「パイロット=男性」の常識覆すインド〜世界平均の2倍、空で女性が活躍する理由

国内・海外旅行で飛行機に乗る際、空港でさまざまな航空会社のパイロットとキャビンアテンダントを見かけることがあるだろう。ほとんどの場合、男性のパイロットと女性のキャビンアテンダントで、女性のパイロットを見かけることはまずないだろう。

国際女性パイロット協会(ISWAP)が世界100社以上の航空会社を対象に実施した調査によると、2018年11月時点ではパイロット総数15万4,957人に対して女性パイロットは8,477人と全体の5.47%しかいないことが判明した。また女性機長は2,407人と全体の1.55%にとどまった。日本の航空会社(子会社を含む)では、パイロット総数2,700人に対して、女性パイロットは34人、女性パイロット比率は1.3%と世界平均を大きく下回っている。

一方、女性パイロット比率が12%以上と世界平均を2倍以上上回る国が存在する。人口13億7,000万人、世界2位の人口を誇るインドだ。インドのパイロット総数は8797人、このうち女性パイロットは1,092人、また女性機長は385人、女性パイロットと機長の比率はダントツで世界トップとなる。今後もインドでは女性パイロットが増えてくる見込みだ。

ジェンダーバイアスが強いパイロットという職業だが、インドではこのバイアスが弱まっているといえるだろう。なぜ、インドではパイロットを目指す女性が増えているのか。今回はその理由を探ってみたい。

4年で2倍増加したインドの女性パイロット

インドでは数年前からすでに女性パイロット比率は10%を超えていた。2014年、インドのパイロット総数は5,050人、このうち女性パイロットは586人と女性比率は11.6%だったのだ。2014年から2018年、女性比率は11.6%から12.4%に増加。一方、絶対数では586人から1,092人と2倍近く伸びている。

インド最大の航空社IndiGoでは現在330人の女性パイロットがいるが、その比率は13%を超えるという。5年前、女性パイロット数は80人、比率は10%だった。

インド地元紙タイムズ・オブ・インディアによると、IndiGoやAir India、Air Asia Indiaなどでは、マーケティング部門やキャビンアテンダントとして働く女性が訓練を受けパイロットになるケースが増えており、インド航空市場のトレンドになっているという。


パイロット採用で女性のイメージを起用しているIndiGo(IndiGoウェブサイトより)

インドで女性パイロットが急増する背景には、インド航空市場の急速な拡大によるパイロット不足、これにともなう航空会社の性雇用促進、さらには若い世代の意識変化など複数の要因が考えられる。

国際航空運送協会(IATA)によると、2017年世界の航空旅客数は前年比3.6%増加し約40億人に達した。2036年には78億人に増加する見込みだ。このうち特に人口が大きい中国とインドの成長が世界の旅客需要をけん引すると見られている。2036年インドの旅客数は4億7,800万人に達すると予想されている。また2025年にはインドの航空市場は世界3番目の規模になる見込みだ。市場の成長率は世界で最速といわれており、パイロットを含め航空産業の人材育成・供給が急務の課題となっている。

一方、インドではパイロット志望の女性が多く、航空各社は女性パイロットの採用枠を増やすことで、パイロット不足を補おうとしている。

インドでパイロットを志望する女性が多い理由の1つに安全性が挙げられる。インドでは依然として通勤時に女性が襲われるという事件が多く、キャリア志望の女性にとって安全性は職業・職場選びの際に重要な要素となる。ロイター通信によると、インドの航空会社では従業員の安全を確保するために警備員付きの送迎サービスが提供されている。

安全性に加え、男女間の賃金格差がないこともパイロット志望の女性が増える要因になってる。インドのパイロットの初任給は年収で2万5,000ドル(約280万円)から4万7,000ドル(約530万円)。企業弁護士や建築家と同じ水準という。パイロットの賃金は、労働協約のもとパイロット序列と飛行時間に基づき決定されるため、男女間の差は存在しないという。

このほか子どもを預けられるデイケアサービスや妊娠した女性パイロットへの特別対応など、航空各社は女性が長く働ける環境を整備している

キャリア志向の高まりとパイロットの増加

インドの女性パイロットの増加は、同国ミレニアル世代女性のキャリア志向の高まりを反映したものと見て取ることができる。

PwCが72カ国のミレニアル世代女性を対象に実施したキャリア意識に関する調査がある。この調査よると、企業の幹部クラスまで昇進できる自信があると回答した割合は全体平均で49%だったが、インドは平均を大きく上回る76%でトップだった。

またボストン・コンサルティング・グループがインド大手企業の従業員を対象に実施した調査では、より上の役職を目指したいと回答した女性は87%に上ることが判明したのだ。

インドは2012年、G20のなかで女性差別がもっともひどい国であると批判されていたが、この数年女性の社会進出が進み、上級キャリアを目指す女性も増えており、状況は少しずつ変わってきているようだ。

インド航空市場に詳しいStarair Consultingの創業者ハーシュ・バーダン氏はCNNの取材で、女性パイロットが活躍できる基盤はインド独立後の1950年代頃に生まれたと指摘。その後、インド初の女性首相インディラ・ガンディー氏やインド系アメリカ人女性の宇宙飛行士カルパナ・チャウラ氏などロールモデルが登場したことでインド女性の間にキャリアを追求する流れが強まったという。最近ではインド初となる女性の戦闘機パイロットが誕生したとして地元メディアが大々的に報じている。


インド初の女性戦闘機パイロット(NationalDefenceチャンネルより)

バーダン氏は、商業航空だけでなく軍やヘリコプターを含めるとインドの女性パイロット数は2,600人を超えると推計。また、商業航空パイロットの女性比率は今後5〜10年で現在の12%から20%に増える可能性があると予想している。

少子高齢化が進む中国とは異なり、若年層が多いインド。人口は増加傾向にあり、2050年には16億人に到達し中国を抜いて世界最大になるとの試算もある。今後中国以上の影響力を持つ可能性があるインド。インド航空産業の慣行が世界標準になることも十分に考えられるだろう。パイロットは男性の職業というバイアスはその頃までにはなくなっているかもしれない。

文:細谷元(Livit

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