エストニア発、世界的なムーブメントにまで広がっている「Robotex」の日本支部が10月に立ち上がった。
Robotexとは、STEAM(Science, Technology, Engineering, Art, Math。中でも特にRobotics)・アントレプレナーシップ教育のグローバルネットワークであり、2001年にエストニアで始まってから今年で18年目を迎える。
ロボットフェスティバルの開催国はこれまでに世界15カ国へと広がり、参加国は40を超えた。
そんなRobotexのヘッドクォーターであるエストニアで行われる年に一度の世界最大級のロボットフェスティバル「Robotex International」が2018年11月30日から12月2日の3日間にかけて開催された。
電子国家やブロックチェーンなどで話題のエストニアだが、子どもたちのSTEAM・アントレプレナーシップ教育も盛り上がるその現場感とは。
「Robotex」とは?
Robotexは、2001年にエストニアにて設立され、5大陸の15カ国に展開している世界最大のSTEAM(中でもロボット)・アントレプレナーシップ教育のネットワークである。
AI&Dronesを含むロボット教育とスタートアップトレーニングをテーマに、世界最大級のロボットフェスティバル「Robotex International」やロボティクス・アントレプレナーシップ教育を学べる学校の設立、教員養成プログラムの提供、スタートアップ支援や企業向けのプログラムの提供などを行っている。
Robotexの掲げているビジョンは「世界中にロボティクス技術の教育を普及させ、ロボティクスで活躍する人や起業家を爆発的に増やすこと」であり、このほど開催されたロボットフェスティバル(ロボコンを含む)はそのための一つの手段だ。
イベントなどオフラインの現場を軸に、そこに多くの人や企業を呼び込みコミュニティを作って広げていく活動を世界各国、特に新興国や発展途上国に展開している。
近年ではスタートアップ支援や支援したスタートアップを支援する投資家の巻き込みを行っており、STEAMや教育を軸にしたエコシステムを形成しようとしている。
Robotex International 2018の様子。Robotex International公式ホームページより
Robotex を率いるのはSander Gansen(サンダー・ガンセン)という24歳のエストニア人のチェアマン。ビジョナリーな彼は各国のRobotexコミュニティおよび関連企業を訪れるために世界を飛び回り、エストニア政府の公式Youtubeチャンネル でもメッセージを強く発信するなど精力的に活動中である。
「Robotex International」現地レポート
エストニアで年に一度行われる Robotex International フェスティバル。始まってから18年目を向かえる今年だが、年々成長してついにタリン最大のイベント会場に収まらなくなり、2018年から2箇所に分かれて開催されることとなった。
イベントは大きく分けて「カンファレンス」と「エキスポ」であり、前者はキーノート、ピッチ、企業の商談ブース。後者はロボコン、ワークショップ、企業や団体の体験ブースなどで構成されている。
カンファレンス会場は、エストニア最大のスタートアップカンファレンスLatitude 59 も行われる文化センター(Kultuurikatel)。首都のタリン中心部から近くて便利なところに位置し、ソ連時代の工場として使われていた建物である。
Robotex CEOのサンダー(右から2番目)と3ヶ国の Robotex 支部の代表が、Robotex コミュニティについて語る(撮影:藤村聡)
スピーカーは23カ国から80名が参加。NASAやGoogleといった大企業から、MakeblockやDFRobotといった教育ロボットを作成しているベンチャー企業、Starship TechnologiesやTaxifyといったエストニア発の有名スタートアップなど幅広い層のスピーカーセッションが行われた。
NASAキーノート(撮影:藤村聡)
日本からはRobotex Japanのマスターエバンジェリストであり、Mistletoe株式会社のファウンダーである孫泰蔵氏が登壇し、未来の教育について熱く語った。
(撮影:ピォー豊)
カンファレンスで印象的だったのは、全てのスピーカーがロボティクスについてのみ話していたわけではないという点だった。
Robotexが設けたカテゴリーは、Autonomous Vehicles(自動運転)、Cyber Security、Data Science、Education、Futurism(未来志向)、Industry 4.0、Policy(政策)、Space Tech(宇宙テクノロジー)の7つ、それを支えるロボティクス、教育、ソフトウェアなど、触れられる話題は様々。
さらに、スピーカーとしては人口130万人のエストニアに23カ国から集まった。
こうした事実は、Robotexの思い描く世界観とも重なる。「枠組みを超えたコラボレーションから、新たなイノベーションを生みだし、子どもたちにもそれを肌で感じてもらう」。
そのためには、ロボットカンファレンスといっても、ただユニークなロボットを集めるだけではなく、世界の最先端をひた走る起業家やエンジニア、研究者に出会うきっかけが必要と考えたのであろう。
特に会場を驚愕させたのは9歳のZara(ザラ)という女の子だ。シンガポール出身の彼女は企業のCEOであり、チャットボットアプリを開発している。
旅行大好きな彼女は、家族で海外旅行に行くときに子どもが楽しめる場所についての情報源が世間には貧弱であることへのソリューションとして、そうした情報をワンストップで提供するチャットボットOCTAを開発した。1年半で開発して公開したスピード、チーム作りも、ピッチの仕方やビジョンそのものも、何もかも 大人のピッチと比べて遜色ない。
客席はスタンディングオベーションとなり、その後に登壇した孫泰蔵氏は「彼女にぜひファンディングしたい。彼女のすばらしいプレゼンの後が私の退屈な話ですみません」と絶賛。続いて孫氏、フィンランドの教育起業家とのパネルディスカションにも登壇し、堂々と発言していた。
これもまた、Robotexの目指す世界観である「子どもと大人を年齢で分けることなく、誰にでも機会を与え、活躍できる環境づくりをする」ことと重なる。
普通ならば、子どもが大人だらけのスピーカーに混じってカンファレンスに登壇するということはあり得ない。しかし彼らはそれを実現し、観客たちを驚かせた。
チェアマンのSanderが「Roboticsの業界であれば、子どもが大人に教えることも、何かを作ることもしやすい」と話すように、発展途上の業界であるからこそ既存の当たり前を疑いながらイノベーションを起こしていける機会が溢れているのだと感じさせられた。
少し残念だったのは、会場をカンファレンス会場とエキスポ会場に分けたことによって客層の違いが現れてしまった点である。カンファレンス会場には、起業家、投資家など大人たちが多く、子どもたちは皆ロボコンやワークショップのあるエキスポ会場に流れてしまっている様子だった。
それぞれの会場は車で15分ほど離れており、開催側がシャトルバスを用意するなどしておらず、交通機関は自分で手配するしかなかったため会場同士の交流は難しかった。
目的に沿って行動しやすいという点もあったかもしれないが、Robotexのインクルーシブな世界観を実現しきれていない印象を受け、子どもたちに聞かせたいようなすばらしいスピーチもカンファレンス会場にいる大人にしか届かなかったのは残念な点であった。
一方、エキスポ会場は親子連れでいっぱいで、男子も女子も入り混じった賑やかな雰囲気が感じられた。メインはロボコン(初級/中級/上級の計20以上の種目)だが、企業展示や体験ブースもある。
Robotexのロボコンの特徴は、ほとんどの種目が自動運転であること。日本のロボコンではリモコン方式が多いが、それだと人間の操縦スキルも影響してしまう。
自動操縦はセンサーの使い方、ソフトウェアのアルゴリズム、そして全体の設計思想や信頼性といった点が勝負の分かれ目になるという特徴がある。以下では、いくつかの競技を紹介する。
Taltech Folkrace(中級)
規定時間内に何周できるかを競う。コースが8の字なので、壁に当たったときにどちらに舵を切るかが難しいようだ(右回りの部分と左回りの部分がある)。出場者は小学生から大学生まで幅広く参加していた。
https://tehnika.postimees.ee/6471245/tehnikaulikool-oli-robotexil-voidukasより
Maze Solving(中級)
(撮影:藤村聡)
迷路探索。コースは毎回変わるので、リハーサルのときにコースに応じたチューニングをするわけには行かないようだ。大学生くらいの出場者が多く、中国大会を勝ち抜いてきた出場者もいた。
Cyber Security Challenge(中級)
ロボティクスエンジニアにとって必携のセキュリティの知識をつけてもらうための種目。サイバーセキュリティ業界では一般的なCTFと呼ばれる競技の一種だが、その中で簡単と思われる部類のもの。
メンターの大学生に聞いたところ、16歳から17歳くらいの高校生が多い様子であった。
Basketball(上級)
観ていてとても楽しい競技だった。対戦型で床に落ちているボールをそれぞれのゴールに多く入れたほうが勝ち。ボールを見つけて、適切な角度に回り込み、適切な強さで投げ上げるという高度な技が必要で、大学生やかなり上級者な社会人が出場していた。
Drone Race
8の字のラインの上を自動操縦で10分間に何周できるかを競う。ドローンは3kg以内という制限だけなので、様々なタイプが出場していた(中には飛行船型も)。
決勝は9チームが出場、筆者が観ている間に挑戦した4チームは、いずれも一周もできずに墜落しており、なかなか難しい様子であった。
この種目だけ周囲にネットが張られていたが、墜落したドローンのプラスチックの羽根が飛び散るあなどしていたため、危険な競技でもあった。
企業ブース
企業・団体のブースは、子どもに体験してもらうコーナーを中心に盛り上がりを見せた。
(撮影:藤村聡)
日本からもロボットを操作する体験ができるVIVITAブースには常に親子連れが訪れていた。
(撮影:藤村聡)
トレーラー式の工房も。子どもたちがその場でものづくり体験できた。
(撮影:藤村聡)
タリン工科大学が企業とともに研究開発をしている自動運転車や自動配達ロボット(Starship)の展示もあった。
(撮影:ピォー豊)
レゴを作れるブースも(撮影:齋藤侑里子)
全体を通じて、大人と子供が別け隔てなく入り混じって夢中になっている姿がすばらしかった。
「世界最大のロボットイベント」という謳い文句に期待して来ると、手作り感やまだまだ発展途上であるこのフェスティバルに少し肩を落とす人もいるかもしれないが、そこが本質ではないだろう。
夢中になり、その先で世の中を良くすることに貢献できる可能性があり、年齢や性別にかかわらずいろんな国の人びとが参加できる分野であるロボティクス。
Robotexは2019年から日本でも本格始動する。日本では、エストニア以上に年齢別のヒエラルキーや、テクノロジー分野への理解が追いついていないことなどもあり、あまり身近に感じられない人も少なくない。
Robotexは、日本のトラディショナルな潜在意識やロボティクス技術、教育へのイメージを変える起爆剤となりうるか――。
参考記事:エストニア発の世界最大ロボット教育ネットワーク日本支部「Robotex Japan」設立。今秋より本格稼働
文:藤村聡(Mistletoe株式会社)、齋藤侑里子(Robotex Japan)