寿命を11年短くする? 最大の要因「大気汚染」解決に取り組むインドの有望スタートアップ

たばこ広告を見なくなって久しい。たばこによる健康被害が広く認識されてからというもの、世界的にその露出は減少の一途を辿っている。

しかし、たばこ以上に深刻な健康被害要因がある。それは、大気汚染だ。日本もかつて、高度成長期の時代には工場による大気汚染がひどく、特に工業地帯には黒い煙がモクモクと上がっていた。光化学スモッグ警報も発令されることも珍しくなく、それに伴う化学物質による被害も各地で確認された。だが経済発展とともに沈静化し、劣悪な大気汚染は「今は昔」となった。

だが、世界の途上国では、大気汚染はまだ過去の話ではない。中でもインドは「世界最悪」と言われ、都市における粒子汚染のランキングでは、その上位をほぼインドの都市が占めるほどである。


ひどいスモッグに見舞われるニューデリー

寿命を11年縮める? インドの大気汚染事情

シカゴ大学の研究によると、化石燃料の燃焼による大気汚染は、平均約1.8年もの寿命を縮めることがわかった。この他では、たばこは1.6年、アルコールやドラッグは11ヶ月、交通事故によるけがは4.5ヶ月と、大気汚染被害による人命への影響は他と比較しても突出している。

現在、インドの人口は約13億人。中国に次ぎ世界第二位の人口を誇る。世界人口約74億人のうち、約17%を占める割合だ。世界銀行によると、南アジア全体の平均寿命は69歳。しかしインドはそれより少し下回っているという。さらに、シカゴ大学は「(このままでは)インド人は寿命を11年縮める可能性がある」と警鐘を鳴らしている。

大気汚染は、国の経済発展上、避けては通れない道かもしれない。実際、一時期は中国でも「北京は空気が悪すぎて青空が見えない」などと揶揄された時期もある。インドも「その時期」であるから仕方ない、と大雑把に言ってしまうこともできるかもしれない。しかし、もし世界人口の約17%が寿命を11年も縮めるとしたら、それは大変な問題であることに違いない。


シカゴ大学による「寿命を縮める要因」研究結果

なぜインドは世界最悪の大気汚染国になったのか?

世界保健機構(WHO)は今年3月、世界4300都市の観測所から測定した、世界の大気汚染状況を伝えるレポートで「インドの被害は最悪である」と発表した。都市別の粒子汚染ランキングでは、最高レベルの12都市中、11都市がインドの都市であるという。例えば、人口300万人のインド北部の都市カンプールでは、大気汚染物質PM2.5(微小粒子状物質)の年間平均値は319μg/m(日本の環境基本法において、環境基準に定められている年間平均値は15μg/m)。カンプールがどれだけ劣悪な環境にあるかがわかるだろう。

PM2.5は粒子が細かいため、呼吸器・循環器系へ深刻な影響を及ぼす。発生源は単一ではなく、ボイラーなどのばい煙、自動車の排気ガス、塗料などのVOCガスなど、多種多様な人為的な起源を持つ。さらに火山や黄砂など自然からも排出される。


WHOによる都市別「粒子汚染ランキング」

インドでは、大気汚染物質の多くは農村部から発生しており、2015年に大気汚染が原因で死亡した約75%(約110万人)は農村部の居住者であるという。人口の約3分の2は都市部でない場所に住んでおり、うち80%の家庭は、木材や糞のようなバイオマス燃料を調理や暖房に使う生活をしている。北部では伝統的な焼畑農業が今も行われており、大気汚染の発生源として国家的な問題に発展している。

農村部で発生した「有毒な煙」は、空気中を舞って大都市まで届き、都市の排気ガスや建設用の粉塵と混ざり合う。そして、周囲を囲む丘や山は汚染された空気を閉じ込め、まさに「窒息しそうな」環境を作り上げているのだ。また、政治的な欠陥を指摘する声もある。これらの問題に対処するには、国家的なガバナンスが必要不可欠である。しかし、都市の政治家が「自分のエリアだけ」対策を講じたところで、汚染物質は州を越えて流れ込む。大気汚染に対する意識が低いと言われる地方の政治家が、農村部で積極的な対策を施さない限り「焼け石に水」になることは目に見えている。

このようにインドでは、人為的、伝統的、地理的、政治的要因が重なり、世界最悪の大気汚染国へ“発展”してしまったのである。

大気汚染に立ち向かうスタートアップが登場

さて、ここまでインドの“絶望的”な大気汚染環境を論じてきたが、希望がないわけではない。インドでは現在、この問題に向き合い解決すべく立ち上がった、若きスタートアップが複数出てきている。それぞれにアプローチは違うものの、いずれも独自の方法で、大気汚染という社会問題に立ち向かっている。では、代表的なスタートアップ三社を紹介しよう。

スマホと連動するウェアラブル空気フィルターを開発「PerSapien」

汚染物質をろ過する機能のついた、鼻腔装着フィルターを開発した、ニューデリー発のスタートアップPerSapien。会社創設には、スタンフォード大学やインドのエリート校である全インド医科大学を卒業した科学者、医師、エンジニアなどのインテリジェンスが参画している。彼らは「人々を汚染環境から守り、健康を増進させる」という強い意思の元に集まり、2017年、ウェアラブル空気フィルター「エアレンズ」を発表。

エアレンズは、同社が開発した新技術「アクティブ分子空気清浄テクノロジー(Active Molecular air purification Technology)」を使用した薄いフィルターで、これを鼻の穴に貼ると、PM2.5やPM10、有害なガスを除去できるという。一見「何もつけていないように見える」ほどさりげなく、息苦しさもないとのことだ。

さらに、利用者はスマホアプリをインストールすれば、彼らのいる場所のAQI(大気汚染の度合いを示す空気質指数)や「どのくらいの時間エアレンズを装着するべきか」などを知ることができるという。PerSapienは2018年、インドのイノベーティブなスタートアップに贈られる「Best Innovator Award at Startup India 2018」を受賞している。

<動画>

エアレンズの使用法

高精度の空気モニターを開発する「Kaiterra

Kaiterra は、大気汚染物質を測定する、高精度のモニターを製造販売しているスタートアップだ。衛星や様々なソースからのデータをクラウドに送信し、それらはさらに個々のモニターに送信され、その土地の大気汚染の度合いが示されるという仕組みだ。企業からの信頼も厚く、クライアントにはAppleやAmazon、メルセデスなど世界的な大企業も名を連ねている。また、置時計ほどの大きさの個人向け商品「レーザーエッグ」や、スマホアプリも配信しており、個人ユーザーにも人気を集めている。

Kaiterra IndiaのCEOニタ・ソーンズは「大気汚染は中長期的な社会的問題ではあるが、私たちは個人的な環境改善にも取り組みたいと考えている」と述べている。


レーザーエッグ

低コストの空気清浄機で途上国に貢献する「Smart Air」

2013年に設立されたソーシャル・エンタープライズSmart Air は、HEPAフィルターと活性炭を使った簡易空気清浄機を開発。安価で手軽なソリューションとして、インドはもちろん、中国やモンゴルなど、大気汚染の進む途上国を中心に支持を得ている。

同社の共同設立者Ashutosh Thakurは「大気汚染は個人ではどうにもし難い問題。だから我々はそれをミニマムに解決できる方法を探っている」と語った。

文:矢羽野晶子
編集:岡徳之(Livit

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