世界最速ペースで高齢化が進む日本では、それに比例し、一年間の死亡者の数も増加し続け、遺体が火葬まで1週間以上待たされるといったショッキングなニュースも聞く。
そんななか海外では、センシティブなトピックである「葬儀」に関して、多様な広告が登場するようになった。例えば、イギリスでは今年、日焼けした水着の男女が棺桶を抱え、「コストを抑えた旅」をPRする葬儀広告が物議を醸し出した。
このように近年、死に関連するサービスやビジネスは、これまでになくオープンに語られるようになり、またセレモニーに関する価値観の多様化や、地域社会、家族観に変化が生じていることも相まって、サービスで価格の変動やオンデマンド化が始まっている。
他業界のプレイヤーやスタートアップの参入も活発化し、様々なテクノロジーを活用したユニークなサービスも生まれている。
死を身近に感じることの少ないミレニアル・Z世代にとっても、家族をどう見送るかを考えなくてはならない場面はやがてやってくるし、いずれ誰もが自分自身の死に向き合わなければならない。誰もが人生に1度は必要になる「葬儀市場」で起こる変化をお伝えする。
パッケージ販売からオンデマンド型に変容する葬儀
もともと葬儀サービスは平均100万から200万円ともいわれる高額な買い物にもかかわらず、買う側にとってかなり不利な状況で購入の判断をしなければいけないことがほとんどだった。
精神的に不安定ともいえる状態で、時間に追われながら、限られた情報をもとに経験値の少ない、時にはまったくない状態で手配を行う。これまではそれが典型的な葬儀のあり方だった。
しかし、長らくコスト面も含めてサービスを吟味するのが難しかったこの分野も、インターネットの普及で見積もりを取り寄せ、比較検討することが容易になった。
家電などの価格比較でよく用いられる「価格ドットコム」も葬儀の価格を扱わっており、わずか3分で複数のサービス提供者から見積もりをもらうことが可能。
丁寧なインストラクションやカスタマーサポートも行われたため、まるで旅行代理店に旅の計画づくりを手伝ってもらっているようにさえ感じられるかもしれない。
近年、年間の死亡者数が増加しても葬儀業界全体の売上がそれほど伸びない状況になっていると言われる。これはパッケージ販売が一般的だった葬儀に、個々人の希望に応じて内容・価格を調整し、シンプルなサービスのみを求めるニーズに対応する葬儀会社が多く現れていることが背景にある。
通夜や告別式などは行わず火葬のみをする「直葬」のコストは20万円程度からと、伝統的な儀式を求めないのであれば、かなり低コスト化している。それはまるで、レガシーキャリアに対しての、座席のみを購入し食事やブランケットなどはオプションとなるLCC(格安航空会社)の出現のようだ。
埋葬についても、遺骨から炭素を抽出してダイヤモンドアクセサリー化するダイヤモンド葬や、樹木を石の代わりに墓標としてもらう樹木葬など、墓石の購入費や維持管理コストがかかる従来型の墓以外の選択肢がどんどん増えている。
買い手側のニーズにきめ細やかに対応するだけでなく、従来の葬儀に新たな価値やサービスを加える企業も増えてきた。例えば、行政書士、弁護士事務所と提携し、葬儀前後で発生する相続など法的な問題をサポートするリーガルサービスは付加サービスとして一般的だ。
スタートアップがこの業界で増えてきたことも、葬儀のオンデマンド化やカスタマイズを後押ししている。
アメリカのスタートアップデータベース「エンジェルリスト」では、故人(あるいは自分)のメモリアルウェブサイトを作成できる会社や、葬儀関連サービスのマーケットプレイスをワンストップで提供する会社など、葬儀や終活に関連する100以上の会社がリストアップされている。日本でも僧侶手配サービスする提供する企業も現れている。
葬儀業界に社会の変容とIT化が変化をもたらす(Pixabayより)
ユニークな “最先端” の弔い
宗教や地域社会といった伝統的なものごととの距離が近かった葬儀業界で起きているもう一つの変化は、テクノロジーのユニークな活用だ。
例えば、3Dプリンターを使って写真からフィギュアを作成する遺影ならぬ「遺人形」。家族の心のよりどころとして、故人の生前の姿をリアルに再現した小さなフィギュアを作成できる。
火葬までの待機時間が長くなっている日本の現状に応える遺体冷却安置台「メモリアルベッド」は、家電やコンピューターに使われてきた電子冷却媒体を使用した革新的な遺体安置台。
これまで遺体冷却に一般的に使用されてきたのはドライアイスだが、「メモリアルベッド」は、冷却温度が低すぎることで遺体の状態や表情が硬くなってしまうという問題を解決し、より家族の気持ちに寄り添った葬儀の実現に貢献する。
さらに、ドライアイスによるCO2の排出、火葬時のダイオキシン発生も少なくできるという環境面から見た長所もある。
こうした死が環境に及ぼす影響の最小化については近年、サービス提供者だけでなく個人の側からも関心が高くなってきている。
韓国出身のJae Rhim Lee氏が考案したキノコを使った遺体分解スーツ「Mushroom burial suit」は2011年のTEDトークで注目を集めた。
人間の身体には219の有害物質が含まれるらしいのだが、このキノコの菌糸を張り巡らせたスーツは、遺体を速やかに分解して環境に負担のかからない状態にする。
この試みは仕様変更を経て実用化し、「Infinity Burial Suit」として現在1500USドルで注文を受け付けている。サイズはS/M/Lの3種類、ペット用もある。
こうした取り組みに共通しているのは、葬儀業界に外から参入した者が新しい視点を持ち込んで実現している点だ。
「終活」という言葉が広く使われるようになったが、住む場所や住まい、働き方、家族の構築から旅の仕方など、ライフスタイルのあらゆる側面で自由度が高くなり、選択肢も多様になっている私たちの世代では、人生の最終段階でも自分らしい選択をしたいという人が今後増えるのではないだろうか。
前出のLee氏は、キノコスーツの仕組みについて理解し、自身の埋葬着として選ぶということは、自身が死に、腐敗し、自然へ戻ることを受け入れるプロセスであると語った。
私たちにとって、自分自身がいずれ死に土に還る存在であることを意識的にとらえることは容易ではない。
しかし、社会が死と葬儀をタブー視せずに語るようになることは、葬儀産業にユニークな広告やサービス、そして価格破壊をもたらすだけでなく、葬儀や埋葬というものを家族や本人にとってより主体的につくりあげる「別れのプロセス」へと変えていくだろう。
文:大津陽子
編集:岡徳之(Livit)