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ニュージーランドと聞くと、羊を思い浮かべる人は多い。それもそのはず、羊の数は1982年のピーク時には人1人に対し22匹もおり、合計7,000万匹を超えた。ウール製品は人々にとり身近な存在で、子どもが生まれると、ウールの毛糸を手編みしたブーツ型の靴下や、乳母車やベビーベッドに敷く、羊毛付きのシープスキンをプレゼントするのが定番だ。
こんな習慣は今も変わらない一方で、国内の牧羊業には大きな変化が起こっている。2016年の羊の数は2,770万匹。人1人に対する数はわずか6匹まで減ってしまったのだ。
農家は利益をほかに求め、消費者の好みは変化
ニュージーランド経済の基盤の1つともいわれた羊毛業が下降線をたどる理由は複雑だ。農家側の事情としては、酪農業や食肉業を営む方が利益が上がることや、メリノウールの主な産地である南島を中心とした、牧畜に適した高地の地価の高騰で土地を手放すことが挙げられる。
一方消費者は、ウールと類似の機能を備えながらも、安価で購入できるスパンデックスやフリースといった化学繊維をより好む傾向に移っていった。人気のファストファッションは、こうした化学繊維が支えているといっても過言ではないだろう。
環境問題を発端に、求められる天然素材
しかし、近年化繊衣料の問題点が明らかになってきた。そもそも化繊は枯渇性資源である石油を原料としている。洗濯時に海洋汚染源となるマイクロプラスチックを放出したり、廃棄後生分解に莫大な時間を要したりと、製品ライフサイクルを通して環境に負担をかけ続けている。
環境問題はアパレル産業を含め、人間活動の多くに原因がある。異常気象などの形でその深刻さを肌身で感じるようになった今、私たちは人工のものから天然のものに目を向けるようになってきた。ミレニアル世代やZ世代を中心に、天然素材を用いたサステナブルな商品を求める傾向は強くなる一方だ。
このチャンスを逃すべからず
消費者のナチュラル志向は、羊毛業のビジネスチャンスでもある。ニュージーランド国内では、人間が昔から利用してきたウールを見直し、再び人気を取り戻そうという気運が政府、民間企業を問わず高まっている。
ここで大切になってくるのが、既存の枠組みにとらわれないことだ。いくらビジネスチャンスがあっても、斬新なアイデアなしには成功はない。同産業の活性化に寄与するだろうアイテムも次々と生まれている。
米タイム誌が太鼓判を押す「世界で最も履きやすい」靴
2018年、レオナルド・ディカプリオが投資を行ったことでも話題になったオールバーズ社の靴 © Allbirds
マフラーやセーターなどのお馴染みのウール製品は、チクチクするから嫌という人もいるだろう。私たちが抱く、そんなイメージを覆す肌触りの良さと、シンブルなデザインで世界中で大評判なのが、ニュージーランド生まれのオールバーズ社のウール製の靴。今まで私たちが経験したことのないウールの世界を教えてくれる。
ウールには、水分をよく吸収すると同時に蒸発させ、身につけると、冬は温かく、夏は涼しいという特質がある。こんな風に機能的に優れた自然素材を、人工素材が主であるスニーカーに取り入れられないかと開発されたのが同社の靴だ。
人間の毛髪の5分の1という極細の、ニュージーランド産メリノウールを使用。耐久性のある布地を作り出し、靴のボディ部分に採用している。
裸足で履いても気持ちがいいと大人気の靴には、環境・倫理面に考慮していることを示す「ZQメリノ」の認証を受けた牧場で飼育された羊の毛のみが使われている。そのため、一般的なスニーカーより、カーボンフットプリントを60%も削減することに成功している。
靴のほかのパーツも、生分解が可能な素材が使われており、商品包装も工夫を凝らしたリサイクル段ボール製だ。使用済みの靴を引き取り、慈善団体に寄付することも行う。
オールバーズ社の靴の履き心地の良さは、メリノウールという素材の持ち味だけでなく、自然環境や動物に優しい商品である事実のおかげでもあるだろう。
天然素材のサーフボードで、パフォーマンスもアップ
ウールライト・サーフボードに乗る、考案者のポールさん(ZQメリノのビメオから)
ニュージーランドには約15万人、また世界には約2,300万人いるといわれるサーファーたちを、昨年末あっと言わせたのが、ウール製のサーフボード、「ウールライト・サーフボード」だ。
引張強さ(物体に張力が加えられた際、破断に至るまでの最大の抗張力)が強いという特長を持つウールに複合技術を応用。従来のファイバーグラスの代わりに用い、ボードをより軽量で柔軟性に富むものに改良した。ファイバーグラス使用時並みの耐久性もある同サーフボードは機能的にも既存のものより優れているという。
これは、国内でも指折りのサーフタウン、タウランガを拠点にサーフボードの製作を手掛けるポール・バロンさんのアイデア。たまたま樹脂をウール製のセーターにこぼしてしまったことがきっかけだったそうだ。
ポールさんは米国のファイヤーワイヤー社とパートナーを組み、商品化にこぎつけた。同社は、最新のテクノロジーと素材を用いてサーフボードをデザイン・製造することで知られている。
原料調達においては、環境に負荷がかからず、動物福祉に配慮した農業を行う国営企業、ランドコープ社と、ZQメリノの牧場の協力を得ている。メリノ種の羊を生育し、毛を刈り、ウールを2回水洗いし、加工を施すというシンプルな手順を踏んで出来上がる。
ファイヤーワイヤー社は2020年までに、全製品をリサイクル・生分解可能なものにすることを目指している。大自然と触れ合うスポーツでありながら、使用するボードやウェットスーツは石油系製品が主である現状に、ウールライト・サーフボードは一石を投じることになりそうだ。ニュージーランドでは2019年4、5月に販売開始を予定している。
「ウール入り」キャットフードで、猫元気
味も通常と変わらないという、ウール入りキャットフード © Anne Worner (CC BY-SA 2.0)
昨今、ペットも大切な家族の一員という考え方はすっかり定着した。ペットの食生活にも気を配る飼い主の需要に応じ、ペットフードのバラエティは多様化している。素材やスタイルだけでなく、個々の動物の年齢や体調に応じ、栄養バランスを調整したペットフードはもはや当たり前となっている。
そうした風潮の中、2017年から現在も研究開発が続けられているのが、「ウール入り」キャットフード。
とはいえ、羊毛のまま入っていてはさすがの猫も食べにくい。そこでウールに含まれる、猫の腸内細菌のバランスを良くするタンパク質と繊維質を抽出。パウダー状にし、キャットフードに混ぜた。腸内環境が整えば、栄養の吸収も向上し、猫の健康に良い。
キャットフードの原料になるウールは質を問わない。ほかのウール製品の製造過程上出、廃棄される運命にある荒いウールの切れ端が適しているそうだ。資源を無駄なく使い切ることができ、猫の栄養にもなるというのだから、一石二鳥だ。
ウール入りキャットフードが商品化すれば、猫の食べるものにもできるだけ天然素材を取り入れたいと考える飼い主に歓迎されるに違いない。近い将来、ほかの動物や人間にも有用なサプリとなるのではないかと期待されている。
羊毛業の活性化をかけ、ニュージーランド政府や企業がウールのさまざまな用途を模索する一方で、天然由来のものを求める消費者がいる。両者を取り持つ次なるウール製品はどんな意外性を秘めているのか、楽しみだ。
文:クローディアー真理
編集:岡徳之(Livit)