「段ボール」はあなたにとってどのような存在だろうか?包むもの、ただの箱など答えは様々ではないかと思う。

島津 冬樹氏はそんな段ボールが持つあたたかさや物語を広く世の中に知ってほしいと活動するアーティストだ。彼が作る段ボールを素材とした段ボール財布は、世界中の人々を魅了し、その作品は東京の国立新美術館をはじめ、オーストラリアなどでも発売されている。

島津氏は世界30カ国を巡って自身の足で歩き回りながら魅力的な段ボールを探し求めたり、気になる段ボールがあればその段ボールが作られた土地を訪問してルーツを知ろうとしたりする。彼は、なぜそこまで段ボール創作に、いや段ボールに情熱を傾けられるのか。

段ボール愛に満ちた島津氏の創作活動やそのアートスタイルに密着したドキュメンタリー映画が2018年12月7日に『旅するダンボール』いうタイトルで公開された。ミレニアム世代でもある島津氏が、段ボールが手元に来るまでに辿ってきた「物語」「あたたかみ」を財布に落とし込む思いや創作へのマインドに迫った。

<島津 冬樹>
1987年、神奈川生まれ。2012年多摩美術大学情報デザイン学科卒業。2015年、広告
代理店を経てアーティストへ。2009年より路上や店先で放置されている段ボールから、財布を作る“Carton”をスタート。国内外での展示やワークショップを開催している。また、12月7日より自身の活動を追ったドキュメンタリー映画『旅するダンボール』が公開。

段ボールだからこそ“Face to Face”で感じられる喜び

多摩美時代に財布がなく、たまたま目に入った段ボールで財布を作ったことが活動のきっかけになったという島津氏。創作をきっかけに段ボールを世界から集めるようになるが、彼は昔からおもちゃのミニカーや飛行機など物を集めることが好きだった。

島津:昔から段ボールに限らず色々なものを集めること自体好きなんでしょうね。それぞれが同じ形だけれど、デザインや色が違う物をコレクションしたいという気持ちがありました。たとえば、おもちゃの飛行機にしてもエアラインごとにデザインが違います。

同じ形で違う色とかデザインに惹かれるっていうのは、生まれつきなんじゃないかな。段ボールもまさしくそれに当てはまって、同じ箱という枠組みではあっても、デザインが違うというところでコレクション心がそそられます。


島津氏のアトリエ内にある段ボールコレクションの一部

島津氏は段ボールアーティストとして独立する前は、電通でアートディレクターとしておよそ3年半勤務していた。同じクリエイティブとはいえ、広告と段ボール財布創作では作り手が感じるギャップに大きな差があると教えてくれた。

島津:広告は大勢に向けて発信するものなので、自分が作ったクリエイティブに対して直接ユーザーからリアクションがあるわけではないので、自分としては少し物足りなさを感じてしまいました。

それに対して、段ボールで財布を作るというのはお客さんの反応が良い意味で異なりました。段ボールで財布を作ると聞いただけですごく喜んでくれたり、驚いてくれたりするんです。ワークショップでも喜んでくれます。小さいときからマジックを通して相手を楽しませるのが好きなのですが、段ボール財布の活動もこの雰囲気に似ていました。

一対少人数であってもリアクションがFace to Faceで見えるというところが喜びのひとつです。

段ボールの物語が与えてくれる「あたたかみ」


(c)2018 pictures dept. All Rights Reserved

では島津氏にとって段ボールはどのような存在なのだろうか。尋ねたところ、少年のようなピュアな笑顔で次のように熱く語ってくれた。

島津:僕が活動を通して発見したことは『あたたかい物』ということですね。もちろん物理的にも温かいですよ。みなさんご存知の通り、実際に被災地とかでもベッドとして使われたりしています。それに作りたての段ボールもパンみたいに温かいんですよ。それだけではなくて、物語性でいうと、映画でも触れている鹿児島県徳之島産のジャガイモの段ボールのようにその背後にあるストーリーがとてもあたたかかったりするんですよね。それはどんな物にも共通することで、つきつめていくと背後には物語があるはずなんです。

現在公開されている映画『旅するダンボール』でも、実際に島津氏が自ら足を運び、東京で見つけた段ボールのルーツを探っている。

『旅するダンボール』予告編YouTube


12/7(金)YEBISU GARDEN CINEMA /新宿ピカデリー ほか全国公開中
(c)2018 pictures dept. All Rights Reserved
公式サイト:carton-movie.com 91分/配給:ピクチャーズデプト

段ボールを求めて海外にも足を運ぶ中で、国境を超えた段ボールアートに海外の人たちがどのような反応を示すのかも伺った。

島津:皆さん大体、同じリアクションですね。作る過程で財布の“ボタン”をつけた時に、段ボールが“使える物”になったと喜びます。それは日本人でも中国人でもアメリカ人でも一緒です。ただしワークショップの進め方は国によって違います。中国の方々は僕が作った段ボール財布のテンプレート“型紙”を持って帰ろうとしちゃうんですよ(笑)で、アメリカの人たちは説明していないのにどんどん先に進めちゃいます。言ってないのに切ったり折りはじめたりとテンポがすごくはやいです。そういった意味では国ごとに違っていて面白いですね。

スタートは「好きな仕事は何か?」を知ること

学生時代から創作活動を行っている島津氏であれば、電通の業務と並行しながら続けるという選択肢もあったのではないだろうか。その疑問を正直に島津氏にぶつけると退職を踏み出したきっかけと合わせて、自身の思いを次のように述べてくれた。

島津:死から逆算したんです。やはりこの先のことを考えたときに、このまま会社にいて、死ぬ前に後悔するのは嫌ですよね。

そうすると『死ぬ時に会社で一生を終えてよかったと思えるか?』、『給料が上がるにつれて辞めにくくなっていくのではないかという恐怖』の2つを考えました。そして今が辞めるタイミングではないかと思い、とりあえず辞めてみました。これが入社から3年半後のタイミングです。もちろん辞める3ヶ月前ぐらいは葛藤もありましたが、おそらく3年後も段ボールで活躍しているかなと思って飛び出しました(笑)

自身の思いと情熱に従って歩むルートを決めている島津氏に、自身のやりたいことを踏み出したいと思い悩むミレニアム世代が一歩を踏み出すためのアドバイスを伺った。

島津:まずは“自分が好きな仕事な何なのか?”というのを冷静に考えてみることではないでしょうか。なんとなく仕事に追われて、やりたいことができないとなるとその分だけストレスが溜まると思います。

とはいえ正直お金の問題や心配事は、人それぞれあるのではないでしょうか。だからやりたいことがあったとしてもいきなり一本でやろうと考えすぎなくてもいいかもしれませんね。一番は“続けること”が大事じゃないでしょうか。僕の活動も大学出てすぐ一本でやってたらきっとお金もなくて止まっていたかもしれない。何かしながらでも続けると言うことが大事だと思います。

この1〜2年で政府主導による副業解禁の動きなど、会社員を取り囲む環境は変化している。「何かを続けたい」「やりたいことがあるけれど・・・」と悩む人は、その環境にいながら継続する道を選ぶのも今なら取りやすいのではないだろうか。

自分が何が好きかを理解した状態で続けることが重要

最後に学生時代からの段ボール財布制作を継続している島津氏に「どうしてそこまで続けることができるのか?」を尋ねたところ、自身の会社員時代と併せて次のように教えてくれた。

島津:何が好きかを自分が理解した上で続けることだと思います。僕もアートディレクターになりたいと漠然と思いましたが、いざ蓋を開けてみると『僕は何が好きだったのか?』『何を作りたかったのか?』など考えました。アートディレクターはクリエイティブ面でいろいろな物を作りますし、働いて改めて“作る”という仕事も様々だなと知りました。その中で、自分にとって作るというモチベーションが“人のリアクション”であるということに気づきました。

他の職業でもそうだと思います。例えばあなたがライターをやっているとして、漠然と自分がやりたいことをやれているかもという可能性はあるかもしれません、しかし本質的にはそれではない物があるかもしれない。そのことに歳をとってから気づいても少し遅いわけです。だからこそ『自分は何が好きなんだっけ?』ということを早い段階で理解した方がいいと思います。

島津氏は「自身が何をしたいのか」を心から理解しているからこそ、信念を持って創作に打ち込める。島津氏の映画をきっかけに今の自身のあり方や今後について内省したい。

文:杉本 愛
撮影・編集:國見泰洋