今年10月、アメリカのマサチューセッツ工科大学から、将来の建築材や保護材として有望な新しい素材の開発に成功したとの報告があった。その素材は、大気中の二酸化炭素を組織に取り込む植物のように、二酸化炭素に反応して“成長”するという。

新しい素材は、生育する組織に大気中の二酸化炭素を取り込む植物と同じような化学プロセスを行う合成ゲル状物質。ホウレンソウから得た葉緑体、アミノプロピルメタクリルアミド(APMA)、グルコースオキシダーゼと呼ばれる酵素を合成したもので、炭素を取り込むことで強度が増すことと、日光や照明などの光にさらすとヒビなどが修復されるのが特徴である。

「二酸化炭素から炭素を取り込んで骨格としていく樹木のような物質」と、開発チームのリーダーであるMichael Strano教授は語る。ファブリックや自動車部品、スマートフォンの保護コーティングへの活用のほか、将来は建築材として開発していきたいという。建設現場で大気と光にさらすことで材料が膨張し、強度を作ることができるので、軽量化して輸送できるという。


二酸化炭素と光にさらされると膨張して傷を埋める。©MIT Courtesy of the researchers

壊れたら自分で修復する

このように修復や補修を必要とせず自らを修復する素材は「Self-healing material(自己修復材)」と呼ばれる。研究の歴史は古く1970年代から行われていた。現在は、分子が修復機能をもつ高分子材料や、修復剤を内包するカプセル分散高分子複合材料、コーティング塗料、耐熱鋼、貴金属触媒など多岐にわたって研究・開発がされている。

日本でも、2017年に世界初の素材が報告された。東大が割れても直る「自己修復ガラス」の開発に成功したというものである。ガラスは通常割れてしまうと高温で溶かさないと修復できないが、東大が開発した半透明の高分子物質「ポリエーテルチオ尿素」は、室温環境でも割れた面を押しつけておくと修復するというのもので、スマートフォンの画面や車窓などへの利用が期待されている。


東京大学工学部ウェブサイトより

ところで、前述のマサチューセッツ工科大学が開発した合成ゲル状物質が特に注目を浴びたのは、従来の修復材を作動させる気温変化や紫外線、摩擦などの外的刺激を必要とせず、二酸化炭素と光さえあれば、持続的、自動的に修復を行うところにある。温室効果の一因といわれている二酸化炭素を有効利用する発想は画期的である。「容易にアクセスできる炭素を材料にするというのは、材料科学にとっては重要な好機です。持続可能な世界へのステップといえます」とStrano教授はコメントしている。

微生物や菌の力を借りて修復

建築材でも自己修復材の開発が加速している。なかでも研究が進んでいるのがコンクリートである。強度もあり安価で大量生産できるコンクリートは社会構造の基礎を担っているが、第二次世界大戦後に大規模に造られた橋や道路などは70年以上が経過していることから、修復、補修、更新が各国で喫緊の課題になっている。

乾燥収縮、気温変化、中性化によって起こるコンクリートのヒビ割れを修復する方法として、修復材やヒビを感知するセンサーを埋め込むエンジニアリングのほか、バイオ技術の開発も進んでいる。

実用化に至った事例として、オランダのデルフト工科大学が開発したバシラス属のバクテリアの活動を利用した自己修復コンクリートがある。バクテリアと栄養分の乳酸カルシウムをコンクリートに混入させるもので、乾燥状態だと殻をまとって休眠するが、コンクリートのヒビによってしみ込んだ水分と酸素(雨と空気)が供給されると、殻をやぶって活動し始め、エサの乳酸カルシウムを分解しながら炭酸カルシウムを排出する。その炭酸カルシウムがひび割れを埋める成分となるというものだ。

アメリカでもニュージャージー州ラトガース大学でコンクリートのヒビによってしみ込んだ水分で活動する菌類を研究中である。


バイオベンチャー企業Basiliskとして自己修復コンクリートを開発している(同社公式Webサイトより)

材料のパラダイムシフト

材料の歴史を俯瞰すると、現在私たちは産業構造を一変させるパラダイムシフトの夜明け前に立っていると言えるのかもしれない。

1960年以降、プラスチックの大量生産が可能になると、私たちの生活環境は大きな影響を受けた。自己修復材が一般的に活用されるようになれば、プラスチック以来、それ以上のインパクトを生活・産業に与えることは間違いない。メンテにかかるコストや輸送の削減、エネルギー節約と、建築・製造現場以外への影響も計り知れない。世界的な規模で問題になっているゴミ問題にも貢献するだろう。

「作って、使って、捨てる」という大量生産・大量消費は、前世紀に盛んだった活動と振り返る未来がこれからやってくる。

文:水迫尚子
編集:岡徳之(Livit