさらされている。
気候変動対策に取り組む世界の大都市で構成される国際組織「世界大都市気候先導グループ(C40)」によると、2050年までに海面上昇によって世界570都市以上、8億人以上が影響を受けるという。被害総額は1兆ドル(約110兆円)に達する。
サンフランシスコ・ベイエリアと同様に海面上昇だけでなく地盤沈下、さらには異常気象による局地的豪雨・洪水など複合的な要因によって、世界の大都市では浸水対策が急務になっている。
2,400万人以上の人口を誇る中国・上海。1921年から地質調査が開始されたが、調査開始から現在まで地下水の過剰な汲み上げで市中心部の地盤は2.6メートル沈下したといわれている。地盤はもろくなっており、2012年には当時建設中の高層ビル「上海中心(632メートル)」で8メートルのヒビが発見されたとの報道がなされている。
カーネギーメロン大学が運営するウェブツールEarthTimeでは、地球の気温上昇とそれにともなう海面上昇によって各都市の浸水レベルをシミュレートすることができる。海抜が低い上海は、気温が3度上昇すると、そのほとんどが海に沈ずむ可能性がシミュレートされている。
上海の様子(左:現在、右:気温3度上昇時の想定浸水エリア)(EarthTimeより)
アジアではこのほか、インドネシア・ジャカルタ、タイ・バンコク、フィリピン・マニラ、バングラデシュ・ダッカで地盤沈下問題が深刻化しており、海面上昇による浸水リスクが高まっている。
ジャカルタでは毎年25センチ地盤沈下が進んでおり、市の40%が海抜ゼロメートル以下にあるという。ジャカルタの沿岸地域ではこの数年だけで4メートル以上沈下した場所もある。
人口1,000万人ほどのジャカルタだが、水道へのアクセスがない住民らによる地下水の汲み上げが続いており、それが地盤沈下を悪化させているといわれている。
ジャカルタで発生した洪水(2014年1月)
一方、海抜1.5メートルに位置するバンコクでは、毎年2センチ地盤沈下が進んでいる。
この状況を受けて、2015年に政府機関である国家改革委員会は、バンコク市内の大型不動産の急増、地下水の過剰な汲み上げ、海面上昇ががこのまま続く場合、同市が15年以内に海に沈んでしまう可能性を指摘したレポートを発表し、対策の緊急性を訴えている。
バンコクの洪水(2011年11月)
EarthTimeでは、東京や大阪の浸水状況もシミュレートすることができる。3〜4度の気温上昇で多くの地区が浸水する可能性が示されている。
東京付近の様子(左:現在、右:気温4度上昇時の想定浸水エリア)(EarthTimeより)
世界の各都市は海面上昇による浸水被害を食い止めるために、温室効果ガスの削減、地下水利用制限、防潮堤の建設、道路インフラ改善などの対策に乗り出している。
現在指摘されるような浸水被害のシナリオが現実になってしまうのか、対策が奏功し最悪のシナリオを防ぐことができるのか、国、都市、企業、家庭、個人さまざまなレベルでの認識・行動のアップデートが求められる。
文:細谷元(Livit)