「経済が成長・減速している」「日本は世界3位の経済規模」など、経済ニュースでよく目にする言葉。経済の好調・不調やその規模を測る指標として使われているのが「国内総生産(GDP)」だ。
現在広く使われているGDPのコンセプトは、米国の経済学者サイモン・クズネッツ氏が1937年に米国議会に提出したレポートのなかで示されたといわれている。
その後1944年のブレトンウッズ会議で設立された世界銀行や国際通貨基金で、経済復興・経済成長を測る指標としてGDPが使われるようになり、世界各国に浸透していった。
GDPを高めることが国民の幸せにつながるという考えのもと、各国では付加価値を高める経済政策が進められることになる。一次産業から二次・三次産業へシフトすることによって、欧米や日本はGDPを飛躍的に伸ばすことに成功した。
高度経済成長期の日本に見られるように、GDPの高まりにともない、所得レベルが上昇し、モノは充足され、ある程度国民の幸福度は高まったように思われた。
しかし、急速な工業化による環境破壊や健康被害が起こったことで、GDPの上昇は必ずしも幸福度を高めるものではないという認識が広がり、国民の富や幸福度を正確に測るための指標を求める声が次第に大きくなってきた。1972年ブータンで導入された「国民総幸福量(GNH)」や1990年国連が公表を開始した「人間開発指数(HDI)」などはそのような指数の好例といえるだろう。
GDPに代わる指数の開発・普及の取り組みは現在も続いており、新たな試みも登場している。
3つの資本で富を指数化、国連の「インクルーシブ・ウェルス指数」
国連大学と国連環境プログラムが2012年にローンチした「インクルーシブ・ウェルス指数(IWI)」は、GDPと人間開発指数を代替することを目的に開発された指数だ。製造資本、自然資本、人間資本から総合的な富を「インクルーシブ・ウェルス(包括的な富)」として指数化している。
製造資本とは、道路、建物、機械・設備など、経済活動を行うための資本。人間資本には、知識、スキル、教育などが含まれる。自然資本とは、森林、農耕地、河川・海、大気、生態系、地下資源など。
IWIの算出では過去数十年に渡る膨大なデータが使われており、構成要素の歴史的変化を比較することができる。このため、国連の持続可能な開発目標(SDGs)を評価する手段としても期待が寄せられている。
IWIが算出されている国の数は140カ国。統計データが揃っていない国は含まれていない。1990年を基準年として、それ以降のIWIが算出されている。
2018年のIWI最新レポートによると、1992年から2014年の間に世界全体のIWIは44%増加しており、年率換算では1.8%の成長になるという。同期間の世界GDPは年率3.4%増加していた。
IWIの成長率がGDPを下回っている主な理由は、自然資本が1990年から毎年下がり続けているからだ。環境コストを支払い、経済成長を進めてきたことが如実に反映された形となっている。自然資本は長期の成長(持続可能な成長)を実現するために必要な資本。製造資本の増加、つまり短期の成長を実現できたとしても、自然資本が少なくなっており、今後の成長が大きく損なわれる可能性が示唆されている。
(画像)下降の一途をたどる自然資本(緑の点線)(Inclusive Wealth Report 2018より)
同レポートは、中央アジアのアラル海の事例に言及し、自然資本の重要性を指摘。
アラル海は、ウズベキスタンとカザフスタンにまたがる塩湖。1940年代、ソビエト連邦による「自然改造計画」のもと綿花栽培のための大規模な灌漑が実施され、アラル海に流れ込んでいた河川の水を都市部に流れるよう運河が建設された。この結果アラル海は急速に縮小し、塩分濃度の高まりによって生息していたカレイが死滅し、この地域の漁業は壊滅。漁業だけでなく魚肉加工や海上運搬など関連する産業も衰退してしまった。
(画像)干上がったアラル海
自然資本の減少によって、GDPは成長しているものの、IWIがマイナス成長になっている国は少なくない。140カ国のうち、1人あたりIWIが減少している国は44カ国も存在するという。さらに、気候変動による損害(carbon damage)など他のファクターを考慮した調整版1人あたりIWIでは、140カ国中59カ国が持続可能でないことが明らかになった。持続可能性が危ぶまれているのは、コンゴ、ガボン、ガンビア、ギリシャ、クロアチア、ラオス、ラトビア、スーダン、ベトナム、ハイチ、ジャマイカなど。
自然資本の重要性を示している点で評価されるIWIだが、より包括的な指数にするには製造資本、人間資本、自然資本に加え、金融資本と社会資本の2つの要素を組み合わせる必要性が指摘されている。
さらに包括的な指数構築に向けて、カナダの試み
より包括的な指数の開発で注目を集めているのはカナダの「包括的ウェルス指数(CWI)」の取り組みだ。
IWIの3つの資本に、金融資本と社会資本を加えた合計5つの資本を要素とする指数。金融資本とは当該国の家計・企業・政府が保有する株、債券、貯蓄などのこと。一方社会資本は、国民の政治・政策への関与度合いや信頼・協力関係と定義されている。
CWIで見たカナダの成長率は、GDPの成長率に比べ大きく下回ることが判明。CWIの調査を実施しているカナダのシンクタンク、国際持続可能開発研究所(IISD)のレポートによると、1980年カナダの1人あたり包括的ウェルスは64万7000ドル、2015年には70万1000ドルに拡大。年間平均成長率は0.23%だった。一方、同期間のカナダのGDP年間平均成長率は1.31%。GDPは包括的ウェルスの5倍以上のスピードで拡大したことになる。
資源国であり豊かな国というイメージがあるカナダだが、包括的ウェルスという視点でみると、持続可能性に関わるリスクは小さくないようだ。IISDのレポートは、包括的ウェルスの成長率が低い理由について、家計債務の肥大化、人間資本の成長鈍化、気候変動による驚異、自然資本の減少が要因と指摘している。
世界的に持続可能な成長の必要性が叫ばれるなか、カナダはGDPを代替する指数の開発・普及の取り組みをけん引する構えを見せている。GDPに代わってどのような指数が広く使われるようになるのか、国連やカナダの取り組みから目が離せない。
文:細谷元(Livit)