ニュースでよく目にする「先進国」という言葉。米国、英国、イタリア、カナダ、ドイツ、フランス、日本の7カ国は先進7カ国(G7=Group of Seven)と呼ばれ、その首脳が一堂に会するG7サミットの動向には常に多くのメディアの注目が注がれている。先進国は経済力を持っており、それらの意向が世界の経済動向に大きく影響を与えるからだ。


(画像)G7の国旗

しかし新興国の経済力が急速に高まっており、G7の影響力は相対的に弱くなっている。先進国と呼ばれてきた国々から新興諸国へのパワーシフトが起こっており、世界経済に新たな秩序が生まれようとしている。

こうしたなか「先進国」と「開発途上国」という言葉は時代の文脈にそぐわなくなっているという議論が起こっている。時代に合った新しい認識とそれを的確に表現する言葉が求められているのだ。たとえばニューヨーク・タイムズによると、ビル・ゲイツ氏は「先進国」と「開発途上国」という言葉が時代遅れになったと明言。

また世界銀行は「世界開発指標」のなかで「先進国」と「開発途上国」という分類を行わなくなったと伝えられている。

PwCによる2050年予測からも興味深い事実を知ることができる。この予測では、G7と新興7カ国(E7)の経済を比較。E7とは、中国、インド、インドネシア、ブラジル、ロシア、メキシコ、トルコの7カ国だ。

1995年E7の経済規模はG7の半分ほどしかなかったが、2015年には同じ規模に並んだ。E7経済は今後も高成長を続け、2040年にはG7の2倍に拡大する可能性があるという。2050年には中国とインド、2つの超大国が世界経済をけん引するシナリオが示唆されている。

PwCが予測するような世界経済のパワーシフトは少しずつ起こってるといえるだろう。しかし欧米諸国や日本が「先進国」であり、中国やインドは「開発途上国」であるというイメージが強く刷り込まれており、パワーシフトを実感するのは難しいかもしれない。

しかしそのような未来を示唆する変化は意外と身近なところで起こっている可能性がある。今回はYouTubeでいまもっとも盛り上がっているトピックを切り口として、未来の世界の一端を覗いてみたい。


(画像)インド・チェンナイ

7760万、フォロワー数の爆発的増加で1位に迫るインド発の音楽チャンネル

現在もっともフォロワー数が多いYouTubeチャンネルは、スウェーデン・ユーチューバーPewDiePieのチャンネルといわれている。2018年12月28日時点のフォロワー数は7863万人。もともとゲームの実況コメントが中心だったが、いまではコメディコンテンツなども配信し、主に英語圏の18〜24歳の層に支持されているという。

PewDiePieチャンネルの配信が開始されたのは2010年。フォロワー数は2012年7月に100万人を超え、その後2013年2月に500万人、同年7月に1000万人と急速な勢いで増えていった。

この1カ月後、2013年8月にYouTubeで最多フォロワー数を誇るチャンネルになったといわれている。2014年以降も順調にフォロワー数は伸び続け、2016年12月にはYouTubeで初めてフォロワー数5000万人を超えたチャンネルになった。その後も伸び率は落ち着いたものの、フォロワー数は伸び続け現在の7862万人に到達した。2013年8月にYouTube最大のチャンネルとなってから、トップの座に君臨し続けてきたおばけチャンネルといえるだろう。

しかし世界経済のパワーシフトを反映するかのように、YouTubeの世界でもパワーシフトが起ころうとしている。

インド発の音楽チャンネル「Tシリーズ」がフォロワー数でPewDiePieを上回る可能性が濃厚になってきたのだ。Tシリーズの2018年12月28日時点のフォロワー数は7760万人。PewDiePieチャンネルとの差は103万人。

一方、累計の再生回数は、PewDiePieの197億回に対してTシリーズは570億回と圧倒的な差をつけている。Tシリーズの動画でもっとも再生されているのは、インドの歌手グル・ランダワ氏の「Lahore」という曲で、再生回数は6億3000万回に上る。このほかにも再生回数が5億回、4億回、3億回を超える動画が多く見られる。


(画像)「Tシリーズ」チャンネル

英ガーディアンが動画分析企業Tubular Labsの話として伝えたところでは、PewDiePieチャンネルのフォロワー数の伸びは1日あたり2万人ほど、一方Tシリーズは1日あたり12万人も増えているという。

フォロワー数で圧倒的な伸びを見せるTシリーズ。TシリーズがPewDiePieを抜き、世界最大のYouTubeチャンネルになるのはいつか、YouTube界隈ではこのトピックが盛り上がっており、両チャンネルのフォロワー数の変化をライブで配信する動画まで登場している。

特にPewDiePie陣営はサブスクライブを促すキャンペーンを実施するなど、同チャンネルの地位を死守するために躍起になっているといわれている。

一方、Tシリーズのマネジングディレクター、バスマン・クマール氏はBBCのインタビューで、PewDiePie側がなぜ競争に固執しているのか理解できないと述べ、この競争について興味がないという姿勢を示している。

たしかにインドの現在のネット環境の悪さを鑑みると、PewDiePieチャンネルとの競争は取るに足らないものといえるかもしれない。なぜならインドのネットユーザーの伸びしろは非常に大きく、ネット環境が改善された場合、フォロワーがこの状態からさらに増える可能性が高いからだ。

タイムズ・オブ・インディアが伝えた予測によると、インドのネット利用者は2018年6月に5億人に達する見込みだ。全人口は約13億4000万人。したがってネット普及率は約37%ほどとなる。日本や欧州のネット普及率は80〜90%以上。インドの伸びしろが大きいことがうかがえる。ネットスピードでも、インドはブロードバンドで世界65位、モバイルで111位という状況だ。こちらも伸びしろが大きいといえるだろう。

インドの人口は14億人に迫る勢いで増えており、若年層が多くYouTubeの利用率も他国に比べ高いといわれている。ネット環境の改善は、Tシリーズだけでなくインド発のYouTubeコンテンツとユーザーの爆発的な増加につながることが考えられる。

また地元紙エコノミック・タイムズが伝えたところでは、同国の映画産業は2020年までに年間11%成長する見込みだ。映画産業の盛り上がりによって、親和性の高いYouTubeでのコンテンツ増とユーザー増が一層加速する可能性もあるだろう。

[文] 細谷元(Livit