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国連によると世界人口は現在の76億人から、2030年には85億人、2050年には98億人まで増える見込みだ。
この人口増加により、世界中で食料不足に対する危機感が高まっている。各国は食料生産量を増やすべく、農地の拡大を試みているものの、陸上で新たに開拓できる余地はそう多くないと言われている。
さらに地球温暖化に伴う気候変動により、各地で洪水や干ばつなどの被害が発生し、既にある農地が失われるという事態も深刻化している。日本でも2018年7月の西日本集中豪雨が記憶に新しいが、この水害により農林水産関連だけで3,300億円以上の被害が生じている。
これらの問題の解決策のひとつとして、今オランダで完成間近なのが、水上に農場を浮かべるというプロジェクトだ。
古くから水との付き合い方を研究してきた低地の国、オランダならではの水上農業への取り組みに、中国やシンガポールをはじめ世界から注目が集まっている。
埋立地を作るのではなく、農地を水の上に浮かべるという発想の転換
夏期には運河の上にボートを浮かべ、客席の一部として活用するカフェやレストランも多い
オランダは国土面積の約18%を運河などの水面が占める(日本は0.8%)。そのためオランダでは、昔から水の上を土地の一部として活用する感覚が根付いているように感じる。
たとえば夏には運河の上に大きなボートを浮かべて固定し、客席の一部として活用するカフェやレストランを多く見かける。また、ボートにショベルカーなどの建設機械を乗せ、運河から陸地側の土木工事を行う様子もオランダならではの光景だ。
ロッテルダムを流れるニュー・マース川に浮かぶFloating Pavilion
オランダは湿地や干潟を埋め立て、土地を広げてきた歴史を持つ。しかし、国土の約30%が海面より低い位置にあるため、近年では地球温暖化による海面水位上昇の脅威にさらされている。
そのためオランダ第2の都市ロッテルダムでは、「埋立地を作るのではなく、建造物を水の上に浮かべる」という発想の転換で、気候変動に耐えうる環境を作ろうとしているのだ。
ロッテルダムの水上プロジェクトの中で、水上農場に先駆けて完成しているのが、水に浮かぶイベント会場Floating Pavilionと水上公園Floating Parkだ。
3つの透明な半球で構成される近未来的な外観のFloating Pavilionは、主に企業の展示会や会議場として使われている。その傍らにあるFloating Parkでは、環境意識の高いオランダらしく、河川に廃棄されたプラスチックごみをリサイクルして作られた六角形のブロックに植物が植えられ、水上に浮かべられている。
水上農場で40頭の牛を飼育し、1日800リットルの牛乳を生産
ロッテルダム港に浮かぶ水上農場は完成間近
2019年初旬の稼働開始を目指し、世界初の水上農場Floating Farmの建設が進むのは、ロッテルダム市の港湾部だ。ここに300万米ドルのコストを掛け、約1,000㎡の酪農場が作られようとしている。水に浮かぶ3階建ての農場で40頭の牛を飼育し、1日あたり800リットルの牛乳が取れる見通しだ。
水上農場にはLEDライトの下で育てられた牧草が茂り、牛が放牧される。牧草以外のエサは、地元のビール工場で残った穀物や、製粉時の余り物などの廃棄物を活用する。そして牛乳だけでなく、ヨーグルトやチーズ、クリームなどの加工品も農場内で生産し、地元の消費者に供給する計画だ。
この水上農場を実現するにあたり、オランダ当局は農場側の環境保全への取り組みを厳しくチェックした。もし牛の排泄物や農場の廃棄物が港湾内に流れ出るようなことがあれば、あっという間に海洋汚染へと繋がってしまうからだ。
オランダ当局の承認基準に適うよう、水上農場には自立循環型農場として最先端の仕組みが導入されている。
たとえば牛の糞はロボットにより収集され、尿は特別にデザインされた底面によって集められる。これらの排泄物は農場内で分解され、発電エネルギーや牧草用の肥料に姿を変えるのだ。さらに水上農場の周辺部には太陽光パネルが設置され、農場内の電力源となっている。
水上農場のスキームは酪農場だけに留まらない。ロッテルダムのFloating Farmを手掛けるBeladon社は、既に養鶏場や農園用の計画も進行させており、加速度的に別用途への横展開が進むと予想されている。
都市部に水上農場を作ることで、地産地消を推進
水上農場の土台部分が運ばれる様子。現在外観部分はほぼ完成している
気候変動への対策と共に、オランダの水上農場のもうひとつの目的として掲げられているのが、食料の地産地消の推進だ。
現在世界中で都市部への人口集中が進んでおり、最終的には世界人口の70%が、ヨーロッパでは90%が大都市圏に住むことになると予測されている。
農業的な観点から見ると、都市部の巨大化は、農作物の生産地と消費地の距離が広がることを意味する。それに伴い、都市部に住む消費者たちが新鮮な食料を入手し難くなっていく。
さらに、物流チェーンの長大化により輸送距離も長くなり、環境への負荷も高まる。既にオランダでは、トラック輸送量の3分の1が食料関連で占められているという。
多くの場合、都市部には新たに農場を作るような土地は残されていない。しかし水上農場のスキームを使えば、都市の中に新たな農地を作り出すことが可能となる。こうして輸送による環境への負荷を抑えつつ、消費者に新鮮な食料を供給できる地産地消のサイクルが推進されることも、水上農場の大きな存在意義と言えるだろう。
オランダだけでなくアジアでも水上農場の需要が高まりを見せる
オランダでの水上農場のスキームは、世界各地で注目を集めている。まだ稼働前にも関わらず、ロッテルダムのFloating Farmには、既に世界中から7,000人もの見学者が訪れている。
その中でも水上農業の実現に熱心なのが中国だという。中国では2018年の豪雨による河川の氾濫や大洪水で、甚大な被害が生じた。特に河川沿いのデルタ地帯は気候変動や洪水のリスクが高いため、その対策として水上農場の導入を模索する省や市が増えているのだ。
ロッテルダムのFloating Farmを手掛けるBeladon社は、水上農場をスキームごと輸出する準備を進めていて、既に香港や広東省珠海市、四川省成都市で具体的な検討が始まっているという。
中国で大規模な水上農場を建設するには、環境整備や当局の認可など多くのハードルが想定される。しかしオランダ発のエコフレンドリーな最先端農業テクノロジーは、中国でも好意的に受け入れられるはずだ、と香港の英字新聞South China Morning Postは報じている。
もうひとつ水上農場に強い関心を示している国がシンガポールだ。シンガポールは国土が東京23区程と非常に狭く、食料の大部分を輸入に頼っていることに早くから危機感を持ってきた。
シンガポール政府は限られた土地で農作物の生産量を最大限に増やすべく、農業の効率化や新技術の導入などへの挑戦を積極的に行っている。
スペインを拠点とする水上農場プロジェクトSmart Floating Farmsによる、シンガポールでの水上農場のイメージ図は、天まで届くような奇抜な高層設備となっている。
今回オランダで実際に水上農場が稼働し始めることで、これまで構想のみで止まっていた他の水上プロジェクトも、一気に動き始める可能性がある。
埋め立てて農地を作るのではなく、農地を水の上に浮かべるという発想の転換で、2019年がオランダ発・水上農業元年となるのか、今後の世界への広がりが注目される。
文:平島聡子
編集:岡徳之(Livit)
eye catch img: Floating Farm