通勤や通学で利用することが多い自転車だが、旅行先でメインの移動手段として利用することはほとんどないかもしれない。バスやタクシーで移動することが多いはずだ。

一方、環境意識や健康意識の高まりを背景に、欧米を中心として自転車ライドを目的とした旅行/バケーションスタイルが登場、新たな観光市場として注目を集めている。

自転車好きはもとより、環境・健康意識の高い若い層を魅了している「サイクリング・バケーション」とはいったいどのようなものなのか、その最新動向をお伝えしたい。

プロ仕様の自転車で500キロ以上・標高1000メートル以上を走破する過酷なバケーション

サイクリング・バケーション需要の高まりを受け、愛好家向けの本格的なものから、ソフトライドをメインとするものまでさまざまなツアーが登場している。

本格的なツアーを提供する代表的な企業の1つとして、米国発のInGambaが挙げられる。ポルトガル生まれ・ニューヨーク育ちの元自転車レーサー、ジョアン・コレイア氏が2012年にカリフォルニアで立ち上げた企業だ。


(画像)InGambaウェブサイト

InGambaが提供しているのは、市街地をのんびり走るサイクリングツアーではない。標高1000メートルを超える山岳区間を含む全長500キロメートルほどのコースを走破する本格的なツアーだ。

このツアーにはツール・ド・フランスやジロ・デ・イタリアなどの自転車レースのように、メカニックやマッサージャーが同行、サイクリストを手厚くサポートする体制が敷かれている。

自転車は持参できるが、同ツアーではプロが使用している同じモデルのハイスペックロードバイクがレンタルされる。現在はツール・ド・フランスで過去4回総合優勝を果たした英国のトップレーサー、クリス・フルーム選手が直近使用していた「PINARELLO DOGMA F10」というロードバイクがレンタルされている。同モデルの完成車の価格は130万円ほどだ。


(画像)InGambaのツアーで貸し出される「PINARELLO DOGMA F10」(InGambaウェブサイトより)

ツアー参加費用は場所や日数などによって異なり、3450〜1万ドル(約39万〜約113万円)の間で設定されている。

東アルプス山脈の一角であるドロミーティ山地を上るコースは7950ドル(約89万円)。8〜12人のグループで、556キロメートル(合計高度1万4150メートル)を7日間で走破する。

1日目の走行距離は30キロ・高度500メートル、2日目は76キロ・高度1500メートル、3日目は68キロ・高度1200メートル、4日目は69キロ・高度2200メートル、5日目は50キロ・高度350メートル、6日目は13キロ・高度390メートル、最終日7日目には138キロ・高度4250メートルを走る過酷コースだ。上り基調のコース、筋肉痛は避けられないかもしれないが、同行するマッサージャーが疲れた筋肉をほぐしてくれるようだ。各目的地で地元のワインや料理を楽しむことができるのも、このツアーの魅力になっている。


(画像)ドロミーティ山地を上るコース(InGambaウェブサイトより)

このほか米サンフランシスコの海岸沿い625キロを4日で走るコースやスペイン・バルセロナ周辺の海岸沿い519キロを7日で走るコース、ポルトガルの海沿い・山岳地帯585キロを7日で走るコース、また女性だけのツアーも提供されている。基本は10人ほどのグループツアーだが、プライベートトリップも可能という。

英国発のHOTCHILLEEもサイクリング・バケーションを提供する企業だ。

HOTCHILLEEは2004年からサイクリングツアーを開催しているが、その参加者が大幅に増えたのは2010年頃。英国では2012年のロンドンオリンピック開催に向けスポーツ機運の高まりとともに自転車熱も高まっていったという。

同社が提供するツアーの1つにロンドン−パリ3日間コースがある。同社創業者のスベン・シェール氏がナショナルジオグラフィック・トラベラーに語ったところによると、2004年このツアーの参加者は13人しかいなかったという。しかし、現在では400人近くが参加するまでに拡大。ホテルなどの制限があるため400人が最大となっているが、申込み者はこの何倍にもなるようだ。


(画像)ロンドン−パリ3日間コースの様子(HOTCHILLEEウェブサイトより)

このロンドン−パリ3日間コース、2019年は7月25〜28日の日程で開催される。毎年同じ時期に開催されるこのツアー、目的は自転車ライドを楽しむだけでなく、ツール・ド・フランスのファイナルステージを観戦することだ。

参加費用は個人参加で1549ポンド(約22万円)。3日間の宿泊費、食費、テクニカルサポート費、メディカルサポート費、マッサージ、飲料水代などが含まれている(自転車は持参)。100人以上のサポートクルーが同行し、メカトラブルや体調不良などに対応する体制を整えている。400人ほどの大集団は、レベルごとに5つのグループに分けられるため、上級者だけでなく初心者も参加できるようになっている。トップグループは平均時速30キロ以上、中級者グループは27〜28キロ、初級者グループは25〜26キロで巡航するという。

ロンドン−パリコースのほか、南アフリカの沿岸、モロッコの山岳地帯、ピレネー山脈に挑戦するコースなどがある。


(画像)HOTCHILLEEの南アフリカ・サイクリングツアー(HOTCHILLEEウェブサイトより)

英国では自転車道路の整備が進んでおり、サイクリストの数は増えているといわれている。ロンドン・オリンピック後の2013年からプロだけでなく一般参加ができる自転車イベントRideLondonが毎年7月に開催されているが、2017年は2万4000人の参加枠に8万人が応募したともいわている。


(画像)RideLondonの様子

英国の自転車アパレルブランドRaphaもサイクリング・バケーション需要に応え2013年からツアーを提供している。HOTCHILLEEと同様に、ケニヤ、コロンビア、パタゴニア、北欧など世界各地で楽しめるサイクリング・バケーションを提供している。

Eco−Businessによると、欧米のサイクリストの間ではアジアでのサイクリング・バケーション需要が高まっているという。米国のBicycle Adventuresはアジアのなかでも自転車インフラ整備が進んでいるとされる台湾でサイクリング・ツアーを実施したという。英国の旅行代理店ではアジアでのサイクリング・ツアーに関する問い合わせが増えているとも伝えている。

世界の観光産業は今後も成長を続けるとみられているが、旅行者が求めるものは時代とともに変化している。日常では体験できないアドベンチャーな世界を求める傾向が強くなっているといわれている。自分の力で数百キロメートルを走破するサイクリング・バケーションはそんな旅行者の琴線に触れるのかもしれない。

文:細谷元(Livit