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近年、世界中でキャッシュレス化が進んでいる。すでにキャッシュレス先進国のスウェーデンやノルウェー、オランダでは、ほとんどの決済がカードやスマートフォンで行われている。
このキャッシュレス化は、日々の生活を便利にし、商取引の透明性を高めるだけではなく、実は財布やバッグといったファッション小物にも大きな変化をもたらしている。
ハイファッションからファストファッションまで、多くのブランドが小物の主力商品を長財布や二つ折財布から、ミニ財布やカードケース、スマートフォンケースにシフトし、重たく大きい財布から解放された女性のための、アクセサリーのような小さなバッグがランウェイやファッション誌に数多く登場するようになった。
紙幣とコインが消える。キャッシュレスソサエティの到来
経済産業省が昨年4月に発表した「キャッシュレス・ビジョン」では、無人化による効率的な店舗運営やインバウンド対応、不透明な取引の抑止効果といったメリットをあげ、2020年のオリンピックを視野に入れて日本のキャッシュレス化を進めるとしているが、諸外国ではすでに現時点でキャッシュレスソサエティは現実のものとなっている。
5年以内に完全なキャッシュレスへの移行が予測されているスウェーデンでは、これまでにも現金を扱わない金融機関の増加、ATMの撤去などが起こっており、スウェーデン国立銀行の最新の統計によると、最近1カ月間に行った決済手段の約90%がデビットカード、約60%がモバイル決済アプリ「Swish(スウィッシュ)」という回答であった。
アジアに目を向けても、中国ではモバイルアプリ「支付宝(アリペイ)」によるQRコードを使った決済サービスが広く導入され、韓国ではクレジットカードの普及を政府が後押しすることで。キャッシュレス化が急速に進んでいる。
消えゆく現金と財布、一大トレンドとなるミニバッグ
世界各地で現金が消えつつある今、運命を共にしているのが「財布」だ。これまでギフトや自分へのご褒美の定番だった財布だが、キャッシュレス化に伴い、各ブランドの主力商品が長財布や二つ折財布から、3つ折り財布やミニ財布といった小型のものにかわり、さらにはカードケース、スマホケースへと移行している。
クレジットカード、デビットカードによる決済はすでに世界中で行われるようになったが、支払いアプリの普及も急速に進んでおり、さらに前出のスウェーデンでは、手に埋め込まれた認証チップによる決済までも始まっている。今後はカードケースすら持ち歩かない人が増え、スマホケースがファッション小物の中心となっていくだろう。各ブランドもすでに魅力的な新作スマホケースを次々とリリースしている。
長財布は過去のものとなってしまうのか
小型化する女性のバッグはアクセサリーのような存在に
財布の小型化ひいては消滅は、貴重品を持ち歩く手段である「バッグ」にも変化を引き起こしている。これまで貴重品といえば長財布とスマホ、鍵というところだったが、そのなかでも一番かさ張る長財布が消えつつあるからだ。
マイクロバッグ、タイニーバッグ、ナノバッグなどと呼ばれる、鍵とスマホ、カードケースだけが入る程度の小さなバッグは、2015年ごろからランウェイに登場し、その後SNSやブログを通じて世界中に爆発的に広まった。
カイリー・ジェンナーやリアーナといったインフルエンサーがファッションスナップで身につけているコンパクトなバッグやウエストポーチは、メタリックやロゴなどの主張の強い素材も目立ち、これまでのバッグ以上に多様な色、柄、素材が使われ、花・刺繍・タッセルから貝殻まで様々なデコレーションが目を惹く。
小さなバッグならではの、趣味に走っても悪目立ちせずアクセサリーのようにコーディネートできて楽しいというメリットに女性が気づき始めたことも人気の理由かもしれない。
そして価格面でもミニバッグは魅力的だ。Chloéのハンドバッグは25万前後だが、マイクロバッグは20万円前後、ナノバッグは10万円台から揃っている。比較的若い世代でもあこがれのブランドに手が出しやすいし、予算に余裕があれば、これまでの一つ分のバッグの予算で違うデザインやブランドのバッグが二つ買えてしまう。
キャッシュレス化の副産物ともいえる小型バッグは、機能面以外でも女性受け要素が満載であり、これからもさらに人気が出そうだ。
Chloéのナノバッグ(公式サイトより)
独自路線を歩む日本のファッション小物トレンド
かつて「お金持ちは長財布」、「財布を買ったらまずは札束を入れよう」と提案する本が売れた日本にも、この財布とバッグの変化の波は到達している。
現金払いを好む人が多いと言われる日本だが、薄型化・小型化した財布は徐々に人気を集めており、最近はミニ財布の特集を女性誌で見かけることも少なくない。豪華な付録が話題となる20~30代向け女性誌「MORE」は今年11月号にガーリーなデザインが女性に人気のブランド「JILLSTUART」の三つ折り財布を付録につけ、各地で売り切れ続出となった。
最も影響力のあるとされるファッション誌「Vogue」の日本版では、“リュクスでシックな”ハイブランドのスマホケース特集が組まれ、昨年発売されたLouis Vuittonのトランク型のiPhoneケース「EYE TRUNK」は日本の芸能人のインスタグラムにも頻繁に登場している。
ハイブランドだけではない。ハンドメイドマーケットプレイス「Creema」でも、長財布約1万件に対し、スマホケースはプラスチックのものから、レザーを使用したものまで、多種多様なデザインの10万件をこえる商品が並ぶ。スマホケースは、すでに財布に代わって個性を出すためのファッションアイテムとして浸透してきているのだろう。
Louis VuittonのiPhoneケース「EYE TRUNK」(公式サイトより)
時代に逆行する日本独自の「大型化」現象も
小型のファッションアイテムの人気が高まる一方で、より大型化した長財布も売れるという、まったく逆の現象が同時に起こっているのが日本のユニークな点だ。日本においては財布やバッグは単純に「小型化」しているわけでなく「多様化」しているのだ。
日本発、高い機能性とデザインが人気のブランド「AS2OV(アッソブ)」の長財布は、約10×20㎝とかなり大型でスマホが収納できる大きさだ。質の高い革製品に定評がある吉田カバン「PORTER」の長財布も、ほぼ同じサイズで、スマホ収納に加えて札入れ部分に紙幣を簡単に仕分けられる工夫もなされ、名刺入れとしても使えるパーツが付属されている。バッグについても、ミニバッグをトートバッグなど収納力の高い大型バッグとダブルで使い、コーディネートを楽しむような特集をファッション誌でみかける。
この背景には日本ならではの多様な支払い手段が共存する現状があるのかもしれない。日本人はキャッシュレス決済比率が低いものの、一方で平均7.7枚のクレジット・デビットカードを保有していると言われる。日本におけるスマホの普及率も8割まで達していることを考えると、多くの日本人は複数のカードと、コイン・紙幣、そしてスマホを持ち歩いていることになる。多くの物を持ち運ぶのが日本人ならではのスタイルで、それがファッション小物やコーディネートに反映されているのは興味深い。
過去にはシャネルが、それまで片手がふさがってしまうクラッチバッグが主だった女性のバッグ市場に対し、女性の活動性が向上させるよう両手を自由に使えるチェーンストラップをとりつけ、ステッチによって耐久性を高めた格子柄キルティングで作ったショルダーバッグ「マトラッセ」を流行らせたように、ファッションは日々の暮らしの変化を受け、実用性の高いスタイルが受け入れられ、広まってきた。
テクノロジーによって私たちの暮らしにおいて変化が加速している現代。5年後、10年後、私たちは何を身につけ、どんなファッション小物をギフトに選んでいるだろうか。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)