今、自動車業界のプロダクトデザインにおいて「音」が注目を集めている。
ベントレーやBMWらが、ドアの開閉音やウィンカーの動作音など、クルマの各パーツから発せられる音に工夫を施すようになってきているのだ。
各パーツの操作に、人間にとって心地よい音を付加することで、顧客の感情に訴えかける独自のブランド体験をもたらすことが、その狙いだ。
音響専門家のRudolf Bisping氏が「クルマにおける音響の質が高いと、搭乗者にポジティブな心理的影響を与えられる」と、音響に特化したWebサイト『Acta Acustica』で結論づけたのも、複数のカーブランドが音の強化に本腰を入れ始めるきっかけとなった。
ウィンカーの「カチカチ」という音は安っぽい
フォルクスワーゲン傘下のベントレーは、方向指示器であるウィンカーの「カチカチ」という従来の音が安っぽく、高級ブランドにふさわしい音には一致しないと感じた。そこで声がかかったのが、音響デザイナーのAndrew Diey氏だった。
Diey氏はベントレーの工場を訪れ、コンシェルジュと一緒に見学する中で、ピンと来るものがあったとWIRED誌の取材に話す。
「ベントレーは一定の成功をおさめた人にしか買えないクルマです。いわば、自分へのご褒美のようなクルマで、運転しながら、『こんな良いクルマを持つことができるようになった』と、ひしひしと喜びを感じ続けられるようなクルマでないといけないのです(Diey氏)」
Diey氏は代替となる音を探し、30もの音を録音、それらを掛け合わせるなどコーディネートを行った。そうして選ばれた音は、ベントレーオーナーがYouTubeに投稿した動画でも聞こえてくる。確かに、より柔かい音になっている。
エンジンをスタートした時の音やギアを入れる音からも高級感が伝わってくる。Diey氏は自身が丹精込めて作った音に自信を持っている。
「カチカチという音はプラスチックのような安っぽい印象を与えてしまいます。それより時を経て、なお鳴り続ける祖父の時計の音を聞いたほうが幸せな気持ちになりますよね。クルマに乗った時の全体感を織りなす、その細部にまでこだわっているという特別感を、お客さまに与えられると確信しています(Diey氏)」
ベントレーが音響にこだわり始めたのには、きっかけがある。一つは前出のとおり、音響専門家のRudolf Bisping氏が「クルマにおける音響の質が高いと、搭乗者にポジティブな心理的影響を与えられる」と述べたこと。
それに加えて、スウェーデンのゴーテンブルグ大学の研究員であるJimenez氏とVastfjall氏が、アップルやアルマーニ、フェラーリといった成功するブランドが、消費者の利便性だけではく感覚にまで訴えかけるマーケティングに力を入れていると分析したことだ。
「デザイナーはこれから音響にも注意を払わなければなりません。心理的かつ感情的な側面が重要です。エモーショナル・アコースティックス(感情に訴える音響)を活用することで、ブランドイメージを高められるのです(Jimenez氏)」
ドアの開閉音を「付け加えた」BMW、韓国のヒュンダイも
「エモアコ」にテコ入れを行っているのは、ベントレーだけではない。いち早く実践していたのは、ドイツのBMWだ。BMWはドアを開閉する際に発生する金属音に改善の余地があると気づいた。そして、時には800を超えるパーツの音の組み合わせを研究し、最適な「バタン」と閉まる音を付加した。
同社はまた、2010年に「Active Sound Design」というシステムを開発し、車種「BMW 635d」に搭載。これは、当時同じクラスのガソリンモデルより10%安く購入できると話題になったディーゼル車だ。
ディーゼル車はガソリン車よりエンジン音が大きいと言われるが、一般的なガソリン車の加速音など騒音量が70デジベルだったのに対し、このBMW 635dは66デジベルだった。
加速音が大きすぎると、人によってはそれで不快を感じてしまう。そこで、BMWのデザイナーはF1の時に聞こえてくるようなスポーティな音に替え、不快な音を減らす努力をしていたのだ。
韓国の自動車メーカー、ヒュンダイも高級車「Genesis」に独自の音響を施している。ショールームで流れるBGM、カスタマーセンターの保留音、乗降した際の音響など、こだわり抜いているようだ。
Hyundaiの高級車Genesisの音響
家電業界にもエモーショナル・アコースティックスの波
自動車業界だけでなく、家電業界にもエモーショナル・アコースティックスを取り入れる動きがある。
日本のバルミューダは、電子レンジでモードを切り替えるとギターの音が流れるように設計している。温める時間を選択する際や温めている間も、一般的なレンジとは一味違う音が付加されている。
音響を効果的に用いるブランディングも盛んだ。さまざまな音響を企業向けに開発するドイツのWhy do Birds社はSiemens社に対し、社員のプレゼンテーション時の登場の音楽や、商品紹介動画のBGMなど、「その会社らしさ」が伝わる音を提供した。
Siemens社の音響開発
これからはあらゆる身近なプロダクトが独自の「音」を発するようになるかもしれない。
執筆:赤江龍介
編集協力:岡徳之(Livit)