世界中のどの国でも首都などの大都市に多くの人が集まり、住居・商業施設の確保のために自然が犠牲になっていく。都市化が進めば、緑は減る――それは仕方のないことだと思われている。だが、都市化と緑化の両立に希望をもたらすプロジェクトがある。それが「バーティカル・フォレスト」だ。
バーティカル・フォレストとは?
バーティカル・フォレストとは、都市に建つ高層ビルの壁面に樹木を植え、その名の通り建物全体を緑に覆われた「垂直な森」にするコンセプトのことだ。これまでビルの屋上に緑地を造るなどのコンセプトはあったが、ビル全体を緑で覆うというのは非常に大胆である。
このコンセプトを提唱しているのは、イタリア人建築家のステファノ・ボエリ氏だ。2009年にミラノで初めてのプロジェクトに着手し、2014年に完成させた。
このプロジェクトは、一度失われた都市を「再緑化」して、大気汚染・気候変動に効果をもたらすことを目指したものだ。ミラノの2棟のタワーには、800本の樹木、4500本の低木、1万5000本の植物が植えられるという大規模なものだった。
完成後、大気汚染やヒートアイランド現象などが改善されつつあり、また20種類以上の野鳥がここに巣を作るという嬉しい驚きもあった。
アジア初のプロジェクト、中国・南京で進行中
ボエリ氏はミラノに続き、オランダのアイントホーフェン(2019年完成予定)のバーティカル・フォレストの設計も手がけた。そして、3都市目に彼が選んだのは、中国の南京。これはアジアで最初のバーティカルフォレストである。
南京のバーティカルフォレストは、ミラノのものよりも大規模なものになる予定だ。2棟のマンション(高さ108メートルと200メートル)に、1100本の樹木と、2500本の低木・植物が植えられる予定である。
植える植物は、トキワガシ、モクゲンジ、鑑賞用のリンゴなど23種類の原生植物から成るそうだ。年間25トンの二酸化炭素を吸収し、20トン(1日あたり60キロ)の酸素を生み出すことが期待されている。完成は2019年の予定だ。
ボエリ氏は、南京だけではなく、上海、柳州などでの緑化プロジェクトにも関わっている。中には柳州(広西省の都市)のようにホテル・病院・学校などの都市全体を緑化する構想があるものの作業に進展がないものもある。
だが、ボエリ氏はまだ希望を捨てていない。都市の緑化には、賛同し支援してくれる人々が多くいるため、彼らの力を借りて、大気汚染大国・中国でプロジェクトを成功させて、中国がそれに続く国々を先導する存在になれば良いと考えているのである。
前例に学ぶ、バーティカル・フォレストの課題とその解決策
マンションの壁という垂直面に樹木を植えるのとなると、もちろん通常通り土に植え、水を与えるということは難しくなる。だからといって水を与えないというのも植物が枯れてしまう原因になる。
植える植物は、風に吹かれても耐えられるものであり、なおかつ重すぎず軽すぎないものを選ぶ必要があった。そして、ボエリ氏は適切な土と肥料の配合を見つけ出すことを非常に重要視していた。
オーストラリアのシドニーにあるOne Central Parkは、商業施設、ホテルなどが入った複合施設であり、ここも建物の壁面に植樹がされたバーティカル・フォレストである。フランス人の植物学者パトリック・ブラン氏によって設計され、2013年の完成当時では世界最大の緑に覆われた建物であり、ボエリ氏のミラノのプロジェクトよりも長い歴史を持つ。そのため、このOne Central Parkで指摘された課題を、後のプロジェクトに生かすことができる。
まず、植物に与える水の問題がある。特にオーストラリアは気温が高く乾燥しているため、長い目で見ると、あまり乾燥していない地域と比べたときに、栽培に必要な水の量に大きな差が生じる。その点において貢献したのが、オーストラリア原生の保水機能を持つ植物である。雨水や家庭から出た排水を集め、建物全体で一日あたり約100万リットルをリサイクルできたという。
そして、実際に樹木・植物を植えた後にそれをどう維持していくかも大きな課題だ。One Central Parkの管理をまかされている、シドニーの企業Junglefyのジョック・ギャモン氏は「グリーンウォール(樹木などが植えられた壁のこと)は、とても複雑なものなのだ」と語った。
というのも、植えた植物の中に、その地域の気候に合わない種類があればそれらは枯れてしまう。そうかと思えば、他の種類よりも急速に成長するものもある。それらの成長のバラつきを抑えるために、土壌・灌漑設備、そして肥料を与えるシステムを改善して、植物ができるだけ均一に成長するように努めたという。
生活を彩る緑から、地球を救う緑へ
「これまで、バーティカル・フォレストなどの緑は、生活を明るくするようなもの、インテリアのような役割を担っていた。だが、現在はより実用的なものと捉えられるようになった」とギャモン氏は語った。
その実用性とは、環境に良い変化をもたらしていることである。One Central Parkでは、植物はベランダ・窓際に設置されたプランターに植えられている。そうすることによって、従来の建物では溜まりやすかった熱を、溜まりにくくしてくれているという。
そして、空気清浄化を実現するために、Junglefy社は「Junglefy Green Wall」という企業独自の栽培・換気システムを開発した。このシステムのおかげで、1時間に24.2リットルの二酸化炭素を減らすことに成功し、気温上昇に歯止めをかけることが期待されている。このJunglefy Green Wallは、特許申請中である。
だが、たとえ優れたシステムや仕組みを生み出しても、グリーン・ウォールを維持管理するために努力は不可欠である。多くの人々は緑がある建物があった方がもちろん良いとは分かっているが、それを創るためにコスト・手間がかかることも知っている。だからといって、手間を惜しんでショートカットしてしまうと良いものは得られない。
その経験に基づいて、Junglefyは徹底的に考え抜いて独自のシステムを生み出した。そして、二酸化炭素が減少したことを受けて、ギャモン氏は「展望が見えてき。」と語った。そして「今後、設計士たちは建物の価値を高める要素として、緑・自然も含めて考えるようになるだろう」とも。
バーティカル・フォレストに対して懐疑的な意見ももちろんある。管理が追いつかずに植物が枯れてしまい、結局はグリーン・ウォールに人工植物が植えられ、見た目だけは緑化されているようになっているケースも指摘されている。こうなってしまっては本末転倒である。
バーティカル・フォレスト、グリーン・ウォールは、あくまで気候変動・大気汚染の改善策の「ひとつ」であることを認識するべきだろう。この一択で全てを解決するわけではない。
しかし、人間の「肺」のように都市部の汚染物質をまるっと飲み込んでくれるのではないかという期待はある。都市部の緑化に関するフォーラムなども開かれ、その可能性には世界中の国々が注目している。
文:泉未来
編集:岡徳之(Livit)